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余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
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第22話 忍びの母は考える時間を与えない! 電撃祝言に邪神まで乱入してきたんですが!?

 割烹旅館『しのぶ』のある山あいの郷。


 その一角に、古びた神社があった。


 苔むした石段を、二つの影が上っていく。


 一人は、黒い山高帽に黒のコート。胸元の大きく開いたドレスシャツに、ストライプのスラックス。無骨なブーツを履いた、金髪碧眼の美人だった。


 西部劇から抜け出してきたような風貌。


 そして、ひときわ目を引く存在感。


 壺井あかり。


 彼女は帽子のつばを直しながら、隣を歩く女に尋ねた。


「義姉貴。本当にいいのか? 呼ばれてもいないのに」


「問題ない」


 銀髪の長い髪を揺らし、淡いピンクの着物をまとった美女――壺井倍美は、平然と答えた。


 その正体は、邪神ツボニール・ツヴァイ。


 神々の戦いに名を連ね、世界の秩序すら揺るがしかねない存在である。


「それに、妾が縁を結んだのじゃ。縁が結実する場に呼ばれて当然であろう?」


「いや、理屈が強引すぎるだろ……」


「何か申したか?」


「いいえ。何も」


 あかりは肩をすくめた。


 この義姉に常識を説いても無駄だ。


 火山に向かって噴火をやめろと言うようなものである。


 やがて二人は、鳥居の前にたどり着いた。


「――止まれ!」


 黒装束の男たちが現れ、杖を交差させて行く手を塞いだ。


「本日は貸し切りだ。関係者以外の立ち入りは認められない」


「ああ?」


 あかりが眉をひそめる。


「俺たちは新郎の親族だぜ?」


「新郎側から出席者が来るとは聞いていない」


「そりゃ、お前らが聞いてないだけだろ」


「お引き取り願おう」


「……おいおい」


 あかりの声が低くなった。


「人が穏便に話してりゃ、いい気になりやがって」


 コートの裾が揺れる。


 次の瞬間、胸元のホルスターからリボルバーが抜き放たれた。


「うるせえ。ぶち殺すぞ」


 沈黙。


 男たちの顔から血の気が引く。


 銃口を向けられたからではない。


 この女は、脅しでこんなことをする人間ではない。


 そう確信させる何かがあった。


「落ち着け、あかり。今日は祝言じゃぞ」


 倍美が、たしなめるように言った。


「へいへい」


 あかりは銃を下ろす。


 そのときだった。


 倍美が、男たちに視線を向けた。


「さて……」


 微笑みは、変わらない。


 声音も、穏やかなままだ。


 なのに。


 空気が、沈んだ。


 鳥の声が途絶え、風が止まる。


 見えない何かが、神社の境内を満たしていく。


 男たちは息を呑んだ。


 立っていられない。


 膝が震え、杖を握る手から力が抜けていく。


 目の前の女は、人間ではない。


 人間という尺度で測ること自体が、間違っている。


 倍美の瞳が、ゆっくりと細まった。


 瞳孔が縦に裂け、黄金色の光を帯びる。


「慌てるな。妾たちは、新郎の義姉じゃ」


 その言葉とともに、さらに圧力が増した。


 男の一人が、ついに腰を抜かす。


 続いて、もう一人。


 誰も動けない。


「それに……呼ばれて来たのでな」


 爬虫類が獲物を見定めるような眼差し。


 男たちは、震えながら道を開けた。



     ◇


 同じ頃。


 神社の拝殿では、祝言が始まろうとしていた。


 紋付羽織袴の新郎。


 白無垢姿の新婦。


 そして、新郎の茆原正顕は――。


(……なんで、こうなった?)


 完全に呆然としていた。


(いや、待て)


(昨日まで、俺は高城家との今後について話し合っていたはずだ)


(どうして今、結婚式を挙げようとしている?)


 思考が追いつかない。


 さやかと話し合いを始めたはずだった。


 ところが、同居の話が進み、親族への紹介が決まり、祝言の準備が整い、気づけば紋付羽織袴を着せられていた。


 反論する暇がない。


 いや、正確には反論するたびに別の話題へ誘導され、いつの間にか次の段階に進んでいる。


 これが忍びの交渉術なのか。


(いや、絶対に違うだろ……)


 正顕は、隣に座るみさおを見た。


 白無垢に身を包んだ少女は、長い黒髪を美しくまとめていた。


 頬はほんのりと赤い。


 そして、その瞳からは涙がこぼれていた。


(ママ……)


(おじさん、おばさん……)


(私、幸せになるね)


 みさおは胸の中で、そっと告げた。


(正顕さんと、一緒に……)


 もちろん、不安が消えたわけではない。


 自分の気持ちが、かつての洗脳に影響されている可能性もある。


 それでも。


 彼と一緒にいたい。


 その願いまで、誰かに決められたものだとは思いたくなかった。


 みさおは隣の正顕を見上げる。


 彼は、まだ困惑していた。


 そんな姿さえ、今の彼女には愛おしい。


(ふふ……)


(私の旦那様……)


 思わず、笑みがこぼれた。


 その一方で、黒留袖姿のさやかは、ハンカチを目元に当てていた。


(うう……)


(パパが生きていたら、どんなに喜んだかしら……)


 亡き夫の顔が脳裏をよぎる。


 娘の花嫁姿。


 隣にいる、少し頼りなく見える新郎。


 きっと夫も、二人の姿を見れば喜んだだろう。


(幸せになるのよ、みさお)


 さやかは、娘へと温かな眼差しを向けた。


 その表情は、母親そのものだった。


 だが。


 次の瞬間、正顕へと視線を移すと。


 すっと、目が細まった。


(……さて)


 口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


(忍びを舐めてもらっては困るわね)


 親族への紹介は済んだ。


 祝言の準備も整った。


 高城家の関係者も、この婚姻を認めている。


 ここまで来て、今さら後戻りなどできるものか。


(攻めるときは、一気呵成)


(相手に考える時間を与えない)


(気づいたときには、もう勝負がついている)


 さやかは、満足げに頷いた。


(責任は取ってもらうわよ、正顕さん)


(みさおのことも)


(そして、高城家の未来もね)


 母親としての愛情。


 一族の当主としての計算。


 その二つが、彼女の中では何の矛盾もなく同居していた。



     ◇



 新婦側の席には、高城家の親族がずらりと並んでいた。


 誰もが、新郎に興味津々だった。


「しかし、電撃結婚とはこのことですな……」


「あまりにも急な話で、いまだに信じられません」


「あれが、高城家の次期当主ですか」


「さやかさんの話では、始祖に匹敵する力を持つとか……」


「では、まさか『龍人の血脈』というのは本当なのか?」


 囁き声が、拝殿の片隅を流れていく。


 正顕の耳にも届いていた。


(……やめてくれ)


(俺を、何かとんでもない存在みたいに扱うのは)


 実際、とんでもない経歴ではある。


 三十八歳。


 余命一年と宣告された男。


 七千万円を支払い、邪神の力で異世界へ渡った。


 そして今は、別人の身体で新たな人生を歩んでいる。


 冷静に考えれば、自分でも説明に困る。


 しかし。


 少なくとも、今日ここで結婚することまでは想定していなかった。


(……本当に、いいのか?)


 正顕は、もう一度みさおを見た。


 みさおは視線に気づくと、嬉しそうに微笑んだ。


 その笑顔を見て、正顕は言葉を失う。


 責任を取る。


 それは、最初から決めていた。


 だが、責任を取ることと、結婚することは同じではない。


 その違いを、彼は理解しているつもりだった。


 それでも。


 みさおは、ここにいる。


 自分の意思で、彼の隣に座っている。


 正顕は、ゆっくりと息を吐いた。


(……逃げるわけにはいかないか)


 そのときだった。


「――待たせたな!」


 勢いよく障子が開いた。




 拝殿にいた全員が、一斉に振り返る。


 そこに立っていたのは、二つの人影だった。


 一人は、黒い山高帽に黒のコート。


 西部劇から抜け出してきたような女――壺井あかり。




 もう一人は、銀髪の長い髪に淡いピンクの小袖をまとった美女。


 壺井倍美。


 邪神ツボニール・ツヴァイ、その人だった。


「……どちら様でしょうか?」


 正顕が、思わず呟く。


「何を呆けておる、正顕」


 倍美が、堂々と胸を張った。


「妾が来てやったのじゃ。もっと喜ばんか」


「…………」


 正顕は固まった。


 口が開いたまま、閉じない。


(……なんでここにいるんだ!?)


 七千万円を受け取り、異世界への道を開いた張本人。


 忘れようにも忘れられない邪神が、なぜか自分の結婚式に現れたのだ。


「よう、正顕。元気そうじゃねえか」


 あかりが気安く手を振る。


「……あかりさんまで?」


「おう。新郎側の親族として来てやったぜ」


「親族……?」


「細けえことは気にすんな」


「いや、気にするだろ!」


 正顕の声が裏返った。


 慌てて立ち上がったのは、さやかだった。


「失礼いたしました。どちらのお家のご親族でしょうか?」


「それでも龍人の末裔なのか?」


 倍美が、さやかの言葉を遮った。


「そなたが呼んだのであろう。わざわざ来てやったのじゃぞ」


「……え?」


 さやかの動きが止まる。


 呼んだ?


 自分が?


 その瞬間、記憶がよみがえった。


 祝言を前に、さやかは郷の神社を訪れていた。


 娘の結婚について。


 新郎の正体について。


 そして、彼が関わっているという邪神について。


 報告がてら手を合わせ、半ば冗談めかして願ったのだ。


 ――もし本当に、あの邪神が正顕さんの後ろ盾なら。


 ――祝言を、見届けください。


 まさか。


 本当に来るとは思わなかった。


「……もしや」


 さやかの喉が、小さく鳴った。


「うむ。妾こそが、ツボニール・ツヴァイじゃ」


 倍美の瞳が、縦に裂けた。


 黄金色の光が宿る。


 瞬間、拝殿を満たす空気が変わった。


 圧倒的な霊力。


 人間の理解を超えた存在感。


 ただそこに立っているだけで、周囲の人間に本能的な畏怖を抱かせる。


 高城家の親族たちが、一斉に息を呑んだ。


 さやかでさえ、背筋に冷たいものが走る。


(嘘でしょ……)


(邪神ツボニール・ツヴァイ)


(世界の破壊者が、本当に来たの!?)


 彼女は、正顕へ視線を向けた。


 当の本人は、口を開けたまま固まっている。


(正顕さん……)


(あなた、本当に何者なのよ!?)


「こっちは義理の妹の、あかりじゃ」


「よろしくな」


 あかりが、ひらひらと手を振る。


 さやかは一瞬だけ完全に停止した。


 だが、すぐに笑顔を取り戻す。


「……これは、失礼いたしました。ようこそお越しくださいました。どうぞ、こちらへ」


 さすがは高城家の当主。


 驚愕を押し殺し、即座に対応を切り替えた。


 倍美は当然のように新婦側の最前列へ座る。


 ちょこん。


 その隣では、あかりがふんぞり返った。


「いやあ、いい式じゃねえか」


「……あの」


 正顕が、恐る恐る口を開く。


「倍美さん。どうしてここに?」


「祝いに来たのじゃ」


「それは分かります。どうして、わざわざ?」


「妾が来たいと思ったからじゃが?」


「…………」


 正論だった。


 相手が邪神でなければ、もっとまともな返答を期待したかった。


 倍美は、にこやかに手を振った。


「正顕、よい祝言じゃな!」


 正顕は、ゆっくりと目を閉じた。


(……もう、どうにでもなれ)



     ◇



 やがて、祝言が始まった。


 神職が祝詞を奏上する。


 厳かな声が、拝殿に響き渡った。


 三々九度。


 誓詞奏上。


 玉串奉奠。


 参列者への御神酒の振る舞い。


 儀式は、滞りなく進んでいく。


 正顕は、何度か隣を見た。


 みさおは、そのたびに嬉しそうに微笑んだ。


 その瞳には、喜びと、わずかな不安と、それ以上の幸福が宿っていた。


 正顕は、そっと彼女の手を握った。


 みさおが、小さく息を呑む。


 そして、握り返した。


 その温もりに、正顕の胸にあった迷いが、ほんの少しだけ和らいだ。


 すべてが解決したわけではない。


 洗脳の問題もある。


 これから先、何が待ち受けているのかも分からない。


 それでも。


 今日、みさおは彼と一緒にいたいと願っている。


 その願いを、無下にすることだけはしたくなかった。


「これをもって、両名の婚姻の儀を執り納めます」


 神職の言葉とともに、儀式が終わった。


 参列者たちが頭を下げ、拍手が起こる。


 こうして。


 茆原正顕と高城みさおは、夫婦となった。


 みさおの頬を、再び涙が伝った。


 今度は、隠そうともしなかった。


 幸せだった。


 ただ、幸せだった。


 その姿を見たさやかも、そっと目元を押さえた。


(……よかったわね、みさお)


 母親として、心からそう思う。


 そして、正顕へ視線を移す。


(さて。これで、もう逃げられないわよ)


 感動の涙を拭いながら、さやかは冷徹に計算していた。



     ◇



 式が終わると、正顕とみさおは倍美の前に座った。


「めでたいな」


 倍美は、満足そうに頷く。


「妾が結んだ縁が、こうして形になった。実にめでたい」


「……その節は、どうも」


 正顕が、乾いた声で答えた。


「なんじゃ、その反応は。もっと感謝せぬか」


「感謝はしています。ただ、まさか結婚式にまで来ていただけるとは……」


「呼ばれたでな?」とさやかを見る。


 正顕は、追及を諦めた。


 相手は邪神だ。


 常識を期待するほうが間違っている。


 そのとき、倍美がみさおへ視線を向けた。


「さて。祝儀代わりに、そなたに加護を授けてやろう」


「えっ?」


 倍美は、みさおの頭上に手をかざした。


 淡い光が、彼女の身体を包み込む。


 温かい。


 まるで、誰かに優しく抱きしめられているような感覚だった。


「よいか、みさお」


 倍美の声が、静かに響く。


「その力は、そなたと連れ合いが、どれほど離れた場所におろうとも……共にありたいと願う心に応えるものじゃ」


「共に、ありたい……」


「うむ。絆の力、とでも呼ぶべきかの」


 倍美は、目を細めた。


「使い方は、そなた自身にしか分からぬ。そして、この力のことは、むやみに口外するでないぞ」


「はい。ありがとうございます」


 みさおは、深々と頭を下げた。


 倍美は満足げに頷く。


「うむ。よい返事じゃ」


「……ずいぶん強力な加護に聞こえますが」


 正顕が、眉を寄せる。


「祝儀じゃぞ?」


「いや、祝儀の規模じゃないでしょう」


「妾にとっては些細なことよ」


 あっさりと言い切られた。


 正顕は、黙った。


 この邪神に常識を求めるのは、もうやめよう。


     ◇


「では、妾たちは帰るとするか」


 倍美が立ち上がった。


「本日は、はるばるありがとうございました」


 さやかが、紙袋を差し出す。


「ささやかですが、こちらをお持ちください」


「おおっ! 酒か!」


 中身を覗いた倍美の顔が、ぱっと明るくなった。


「よいのう! これはよい!」


 あかりが呆れたように肩をすくめる。


「義姉貴、現金だなあ……」


「何を申す。祝儀を受け取るのも、神の務めじゃ」


「そんな神の務め、聞いたことねえよ」


「そなたが知らぬだけじゃ」


「はいはい」


 いつもの調子で言い合いながら、二人は拝殿を後にした。


「じゃあな、正顕。それに、みさお。どっかでまた会おうぜ」


 あかりが手を振る。


「うむ。末永く仲良くするのじゃぞ」


 倍美も、にこやかに笑った。


「「ありがとうございました」」


 正顕とみさおは、揃って頭を下げた。


 二人の姿が去っていく。


 正顕は、長く息を吐いた。


「……嵐みたいな人たちだったな」


「ふふっ。でも、先生の大切な人たちなんですよね?」


「大切かどうかはともかく……恩はある」


「じゃあ、私にとっても大切な人たちです」


 みさおは、嬉しそうに微笑んだ。


 正顕も、小さく笑った。


     ◇


 人のいなくなった拝殿の縁側。


 正顕とみさおは、並んで座っていた。


「先生」


「ん?」


「私たち……もう夫婦ですね」


「……そうだな」


「約束、覚えてますか?」


 みさおは、いたずらっぽく笑った。


「一生かけて、償ってくれるって」


 正顕は、彼女の顔を見た。


 洗脳を解くこと。


 彼女が自分の意思で生きられるようにすること。


 それは、今も変わらない約束だった。


「ああ。覚えてるよ」


 正顕は、静かに頷く。


「ただ、一つだけ確認させてくれ」


「はい?」


「俺は、本当は三十八歳のおっさんだ。君が思っているような年齢じゃない」


「知ってます」


「それに、俺は君を傷つけた人間の身体を使っている。だから、これから先も、君が嫌だと思うことはしたくない」


 みさおは、しばらく彼を見つめていた。


 やがて、ふっと笑う。


「いいんです」


「……いいのか?」


「はい。実は私、ファザコンなんです」


「…………」


 正顕は、目を細めた。


「知ってた」


「ええっ!? そこは驚くところです!」


「いや、今さらだろ」


「もう! 先生、ひどいです!」


 そう言いながらも、みさおは笑っていた。


 正顕も、つられるように笑った。


 二人の間に、穏やかな時間が流れる。


 まだ、すべてが解決したわけではない。


 洗脳の問題もある。


 この世界に潜む危険もある。


 そして、正顕には、まだ明かされていない秘密があった。


 こうして、茆原正顕と高城みさおは夫婦になった。


 みさおは幸せそうに笑い、正顕は困ったように笑い返す。


 その笑顔の裏に、まだ解決していない問題がいくつも残されていることを、二人とも知っていた。


 それでも、今だけは。


 二人は夫婦として、同じ未来を見つめていた。




 余命一年の社長、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた 第1部 【完】

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。

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