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余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
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第21話 忍びの奥義は、逃げ道を塞ぐこと――高城家当主、三十八歳の男を攻略する。

 その夜。


 割烹旅館『しのぶ』の一室。


 並べられた二組の布団に、母と娘が横になっていた。


 高城さやかと、高城みさお。


 しかし、二人とも眠れずにいた。


 さやかの脳裏には、今日一日で得た情報が駆け巡っている。


 異世界から来た男。


 茆原正顕。


 見た目は二十五歳ほどだが、中身は三十八歳。


 余命を宣告され、邪龍ツボニール・ツヴァイと契約し、七千万円を支払ってこちらの世界にやってきた。


 しかも、龍人の力を持っている。


 おまけに――。


 高城家の秘密を知っていた。


(……とんでもない男ね)


 さやかは目を閉じたまま、そっと息を吐く。


 正顕は強い。


 単純な戦闘能力だけではない。


 自分の力をひけらかさず、相手の立場を考え、無理に要求を押し通そうともしない。


 それでいて、必要な場面では一切ひるまない。


 何より厄介なのは、妙なところで義理堅いことだった。


(敵に回すのは論外。味方にできるなら、絶対に味方にするべきね)


 高城家の当主として、結論は出ていた。


 問題は、どうやって味方にするか。


 そして、隣の布団からも、もぞもぞと音がした。


「……ママ?」


「起きていたの?」


「うん……」


 みさおも眠れないらしい。


 正顕のことを考えているのだろう。


 あの人は、自分を傷つけた元の久遠彼方とは違う。


 責任を感じてくれている。


 自分の気持ちが洗脳によるものかもしれないと考えて、慎重に距離を取ろうとしてくれている。


 だからこそ、好きになってもいいのか分からない。


 けれど。


(……もっと一緒にいたい)


 その気持ちだけは、どうしても消えてくれなかった。


 さやかは、そんな娘の気配を感じながら、ふと思い立ったように起き上がった。


「……決めたわ」


「えっ?」


 浴衣をきちんと整え、畳の上に正座する。


 その顔つきが変わった。


 母親の顔ではない。


 高城家当主の顔だった。


「ママ……?」


「みさお。あなたも起きなさい」


「う、うん」


 みさおも慌てて起き上がり、浴衣を直して正座した。


 さやかは娘を正面から見据えた。


「高城家の当主として、あなたに命じます」


「は、はいっ!」


「――茆原正顕を落としなさい」


「…………え?」


 みさおの頭が真っ白になった。


 今、ママは何と言ったのだろう。


「お、落とす……?」


「そう。あの男を絶対に逃しては駄目」


「えええっ!?」


 さやかは平然と続ける。


「申し訳ないけれど、ここまで来たら、あなたの気持ちがどうとか、洗脳がどうとか、そういう問題はいったん脇に置くわ」


「ま、ママ!?」


「あの男を敵に回すわけにはいかない。それに、こちらから手放す理由もない」


 あまりにも堂々とした発言だった。


 みさおは口をぱくぱくさせる。


「で、でも……先生を落とすって、そんな……」


「できる?」


「そ、それは……」


 言葉に詰まる娘に、さやかは人差し指を立てた。


「いい? あなたには大きなアドバンテージがあるの」


「アドバンテージ……?」


「そう。あの男は、あなたに対して大きな負い目を感じている。それを利用しなさい」


「……利用って」


「心理戦よ」


 さやかは、忍びの奥義を伝授する師匠のような顔で言った。


「忍びの最大の武器は、体術ではないの」


「……!」


「虚実を織り交ぜ、相手の心を攻め、隙を突く。力で勝てない相手をどう攻略するか。それこそが忍びの本質よ」


 もっとも、今回は攻略対象が龍人である。


 普通なら、正面から戦うことすら避けたい相手だ。


 しかし、さやかは違った。


「できるわよね?」


「そ、その、ママ……私……」


 みさおはうつむいた。


 好きだ。


 もっと一緒にいたい。


 でも、自分の気持ちが本当に自分のものなのか、まだ確信が持てない。


 そんな状態で、正顕を自分のものにしようとしていいのだろうか。


 娘の迷いを見て、さやかはあっさりと言った。


「あなたがしないなら、私が落とすわ」


「――えっ!?」


「私ならできるもの」


 さやかは自信満々だった。


「みさおに譲るつもりはないわ。あの男の子供を産んで、龍人の血を引く子を高城家の後継者にする」


「マ、ママ!?」


「いいの? 私の男になっても」


 みさおの顔から、さっと血の気が引いた。


 母親は本気だ。


 冗談を言っている顔ではない。


「みさおが迷っている間に、私が先に手に入れる。それでもいいのね?」


「…………」


 みさおは、ぎゅっと拳を握った。


 想像してしまったのだ。


 正顕が母親と一緒にいる姿を。


 自分の知らないところで、二人が家族になっていく未来を。


 胸が苦しくなった。


 嫌だ。


 そんなのは嫌だった。


「……いや」


「え?」


「……いや」


 みさおは顔を上げた。


「先生を……ママに取られるのは、いや」


 さやかは、にっこりと笑った。


「そう。なら、決まりね」


「えっ?」


「あなたは、自分の気持ちと向き合いなさい。洗脳の問題も、これからのことも、二人で考えればいい」


 そして、母親は不敵に笑った。


「ただし、私も落とし前つけさせてもらう」


「ママ……!」


「ここまでコケにされて、黙っていられると思う?」


 さやかの目が細くなる。


「高城家の秘密を知りすぎている。私たちの領域に平然と踏み込んでくる。そのくせ、あんな顔で誠実ぶる」


 ぎりっ、と拳を握った。


「ぎゃふんと言わせてやるわ」


「……先生は、悪いことをしているわけじゃ……」


「分かっているわよ」


 さやかは、あっさり認めた。


「だからこそ厄介なの。」


「でもね…所詮、力だけの初心な男」


 そこで、口元を吊り上げる。


「チョロいわよ」


 その自信がどこから来るのか。


 みさおには、まったく分からなかった。


     ◇


 翌朝。


 割烹旅館『しのぶ』の玄関先には、女将をはじめ、従業員が全員そろっていた。


 仲居も、料理人も、番頭も。


 普段なら、それぞれの仕事に追われているはずの面々が、なぜか一列に並んでいる。


「……何事ですか、これは?」


 正顕は車の前で足を止めた。


 女将は、満面の笑みで頭を下げた。


「本日は、まことにおめでたい朝でございますので」


「……おめでたい?」


「はい!」


 元気のいい返事が、全員から返ってきた。


 正顕は隣を見た。


 さやかは涼しい顔。


 みさおは、何かを決意したように胸元で両手を握りしめている。


(……嫌な予感しかしない)


 その予感は、見事に的中した。


「せ、先生……!」


「ん? どうした、みさお」


 みさおは、頬を赤くしながら近づいてきた。


「昨日……その……」


「昨日?」


「私のこと……責任を取ってくれるって、言いましたよね?」


 小さな声だった。


 けれど、正顕は真剣にうなずいた。


「ああ。必ず取るよ」


「……本当に?」


「もちろん。君が受けた被害を、なかったことにはできない。でも、できる限りのことをして、必ず元に――」


 その瞬間。


 みさおの瞳が、きらりと光った。


 獲物を捉えた狩人の目。


 母親譲りの忍びの勘が、ここで開花したのかもしれない。


「ありがとうございますっ!」


「えっ?」


 みさおは正顕に抱きついた。


「私をお嫁さんにしてくれるんですね!」


「…………は?」


 正顕の思考が停止した。


 いや、待て。


 今、自分は何と言った?


 確かに責任を取るとは言った。


 だが、それは――。


「おめでとうございます!」


 ぱんっ!


 女将が勢いよく手を叩いた。


 次の瞬間、従業員全員が一斉に拍手する。


「おめでとうございます!」


「これで高城家も安泰ですね!」


「旦那様がお元気でいらしたら、どれほどお喜びになったことか……!」


「いやあ、めでたい! 実にめでたい!」


 料理人まで目元を押さえている。


 ……芝居がかっている。


 全員、芝居がかりすぎている。


「良かったわね、みさお……!」


 さやかまで、目に涙を浮かべて歩み寄ってきた。


 もちろん、演技である。


「こんなに素晴らしい男性と結ばれるなんて。ママは嬉しいわ……!」


「ママ……!」


 みさおの涙は本物だった。


「ありがとう……! 私、正顕さんと幸せになる……!」


「ええ。幸せになるのよ」


 さやかは娘を優しく抱きしめた。


 そして、正顕にだけ見える角度で――。


 にやり。


 笑った。


(……まさか!)


 正顕の背筋に冷たいものが走った。


「先生……!」


 みさおは嬉しそうに顔を上げた。


「もう、洗脳を解かなくてもいいですよね?」


「…………」


「だって、お嫁さんになるんですから!」


 ぎゅうっ。


 さらに強く抱きつかれる。


 みさおの表情は、幸せいっぱいだった。


 この笑顔を前にして。


 この場で。


 彼女の気持ちを否定できるのか。


 ――できるはずがなかった。


 正顕は、ゆっくりとさやかを見た。


「……もしかして」


「何かしら?」


「あなた……」


「何か問題でも?」


 さやかの笑顔には、これ以上ないほど大きく書かれていた。


 してやったり。


 しかも、彼女は正顕の性格を完全に見抜いていた。


 この男は、みさおを傷つける選択ができない。


 たとえ罠だと気づいても、みさおの気持ちを踏みにじってまで逃げようとはしない。


 そして、正顕自身もそれを自覚している。


 だからこそ――。


 逃げられない。


 さやかは、楽しそうに笑った。


「それにしても、チョロすぎ」


「聞こえてますよ!」


「もう少し手こずると思ったのだけれど」


「だから聞こえています!」


「義理の息子として、将来が心配になるレベルね」


「まだ義理の息子になっていません!」


「諦めなさい」


 さやかは、ぴしゃりと言い切った。


「あなた、みさおの気持ちを踏みにじれる人間じゃないでしょう?」


「…………っ」


 正顕は言葉を失った。


 正解だった。


 悔しいことに、完全な正解だった。


 さやかは、さらに追い打ちをかける。


「それと、昨日あなたが口にした合詞だけれど」


「……合詞?」


「『神に逢えば…』。あれはね、高城家の次期当主と、その伴侶に伝える決意の言葉なの」


「…………は?」


「それから下の句も。あれも、誰にでも教える言葉ではないわ」


 さやかは冷ややかに目を細めた。


「それを軽々しく口にするなんて」


「信じられない」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 正顕は、ついに頭を抱えた。


「俺は、みさおから聞いたと……!」


「みさおは知らないわよ」


「…………」


「そもそも、どうしてあなたが高城家の秘密を知っているの?」


「それは……」


 答えられない。


 正顕の脳裏に、異世界で出会った少女の姿が浮かんだ。


 あの少女。


 もし今の自分を見ていたら――。


 床を転げ回りながら、腹を抱えて笑っているに違いない。


(……あいつ、俺をハメやがったな!)


 そもそも、あの出会いからして怪しかったのだ。


 自分は知らないうちに、とんでもない盤面へ引きずり込まれていたらしい。


「いい?」


 さやかは、正顕の目を見て告げた。


「責任を取ってもらう」


「…………」


「高城家を継いでもらう」


「………………は?」


「もちろん、みさおを幸せにすることも忘れずにね」


 正顕は両手で頭を抱えた。


 龍人の力があろうと。


 異世界を渡るほどの覚悟があろうと。


 忍びの女が、こちらの良心を理解したうえで逃げ道を塞いでくるとなれば、どうしようもない。


 しかも、腕の中ではみさおが幸せそうに笑っている。


「先生、これからよろしくお願いします!」


「……ああ、うん。よろしく」


 反射的に答えてしまった。


「おめでとうございます!」


「末永くお幸せに!」


 従業員たちの祝福が響き渡る。


 さやかは満足げにうなずいた。


「ふふっ。チョロすぎ」


「だから、聞こえてますって!」


 こうして――。


 見た目は二十五歳。


 中身は三十八歳。


 異世界からやってきた男、茆原正顕は、高城家の娘に抱きつかれ、母親に逃げ道を塞がれ、旅館の従業員全員から祝福されることになった。


 本人の意思確認だけが、見事なまでに置き去りにされたまま。


 そして、高城家当主・高城さやかは確信していた。


 この男は、絶対に逃がさない。


 ――忍びの本領発揮である。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


本作は、第22話とエピローグをもって、一度締めくくる予定です。


ひとまず、ここまで物語を描き切ることができそうで、ほっとしています。


その先については、まだ何も決まっていません。


もしかすると、このまま未完となってしまう可能性もありますが、せっかくここまで書いてきた物語ですので、できるところまで続きを書いてみようと思っています。


今後どうなるかは分かりませんが、まずは第22話、そしてエピローグまでお付き合いいただければ幸いです。


改めまして、ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!


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