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余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
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第19話 「あなたは、私たちを知りすぎている」――初めてのお泊まりデートと、三十八歳の告白

 車は、郊外の道路を走っていた。


 ショッピングセンターを出発してから、すでに一時間近く。


 住宅街も、大型店舗も、いつの間にか視界から消えていた。


 窓の外に広がるのは、緑の濃い山々と、夕暮れに染まる田園風景。


 運転席には久遠彼方。


 助手席には高城みさお。


 そして後部座席には、彼女の母親である高城さやかが座っている。


「……先生」


「ん?」


「どこに行くんですか?」


 みさおは、隣に座る彼方の横顔をうかがった。


 映画を観て、ゲームセンターで遊んで、買い物もした。


 今日のデートは、それだけでも十分すぎるほど楽しかった。


 だからこそ、そろそろ帰るのだと思っていたのだが。


「うん。夕食にしようかなって」


「夕食……?」


「せっかくだから、少し遠出して美味しいものでも食べようと思ってね」


「そ、そうなんですね……!」


 みさおの頬が、ほんのりと赤くなる。


 彼方と二人で夕食。


 それだけで、なんだか特別な響きがある。


 もっとも、今日は母親も一緒なのだが。


 ……それでも。


 こうして彼方と過ごす時間が延びるのは、素直にうれしかった。


「ところで、みさお。明日は何か予定ある?」


「えっ?」


 突然の質問に、みさおは目を丸くした。


「い、いえ。特に何もありませんけど……」


「そっか。さやかさんは?」


 彼方が、バックミラー越しに後部座席を見る。


「私も空いてるわ」


「じゃあ、よかった」


 彼方は満足そうに微笑んだ。


 ――明日も、一緒にいられる。


 その事実に気づいたみさおの胸が、どきりと跳ねた。


 けれど、同時に小さな疑問も浮かんでくる。


 どうして、明日の予定まで確認したのだろう。


 夕食だけではないのだろうか。


 まさか……。


 そこまで考えたところで、みさおは慌てて首を振った。


 いやいやいや。


 何を期待しているの、私!


 隣に彼方がいるのを意識しただけで、心臓が落ち着かなくなる。


 そんな娘の様子を、後部座席のさやかは別の意味で気にしていた。


 車が進むにつれて、見覚えのある景色が増えている。


 山道。


 曲がりくねった道路。


 木々の隙間から見える、古びた看板。


 昔、何度も通った道だった。


 さやかの目が、すっと細くなる。


 まさか。


 いや、そんなはずはない。


 しかし、車は迷いなく山の奥へ進んでいく。


 やがて、彼女の記憶にある温泉街が近づいてきた。


「……あなた」


 さやかが、低い声で呼びかけた。


「はい?」


「何のつもり?」


 みさおが、びくりと肩を震わせる。


 しかし、彼方は涼しい顔だった。


「いいところですよ。きっと気に入ります」


「そういう話をしているんじゃないのだけれど?」


「まあまあ。着けばわかりますから」


「…………」


 さやかは黙り込んだ。


 悪い予感がするわけではない。


 むしろ、彼方が自分たちを害するつもりで動いているとは思えなかった。


 それでも。


 どうして、ここなのだ。


 なぜ、この道を知っている?


 そして、どうしてそんなに自然な顔をしていられる?


 彼方のペースに乗せられている。


 その自覚が、さやかの警戒心を少しずつ刺激していた。


     *


 やがて車は、鄙びた温泉街の一角に停車した。


 古い町並みに溶け込むように建つ、立派な古民家。


 丁寧に手入れされた庭。


 格子戸の向こうから漏れる、柔らかな灯り。


 看板には、品のある文字でこう記されていた。


 ――割烹旅館『しのぶ』。


「わあ……!」


 みさおの表情が、一気に明るくなった。


「素敵……!」


 思わず声が漏れる。


 古民家を改築した旅館は、華美ではないが、細部にまでこだわりが感じられた。


 落ち着いた雰囲気。


 静かな佇まい。


 まるで、映画の中に入り込んだような気分になる。


「気に入った?」


「はい! すごく素敵です!」


 みさおは、はしゃいだ自分に気づいて、少しだけ恥ずかしそうにうつむいた。


 でも、やっぱりうれしい。


 こんな場所に連れてきてもらえるなんて、思ってもいなかった。


「じゃあ、行こうか」


「はい!」


 彼方が車を降り、みさおに手を差し伸べる。


 みさおは一瞬ためらってから、その手を取った。


 指先が触れた。


 それだけで、胸の奥がくすぐったくなる。


 ……本当に、どうしよう。


 最近、彼方のちょっとした仕草にまで、いちいち心が反応してしまう。


 その原因が呪いなのか、それとも自分自身の気持ちなのか。


 まだ、答えは出ていない。


 それでも今は、この時間がうれしかった。


 一方。


 車を降りたさやかは、旅館の看板を見つめたまま、彼方に尋ねた。


「……ここ、どうして知っているの?」


 彼方は、穏やかに微笑んだ。


「あなたのテリトリーのほうが、安心できると思いまして」


「……何ですって?」


「さやかさんが勝手を知っている場所なら、何かあっても対応しやすいでしょう。それに、ここなら俺も、みさおを守りやすい」


 そう言って、彼方はみさおに目を向けた。


 その表情には、打算を隠そうとする様子もない。


 少なくとも、表面上は。


「……そうね」


 さやかは、笑顔を作った。


「気遣いはありがたいわ」


 だが、警戒を解いたわけではなかった。


 むしろ、疑念は深まっていた。


 この温泉街は、高城一族と縁の深い土地だ。


 そして、この旅館は――。


「さやか様!」


 玄関から、着物姿の女性が小走りでやってきた。


 品のある所作。


 穏やかな笑顔。


 この旅館の女将だった。


「お久しぶりでございます。いらっしゃると存じておりましたら、もっと早くお迎えに出ましたのに」


「久しぶりね、篠宮さん」


 さやかの表情が、わずかに和らいだ。


 女将は、みさおを見て目を細めた。


「あら……そちらのお嬢様は?」


「私の娘よ」


「まあ! こんなに大きくなられて……」


 女将はうれしそうに微笑み、それから彼方へ視線を移した。


「それでは、こちらの方は……?」


 さやかは、意味ありげに口元を緩めた。


「娘の彼氏」


「ま、ママっ!?」


 みさおの顔が、一瞬で真っ赤になった。


「ち、違っ……! いえ、その……!」


 否定しようとして、言葉に詰まる。


 そもそも、今日はデートなのだ。


 彼方と一緒に出かけて、食事をして、今度は温泉旅館にまで来ている。


 彼氏。


 そう呼ばれても、おかしくはない。


 ……まだ、正式にそういう関係になったわけではないけれど。


「まあまあ。それはおめでたいことでございますね」


「だから、まだ何も……!」


 みさおは、真っ赤な顔でうつむいた。


 彼方は苦笑している。


「さやかさん、あまりからかわないであげてください」


「あなたが言う?」


「……ごもっともです」


 あっさり認められ、さやかは彼方をじっと見た。


 この男は、本当に調子が狂う。


 自然な受け答え。


 旅館の女将との距離感。


 この土地に対する理解。


 何もかもが、妙にしっくりきている。


 まるで、以前から何度も訪れているかのように。


 だが、彼方がこの旅館を知っているはずはない。


 ここは、高城一族が管理する秘密の施設なのだから。


 表向きは、格式ある割烹旅館。


 その裏側では、忍びを育成するための機関として機能している。


 その実態を知る者は限られていた。


 一般人はもちろん、事情を知らない者が偶然たどり着ける場所でもない。


 それなのに。


 彼方は、迷うことなくここを選んだ。


「……悪趣味ね」


 さやかは、彼方にだけ聞こえる声で呟いた。


「何がです?」


「わかっていて言っているでしょう?」


「さて。何のことでしょうか」


「…………」


 さやかは、笑顔のまま息を吐いた。


 ――この男、本当に何者なの?


 その疑問は、もう無視できないところまで膨らんでいた。


     *


「では、こちらへどうぞ。お食事の用意が整っております」


 女将に案内され、三人は奥の食事処へと向かった。


 通された部屋は、落ち着いた和室だった。


 大きな窓の向こうには、手入れの行き届いた庭。


 灯籠の明かりが、夕闇の中に柔らかく浮かんでいる。


 テーブルには、すでに前菜が並べられていた。


 季節の野菜を使った小鉢。


 彩り豊かな魚介のマリネ。


 香ばしく焼き上げられた一品料理。


 どれも、見た目からして手が込んでいる。


「わあ……!」


 みさおは、目を輝かせた。


「これ、全部食べていいんですか?」


「もちろん」


 彼方が笑う。


「ゆっくり楽しんで」


「はい!」


 みさおは、さっそく箸を伸ばした。


 ひと口。


 その瞬間、目が丸くなる。


「……おいしい」


 思わず、声が漏れた。


 続いて運ばれてきたのは、香り豊かなスープだった。


 口当たりは滑らかで、素材の旨味が丁寧に引き出されている。


 さらに、新鮮な海鮮料理が並ぶ。


 魚介の甘みと、繊細なソースの調和。


 そして、メインの肉料理。


 絶妙な火加減で仕上げられた肉は、ナイフを入れるだけで柔らかさが伝わってきた。


「んん……!」


 みさおは、幸せそうに頬を緩めた。


「おいしいです、先生……!」


「それはよかった」


「こんなお料理、初めて食べました……!」


「たまには、こういうのもいいだろう?」


「はい……!」


 みさおの顔には、隠しきれない喜びが浮かんでいた。


 彼方と一緒に、こんな素敵な場所で食事をしている。


 まるで夢のようだった。


 いつものマンションで食べる彼方の手料理も好きだ。


 でも、こうして特別な場所に連れてきてもらえるのも、やっぱりうれしい。


 ――先生と一緒にいると、知らなかった世界を見せてもらえる。


 そんな気がした。


「さやかさんも、どうですか?」


「……ええ。おいしいわ」


 彼方に声をかけられ、さやかは料理を口に運んだ。


 確かに、料理は申し分ない。


 宿の格式も、接客も、食事の質も文句のつけようがなかった。


 だが、さやかの意識は料理に向いていない。


 目の前の男が気になって仕方がなかった。


 彼方は、こちらの事情を知りすぎている。


 そして、それを隠そうとする様子もない。


 むしろ、自然に振る舞うことで疑念を打ち消そうとしているようにさえ見える。


 そのとき、彼方が口を開いた。


「よかったら、何か飲みませんか?」


「……そうね。いただこうかしら」


「では、ビールをお願いします」


 ほどなくして、冷えたビールが運ばれてきた。


 彼方はグラスを持ち上げ、さやかに微笑みかける。


「今日は、お付き合いいただいてありがとうございます」


「……こちらこそ」


 軽くグラスを合わせる。


 乾いた音が、静かな部屋に響いた。


 その直後だった。


「ところで」


 さやかが、にっこりと笑った。


「今日は、ここに泊まるつもりなの?」


「ええ。部屋を取ってあります」


 彼方は、あっさり答えた。


 さやかの笑顔が、ぴたりと止まった。


「……呆れた。初デートでお泊まりなんて、ずいぶん大胆ね」


「お、お泊まり……!?」


 みさおの手が止まった。


 顔が、見る見るうちに赤くなっていく。


 お泊まり。


 彼方と。


 今日だけではなく、明日も一緒にいられる。


 それは、つまり――。


 いや、待って。


 落ち着いて。


 何を考えているの、私!


 みさおは、頭の中で大慌てしていた。


 彼方と一緒にいたい。


 もっと話したい。


 もっと、彼のことを知りたい。


 それは本当だ。


 けれど、お泊まりとなると話は別である。


 何を準備すればいいのか。


 どう振る舞えばいいのか。


 そもそも、自分は今、どんな顔をしているのだろう。


 考えれば考えるほど、顔が熱くなる。


「せ、先生……その……」


「ん?」


「今日は、その……泊まるんですか?」


「そうだよ」


 あまりにも自然な返事だった。


 みさおは、固まった。


「明日は二人とも予定がないって聞いたからね。せっかくだし、ゆっくりしていけばいいと思って」


「そ、そう……ですよね……」


 声が、かすれた。


 頭の中では、すでに大騒ぎである。


 ――ど、どうしよう。


 ――先生と、お泊まり……。


 ――うれしい。


 ――でも、どうしよう……!


 そんなみさおの様子を見て、さやかは深々とため息をついた。


「……あなた、抜かりがないわね」


「そうですか?」


「女性に必要なものまで、旅館に用意させているんでしょう?」


「ええ。急に決まったことですから、できる範囲でお願いしました」


「…………」


 さやかは、彼方をじっと見つめた。


 宿の手配。


 食事の段取り。


 女性に必要な備品まで、先回りして準備している。


 気遣いができる。


 段取りもいい。


 みさおのことを考えているのも、よくわかる。


 しかし。


 あまりにも、手際がよすぎる。


「……恐ろしいくらいね」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「褒めてないわよ」


 さやかは、笑顔を崩さなかった。


 その一方で、胸の内では警戒心をさらに強めていた。


 ――この男、私たちのことをどこまで知っているの?


 映画館での発言。


 みさおと亡き父親しか知らない、アイスクリームの組み合わせ。


 そして、高城一族の事情を知っているかのような旅館の選択。


 偶然だと言われれば、それまでかもしれない。


 だが、偶然が重なりすぎている。


「……ねえ、彼方くん」


「はい?」


「あなた、私たちの下着の色まで知っているんじゃないでしょうね?」


「さすがに、そこまでは知りませんよ」


 彼方は苦笑した。


 さやかは、じっと彼の目を見た。


「……本当に?」


「本当です」


 即答だった。


 少なくとも、表面上は。


 彼方は内心で冷や汗をかいていた。


 ――いや、ゲームの設定上なら知っているんだけど。


 ――そんなこと、口が裂けても言えるわけがないだろ。


 当然、口には出さなかった。


 さやかは、彼方の表情を観察したあと、大きく息を吐いた。


「……もういいわ」


 そう言いながらも、目は笑っていない。


 みさおだけが、そんな母親の様子に気づかず、真っ赤な顔で料理を口に運んでいた。


 彼方とお泊まり。


 明日も一緒。


 それだけで胸がいっぱいだった。


     *


 食事が終わり、食器が下げられた。


 静かな部屋に、三人だけが残る。


 彼方はグラスを置き、さやかへと視線を向けた。


「……さやかさん」


「何かしら?」


「そろそろ、お話ししたほうがよさそうですね」


 さやかの表情から、笑みが消えた。


「そうね。私も、そろそろ聞きたいことがあるわ」


「でしょうね」


「映画館でのこと。あのアイスクリームのこと。それから、この旅館のこと」


 さやかは、彼方をまっすぐに見据えた。


「どれも、偶然で片づけるにはできすぎている」


「…………」


「あなたは、私たちが知らないことまで知っている。まるで、ずっと前から私たちを知っていたみたいに」


 みさおは、母親の横顔を見た。


 いつもの冗談めいた雰囲気は、もうなかった。


 さやかは本気で彼方を疑っている。


 当然だと思った。


 みさお自身も、不思議に感じていたのだから。


 どうして彼方は、自分の好きなものを知っていたのだろう。


 どうして、あんなに自分たちの事情に詳しいのだろう。


 そして、どうして――。


「……あなたは、何者なの?」


 さやかの声が、静かに響いた。


「どうして、私たちのことをそこまで知っているの?」


 彼方は、すぐには答えなかった。


 みさおも、固唾をのんで彼を見つめている。


「……手の込んだことをして、申し訳ありません」


 彼方は、ゆっくりと頭を下げた。


「ただ、これから話すことを信じてもらうには、どうしても必要だと思ったんです」


「信じてもらう?」


「はい」


 彼方は、顔を上げた。


「これから話すことは、ありえないくらい荒唐無稽です。普通なら、信じられないと思います」


「説明してちょうだい」


 さやかの声に、迷いはなかった。


「私は、あなたが何を知っていて、何を目的にしているのか。それを知らないまま、娘をあなたに任せるつもりはないわ」


「……そうですよね」


 彼方は、静かに頷いた。


 さやかの言い分は正しい。


 彼女は母親なのだ。


 大切な娘のそばにいる男が何者なのか、知ろうとするのは当然だった。


 そして、自分は彼女たちを知りすぎている。


 このまま誤魔化し続けることはできない。


「わかりました。お話しします」


 彼方は、一度だけ息を吐いた。


「まずは、自己紹介から始めましょう」


 みさおとさやかが、彼の言葉を待つ。


 そして――。


「俺の名前は『茆原正顕(ちはら・まさあき)』ホントは38歳なんです……」


 沈黙。


 さやかは、瞬きすら忘れたように彼方を見つめていた。


 みさおも、口を半開きにしたまま固まっている。


 久遠彼方。


 目の前にいるのは、間違いなくその顔をした男だ。


 なのに、彼は今、自分をまったく別の名前で呼んだ。


 しかも。


 三十八歳。


 ――いったい、何を言っているの?


 みさおとさやかの思考が、同時に停止した。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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