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余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
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第17話 「パパと私しか知らないのに……」――9260通りの偶然(1)

 映画館を出た三人は、そのままショッピングモールを巡ることになった。


 ゲームセンターでは、彼方がクレーンゲームに挑戦した。


 狙いは、みさおが何気なく目を留めた小さなマスコットだった。


「先生、それ、取れるんですか?」


「取れるまでやれば、いつかは取れるのさ」


「……それ、取れない人の台詞ですよね?」


「手厳しいなあ」


 彼方は苦笑しながら、もう一度クレーンを操作した。


 アームが下りる。


 マスコットをつかむ。


 そして――。


 ぽとり。


「あっ!」


 景品の取り出し口に、マスコットが落ちた。


「取れた……!」


 みさおの顔が、ぱっと明るくなる。


 彼方は景品を取り出すと、当然のように彼女へ差し出した。


「はい。どうぞ」


「えっ、いいんですか?」


「君が気に入ったものだからね。」


「あ、ありがとうございます……!」


 みさおは、両手で大切そうにマスコットを受け取った。


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 こんなふうに、誰かから何かをもらうことが、こんなに嬉しいなんて。


 以前の久遠彼方から何かを与えられることはあった。


 けれど、そこにあったのは、彼女の気持ちを無視した一方的な押しつけだった。


 今は違う。


 彼は、みさおが何に興味を持ち、何を気に入り、どんな顔をしているのかを見ている。


 そして、彼女が喜ぶと、自分も嬉しそうに笑う。


 それが、たまらなく不思議だった。


 ――この人は、本当にあの久遠彼方なのだろうか。


 いや。


 今の彼が自分に優しいことは、疑いようがない。


 だからこそ、戸惑ってしまうのだ。


「……先生?」


「はい?」


「なんでもないです」


 みさおは、マスコットを胸元に抱きしめた。


 頬が、自然と緩んでいた。




     ◇




 その後、三人は雑貨屋を巡った。


 みさおが気に入った小物を眺めている間、彼方は急かすことなく待っていた。


 彼女が何かを手に取れば、興味があるのかと尋ねる。


 欲しそうにしていても、すぐに買い与えることはしない。


 本人が本当に欲しいのか、さりげなく確かめている。


 そんな彼の様子を、さやかは少し離れた場所から観察していた。


 娘を喜ばせるだけなら、難しいことではない。


 金を使えばいい。


 甘い言葉を囁けばいい。


 相手が望むものを与えているように見せればいい。


 しかし、本当に相手を慮れる人間は、そういうところで差が出る。


 相手の反応を見る。


 嫌がっていないかを確かめる。


 自分が楽しむことだけを優先しない。


 そして、何より――。


 相手の意思を尊重する。


 ――少なくとも、今のところは合格ね。


 さやかは、彼方の横顔を見つめた。


 娘を大切に扱おうとしていることは伝わってくる。


 ただし、それで彼を信用したわけではない。


 今朝の言葉。



 映画館で見せた、妙に深い感情。



 説明のつかないことが多すぎる。


 ――まあ、いいわ。


 今はもう少し、観察させてもらいましょう。


 やがて、館内の時計が午後三時を回った。


「そろそろ休憩しませんか?」


 彼方が提案した。


「そうね。ちょうど、おやつの時間だもの」


 さやかが頷く。


「フードコートに行きましょう。何か食べながら、ゆっくりしましょうか」


「はい!」


 みさおは嬉しそうに頷いた。


 午後のおやつ。


 買い物の合間に、甘いものを食べてひと休みする。


 それだけのことなのに、今日の彼女には、何もかもが新鮮だった。



     ◇



 フードコートは、午後の休憩を楽しむ人々で賑わっていた。


 買い物途中の家族連れ。


 友人同士で談笑する学生。


 甘いものを頬張る子どもたち。


 昼食時の混雑は落ち着いていたものの、あちこちのテーブルから楽しげな声が聞こえてくる。


 彼方は空いているテーブルを見つけると、二人を座らせた。


「何か買ってきますよ。二人はここで待っていてください」


「え? あ、はい」


 みさおは頷いた。


 彼方は財布を手に、店が並ぶ一角へと歩いていった。


 その背中を見送ってから、みさおはテーブルに視線を落とした。


 ――何を買ってくるんだろう。


 少し楽しみだった。


 けれど。


 ――私が何を食べたいか、聞かないんだ……。


 ふと、そんな考えが浮かんだ。


 彼方は、普段なら細やかな気遣いを見せる人だ。


 食事を用意するときも、彼女の様子を気にしてくれる。


 なのに、今回は何も聞かずに行ってしまった。


 どうしてだろう。


 自分の好みなんて、どうでもいいのだろうか。


 そんなはずはない。


 今日一日だけでも、彼が自分を気遣ってくれていることは十分に伝わってきた。


 それでも、ほんの少しだけ寂しかった。


「……みさお」


 向かいに座る母親が、声をかけてきた。


「はい?」


「何が出てくるか、楽しみね」


「……うん」


 さやかは、彼方が歩いていった方向を見ながら言った。


「こういうときって、いろいろ見えてくるものよ」


「いろいろ?」


「相手が、どれだけ自分のことを考えてくれているか。自分の好みを覚えているか。相手の立場に立って、物事を考えられるか」


 さやかは、娘に視線を戻した。


「人間ってね、口ではいくらでも立派なことを言えるの。でも、何気ない行動には、その人の本当の人柄が出るものよ」


「……ママって、そういうことを言うとき、急に大人っぽくなるよね」


「急にって何よ。お母さんは、いつだって大人だわ。」


「そうかなあ……」


「何か言った?」


「なんでもないです」


 みさおは、慌てて口を閉じた。


 さやかは苦笑した。


 ――さて。


 あの男は、何を持ってくるのかしら。


 娘の好きなものを選ぶのか。


 自分が食べたいものを買ってくるのか。


 それとも、値段だけで適当に決めるのか。


 もちろん、食べ物ひとつで人間性が決まるわけではない。


 けれど、相手をどれだけ見ているかは、案外、そういうところに表れる。


 さやかは、静かに待った。


     ◇


「お待たせしました」


 ほどなくして、彼方が戻ってきた。


 テーブルに置かれたものを見て、みさおは目を瞬かせた。


「……え?」


 透明なカップに入っていたのは、三段重ねのアイスクリームだった。


 鮮やかな色のフレーバーが、きれいに重なっている。


「アイス……?」


「ええ。ちょっと休憩するなら、甘いものがいいかと思いまして」


「そ、そうなんですね……」


 みさおは、カップを見つめた。


 そして、上から順番にフレーバーを確認する。


 最上段。


 リッチストロベリー。


 その下。


 チョコミント。


「…………え?」


 みさおの表情が変わった。


 見間違いではない。


 リッチストロベリー。


 チョコミント。


 どちらも、彼女が大好きなフレーバーだった。


 それも、ただ好きというだけではない。


 みさおには、この二つを組み合わせる特別な理由があった。


 誰にも話したことはない。


 友達にも。


 学校の誰にも。


 そして、彼方にも。


 ――パパと、私だけの秘密。


 幼いころ、父親と一緒にアイスクリームを買いに行ったとき。


 みさおは、いつもこの二つを選んでいた。


 父親は、そんな彼女を見て笑っていた。


 それは、みさおにとって大切な思い出だった。


 だからこそ。


 彼方が、何の気なしに二つのフレーバーを選んだことが信じられなかった。


「……先生」


「はい?」


「これ……」


「気に入らなかった?」


「ち、違います!」


 みさおは、慌てて首を横に振った。


「そうじゃなくて……どうして、この二つを?」


 彼方は、アイスクリームを見下ろした。


「なぜだろうね」


「…………」


 それだけだった。


 たった、それだけの答え。


 みさおは、彼の顔を見つめた。


 何かを隠しているようには見えない。


 かといって、偶然で片づけるには出来すぎている。


 彼女は、恐る恐る視線を下へ移した。


 三段目。


 そこにあったのは――黒糖ミルクだった。


「…………」


 みさおは、無言になった。


 ――惜しい。


 すごく惜しい。


 リッチストロベリー。


 チョコミント。


 ここまでは完璧だった。


 けれど、最後の一段だけ違う。


 そこにあるべきなのは、黒糖ミルクではない。


 ビターキャラメル。


 ほろ苦さの中に、しっかりとした甘みがあるフレーバー。


 リッチストロベリーとチョコミント。


 その下に、ビターキャラメルを重ねる。


 それが、みさおにとっての完璧な組み合わせだった。


 ――八十点。


 心の中で、そんな言葉が浮かんだ。


 いや、待って。


 そもそも、二つも当たっている時点でおかしい。


 店には二十種類ものフレーバーがあるのだ。


 そこから、好きなものを二つ。


 しかも、順番まで一致させている。


 偶然。


 そう考えるのが自然だ。


 たまたま、彼方の好みと一致しただけ。


 そうに違いない。


 けれど。


 ――どうして?


 みさおは、もう一度アイスクリームを見つめた。


 自分の好みを、彼方に教えたことはない。


 この組み合わせについて話した記憶もない。


 それなのに。


 彼は、二つも当ててきた。


 しかも、順番まで。


 みさおの胸の奥で、何かが揺れた。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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