↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
15/32

第15話 親同伴のデートなんて聞いてない!――先生が選んだのは、かわいい顔した問題作でした(1)

 朝日が昇る。


 世界が、少しずつ明るくなっていく。


 夜の闇に覆われていた公園にも、柔らかな光が差し込んでいた。


 そして――。


「……先生」


 高城みさおが、初めて俺をそう呼んだ。


 俺の心臓が、強く跳ねた。


 彼女は、何かを決意したように、ゆっくりと俺に近づいてくる。


「私……」


 震える声。


 潤んだ瞳。


 言葉の続きを待つ俺の前で、みさおは落ち着かない様子で視線をさまよわせた。


「あ、あの……そ、その……」


 ……参ったな。


 俺は大きく息を吐いた。


 彼女が何を伝えようとしているのか。


 それくらいは、察しがつく。


 だが、俺には簡単に答えを出せない事情があった。


 彼女の気持ちを受け入れるべきか。


 それとも、俺の正体を打ち明けるべきか。


 今の俺は、彼女が知っている久遠彼方ではない。


 中身は、茆原正顕という別の人間だ。


 しかも、彼女が俺に抱いている感情には、かつての彼方がかけた呪いが影響している可能性がある。


 そんな状態で、彼女の想いに応える。


 それは、本当に彼女のためになるのだろうか。


 ……いや。


 それこそ、俺の都合を押しつけているだけじゃないのか。


 彼女を傷つけたくない。


 けれど、何も答えずに逃げ続けることも、誠実とは言えない。


 そして何より。


 彼女は、俺のことを何も知らないのだ。


 俺が誰なのか。


 なぜ、別人のように変わったのか。


 何一つ知らないまま、俺を見つめている。


 ならば、せめて。


 今の俺にできることをしよう。


「あ、あのさ……」


「は、はい……!」


 みさおの肩が、ぴくりと跳ねた。


 俺は、少しだけ視線を逸らしてから、意を決して口を開いた。


「今日……デートしない?」


「…………は?」


 みさおの口が、ぽかんと開いた。


 時間が止まったかのように、彼女は固まっている。


「……え?」


「いや、だから。今日、どこか出かけないかって」


「で、デート……?」


「うん」


「先生と……私が……?」


「ほかに誰がいるんだよ」


 みさおは、両手で自分の頬を押さえた。


 みるみるうちに顔が赤くなっていく。


「い、行きますっ!」


 ……返事が早い。


 あまりにも早い。


 彼女自身も、自分の反応に驚いたらしい。


「あっ……その……!」


「うん」


「よ、よろしくお願いします……!」


 深々と頭を下げられた。


 俺は思わず苦笑する。


 デートに行くだけで、どうしてこうも緊張しなければならないのか。


 もっとも、俺も似たようなものだった。


 いい歳をして、まともな恋愛経験は乏しい。


 ましてや、相手は年頃の少女。


 教師と生徒という立場もある。


 何より、彼女の感情には呪いが関わっているかもしれない。


 浮かれている場合ではないのだ。


 ……分かっている。


 分かっているのだが。


「じゃあ、昼過ぎに迎えに行くよ」


「……はい!」


 顔を真っ赤にしたみさおが、嬉しそうに頷いた。


 その笑顔を見た瞬間。


 俺は、今日くらいは彼女に楽しい時間を過ごしてもらおうと決めた。


 

     ◇


 昼過ぎ。


 古びたアパートの前に、一人の少女が立っていた。


 レースをあしらった淡い青のブラウス。


 清楚な白いロングスカート。


 長い黒髪も丁寧に整えられている。


 いつもの制服姿とは違う、少し大人びた装いだった。


 高城みさお。


 彼女は何度も腕時計を確認していた。


「……まだかな」


 小さく呟いた直後。


 通りの向こうから、黒塗りの外国車が姿を現した。


 古びたアパートには、いささか不釣り合いな高級車だ。


 車が静かに停車する。


 運転席から降りてきたのは、久遠彼方だった。


「待たせたかな?」


「い、いえ! そんなことは……!」


 彼方は穏やかに微笑み、助手席側へ回る。


 そして、ドアを開けた。


「どうぞ」


「あ……ありがとうございます」


 差し出された手を、おずおずと取る。


 エスコートされ、助手席に乗り込む。


 ドアが閉まった。


 バタン。


 その音を聞いた瞬間、みさおの心臓が跳ねた。


 ……本当に、デートなんだ。


 先生と一緒に出かける。


 先生が、自分を誘ってくれた。


 その事実が、胸の奥をじんわりと温めてくれる。


 彼方は運転席に戻り、シートベルトを締めた。


「さて。どこか行きたいところはある?」


「そ、その……先生にお任せします……」


「分かった」


 エンジンが静かに唸る。


 車が動き出そうとした、その瞬間だった。


「あら、楽しみねぇ」


 後部座席から、のんびりした声が響いた。


「…………」


 みさおの笑顔が凍りついた。


 ゆっくりと振り返る。


 そこには、にこにこと微笑む母親――高城さやかが座っていた。


「…………ママ?」


「あら、なあに?」


「……なんで、いるの?」


「だって、先生が一緒にって誘ってくれたんだもの」


「…………」


 みさおは、ぷくっと頬を膨らませた。


 それから、運転席の彼方を見た。


「……先生」


「うん?」


「これって……デート、ですよね?」


「そうだよ」


「……なんで、ママがいるんですか?」


「最初から一緒に誘ったからだな」


「…………」


 みさおは絶句した。


 待ってほしい。


 デートとは、好きな相手と二人で出かけるものではないのか。


 少なくとも、みさおが思い描いていたデートはそうだった。


 ところが、現実はどうだ。


 助手席に自分。


 後部座席に母親。


 しかも、母親はやけに楽しそうである。


「……せっかくのデートなのに」


「ん?」


「……なんでもありません」


 みさおは、ぷいっと顔を背けた。


 彼方は苦笑する。


「まあ、教師と生徒が街中で二人きりで出かけるのも、いろいろと問題があるからね。誰かに見つかったら、俺も説明に困る」


「……クビになってもいいの?」


 さやかが、後部座席から楽しそうに口を挟んだ。


「いや、それは困るわ」


「ふふっ。じゃあ、今日は偶然街中で会って、そこから一緒に行動することにしましょうか」


「そういう設定で頼むよ」


「……はい」


 みさおは、しぶしぶ頷いた。


 だが、納得などしていない。


 せっかくのデートなのに。


 母親同伴。


 これでは、先生と二人きりで話すこともできないではないか。


「ママ……遠慮してくれればいいのに」


 小声でぼやく。


「あらあら。ママも楽しみよ?」


「私のデートなんだけど……」


「はいはい」


 さやかは、後部座席の背もたれにゆったりともたれた。


「若い男の人とお出かけなんて、久しぶりだもの」


「ママ!」


「あら、嫉妬?」


「違いますっ!」


 即答だった。


 けれど、声が少し裏返っている。


 まったく説得力がなかった。


 彼方は、そんな母娘のやり取りに苦笑しながら車を走らせる。


 みさおは窓の外を眺めた。


 ……二人きりがよかった。


 そう思う。


 けれど、母親が同行することになった理由も、彼女は知らない。


 そして後部座席のさやかもまた、表面上のんびりしているだけだった。


(……本当は、来るつもりなんてなかったのよ)


 さやかは、バックミラー越しに彼方の横顔を見つめた。


(でも……なんで、あの言葉を知っているの?)


 その疑問がある限り、娘を彼一人に任せる気にはなれなかった。




     ◇



 時は、少し前に遡る。


 みさおがアパートの玄関を開けたのは、朝のことだった。


「……ただいま」


「あら、おかえり」


 台所に立っていたさやかが、振り返って微笑む。


 娘の表情。


 声の調子。


 歩き方。


 注意深く観察する。


 ……悪い様子ではない。


 少なくとも、今すぐ問い詰めなければならないような様子ではなかった。


 あの男と何があったのか。


 何を話したのか。


 さやかには気になることが山ほどあった。


 だが、娘が自分から話すまで待とう。


 そう決めていた。


「じゃあ、朝ごはんにしましょうか」


「……うん」


 食卓に並ぶのは、温かいご飯に味噌汁、卵焼き、納豆。


 豪華ではない。


 けれど、母と娘が毎朝囲んできた、いつもの食卓だった。


 二人は向かい合って座り、箸を取った。


 しばらく、会話はなかった。


 味噌汁をすする音。


 箸が皿に触れる音。


 窓の外を走る車の音。


 何気ない、穏やかな朝。


 やがて。


「あのね、ママ」


 みさおが口を開いた。


「うん?」


 さやかは視線を上げず、味噌汁をすすった。


 気になる。


 けれど、急かしてはいけない。


「お昼から……」


「うん」


「先生と、デートに行くことになった」


「そう。よかったじゃない」


 さやかは微笑んだ。


 娘の頬が、ほんのりと赤くなる。


 その様子を見て、さやかは少しだけ安心した。


 少なくとも、娘は自分の意思で話している。


 無理に何かを言わされているようには見えない。


 ならば、今はそれでいい。


 ……と思ったのだが。


「それでね」


「うん?」


「先生が……ママも一緒に来てほしいって」


「…………え?」


 さやかの箸が止まった。


「ママも?」


「うん」


「……デートに?」


「うん」


 数秒の沈黙。


 さやかは、ゆっくりと首を横に振った。


「いやいや。二人で行きなさいよ」


「……そう言うと思った」


「そりゃそうでしょ。あなたのデートなんだから」


 娘の初めてのデートだ。


 母親がついていくなど、野暮にもほどがある。


 さやかは、娘の恋路を邪魔するつもりなどなかった。


 味噌汁を持ち上げる。


 そのとき。


「先生がね」


「うん?」


「『ママはそう言うだろう』って」


「…………」


「それで、ママに伝えておいてほしいことがあるって」


 さやかの表情が、わずかに変わった。


「……何を?」


 みさおは、少し不思議そうに答えた。


「『神に逢えば神を切り、仏に逢えば仏を切る』って」


 ――ぶっ!


「げほっ! げほっ、げほっ!」


 さやかは、盛大に味噌汁を吹き出した。


 飛沫が宙を舞い、真正面に座っていた娘の顔面へと見事に降り注ぐ。


「…………」


「…………」


 食卓に、静寂が落ちた。


 みさおは、味噌汁まみれの顔で母親を見つめていた。


 その目は、驚くほど冷たい。


「……ママ?」


「ご、ごめん!」


 さやかは慌てて立ち上がり、タオルを手に取った。


「本当にごめん! まさか、そんなことを言うなんて……!」


「なんなのよ、もう!」


 みさおはタオルを受け取ると、自分で顔を拭いた。


 そして、じとっとした目を母親に向ける。


「……せっかくのデートなのに」


「はい……」


「朝から味噌汁まみれなんだけど」


「……はい」


 さやかは、しゅんと肩を落とした。


 だが、その頭の中では、別のことが渦巻いていた。


(……なんで、あの言葉を知っているのよ!)


 偶然で片づけるには、あまりにも不自然だった。


 あの言葉は、誰もが知っているような言葉ではない。


 それを、なぜ久遠彼方が知っている?


(……あの男、一体何者なの?)


 娘を大切に思う母親として。


 そして、彼女自身が抱える事情を踏まえても。


 この疑問を放置するわけにはいかなかった。


「……分かったわ」


「え?」


「お昼から、一緒に行く」


「……本当?」


 みさおの表情が、ぱっと明るくなった。


 だが、すぐに曇る。


「……でも、ママが来たら、先生と二人きりになれないんだけど」


「あらあら。そこは我慢してね」


「むう……」


 みさおは、あからさまに不満そうだった。


 さやかは苦笑しながら、空になった味噌汁の椀を見つめた。


(……まったく。とんでもない男に目をつけられたものね)


 いや。


 もしかすると、こちらが彼に目をつけたと言うべきなのかもしれない。


 彼が何を知っているのか。


 なぜ、あの言葉を知っているのか。


 それを確かめるまでは、娘を一人で任せるわけにはいかなかった。



   

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。