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余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
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第13話 娘を泣かせた男を殺しに来た母親――そして、二人きりの時間が始まる。(1)

 高城みさおが学校を休むようになって、三日が過ぎた。


 彼女の席は、今日も空いたままだった。


 メッセージアプリに送った連絡も、既読にならない。


 体調を崩したのか。


 それとも、俺と顔を合わせたくないのか。


 おそらく、両方だろう。


(難しいな……)


 教室の様子を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。


(そもそも、女性と付き合ったことがないんだよな……)


 この年齢になって、まさか恋愛の初歩で頭を抱えることになるとは思わなかった。


 いや、恋愛と呼んでいいのかすら怪しい。


 俺は彼女の教師だ。


 そして、彼女を苦しめた久遠彼方の身体を使っている。


 そのうえ、彼女の心には、俺が原因となった洗脳の影響が残っている。


 普通の恋愛相談なら、もっと簡単だったはずだ。


(こういうとき、どうしたらいいんだ……)


 謝ればいいのか。


 距離を置けばいいのか。


 それとも、彼女が自分の気持ちを整理できるまで、何もせずに待つべきなのか。


 どれも間違いではない気がする。


 だが、どれも正解だとは言い切れなかった。


(そもそも……距離感が近すぎたんだ)


 みさおが俺のマンションに通うようになってから、俺たちの距離は急速に縮まった。


 食事を作り、一緒に過ごし、勉強を教える。


 彼女が少しずつ心を開いてくれたことは、素直に嬉しかった。


 だが、その気持ちが洗脳によるものかもしれないと考えると、簡単には喜べない。


 彼女自身の気持ちを尊重するためにも、俺が一歩引く必要がある。


 それはわかっている。


 わかっているのだが……。


(しかし、俺とみさおは監視されている)


 大括摩耶。


 あの女は、俺の変化に気づき始めている。


 みさおとの接触を完全に断てば、かえって不自然に思われる可能性もあった。


 彼女を守るためには、一定期間、俺のマンションに通ってもらう必要があるかもしれない。


(……いや)


 俺は、心の中で首を振った。


(それは言い訳か)


 彼女と会う理由を探しているだけではないのか。


 そんな自分の未練がましさに、思わず苦笑した。


 教師としての責任。


 彼女の安全。


 洗脳の解除。


 どれも本当だ。


 けれど、それらの正論の陰に、自分の気持ちを隠していることも否定できなかった。


 俺は、窓の外へ目を向けた。


 今の俺にできることは、限られている。


 だからこそ、せめて。


 彼女の気持ちを、俺の都合で決めつけることだけはしたくなかった。


     ◇


 翌日。


 夜明け前。


 街がまだ眠っている時間、俺は人気のない公園で身体を動かしていた。


 上下ともにジャージ。


 特別な装備はない。


 まずはストレッチで身体をほぐし、腕立て伏せやスクワットなどの自重トレーニングをこなす。


 最後に、シャドーボクシング。


 呼吸を整え、拳を突き出し、足を運ぶ。


 淡々と。


 余計なことを考えず、身体の動きだけに意識を集中させた。


 いつもなら、みさおが帰ったあとに行っているトレーニングだ。


 だが、彼女が来なくなったことで、俺の生活リズムも変わった。


 朝早く起きるようになったのは、その副産物である。


(……ずいぶん健康的になったものだ)


 そんなことを考えながら、拳を突き出す。


 空気が鋭く鳴った。


 今の身体は、以前の俺とはまるで違う。


 龍人としての力の影響なのか、胸板は厚くなり、腹筋は明瞭に浮かび上がっている。


 腕や脚にも、驚くほどの筋肉がついていた。


 それでいて、動きは重くない。


 むしろ、軽すぎるほどだ。


 踏み込めば、瞬く間に間合いが詰まる。


 拳を振れば、風が裂ける。


 常人とは比較にならない速度と膂力。


 それが、今の俺に与えられた力だった。


(ゲームの設定を、現実で体験することになるとはな……)


 そんな感想を抱いた、その瞬間。


 ――空気が変わった。


 背後。


 ヒュッ。


 ヒュッ。


 風切り音が二つ。


 俺は反射的に首を傾け、上体を捻った。


 黒い影が頬の横を通り過ぎる。


 クナイだった。


 二本の刃が背後の地面に突き刺さる。


 俺は動きを止め、ゆっくりと振り返った。


「ふーん……躱せるんだ」


 街灯の下。


 一人の女が立っていた。


 黒と赤を基調とした忍装束。


 長い髪。


 口元の小さなほくろ。


 こちらの反応を楽しむような、妖艶な微笑み。


 その瞳には、明確な殺意が宿っていた。


(高城さやか……)


 みさおの母親。


 そして、この世界における最強格の一人。


 忍者。


 ゲームの知識が正しければ、彼女は正面からの戦闘でも圧倒的な実力を発揮する。


 奇襲、暗殺、体術、投擲。


 あらゆる技術に精通した、危険な相手だ。


 しかも、今の彼女には迷いがない。


 俺を殺す。


 その目的だけで、ここに来たのだろう。


「……」


 俺が黙っていると、さやかは両手にクナイを構えた。


「死んでもらうわ」


 穏やかな声だった。


 だからこそ、冗談ではないとわかった。


「……やめてくれ、と言っても無駄でしょうね」


「そうね」


 さやかは笑った。


「あなた、自分が何をしたのか、わかっているわよね?」


「ああ」


「だったら、話は早いわ」


 次の瞬間、彼女の姿が消えた。


 否。


 消えたように見えるほどの速度で、間合いを詰めてきたのだ。


 クナイが喉元を狙う。


 俺は上体を反らし、紙一重で刃をかわした。


 さやかは勢いを殺さず、そのまま背後へ回り込む。


 今度は横薙ぎ。


 さらに、足元を狙う一撃。


 俺は跳び退き、攻撃を避け続けた。


 速い。


 そして、正確だ。


 こちらが回避する方向まで計算している。


(さすがはゲーム最強格……)


 感心している場合ではない。


 俺は距離を取り、両手を軽く上げた。


「頼むから、少し落ち着いてくれませんか」


「嫌よ」


「……ですよね」


「あなたが何をしたのか、忘れたとは言わせないわ」


「忘れていません」


 むしろ、忘れられるはずがない。


 俺は大きく息を吐き、素直に頷いた。


「……ああ。自業自得ですね」


「わかっているなら、死んで」


 さやかの指が動く。


 手裏剣が飛来した。


 一枚、二枚、三枚。


 軌道が違う。


 逃げ道を塞ぐように放たれた刃が、俺の動きを制限する。


 俺は身を沈め、身体を捻り、必要最低限の動きでそれらをかわした。


 最後の一枚が通り過ぎた瞬間。


 さやかが踏み込んだ。


 クナイが、一直線に俺の胸元へ迫る。


 俺は半歩だけ横へずれた。


 刃先がジャージをかすめる。


「もうやめてくれないか」


「やめないわ」


「術は解きます」


「解かなくていい」


 彼女は微笑んだ。


「殺すから」


 ……困った。


 本当に困った。


 話し合いの余地が、これっぽっちもない。


 俺は頬を人差し指で掻いた。


「まだ死ねないんですよ。呼ばれてここに来たんでね」


「誰に?」


「それは言えません」


「どうして?」


「言っても、信じてもらえないでしょうから」


 さやかは、冷ややかな目を向けた。


「……ふざけているの?」


「いえ。大真面目です」


「そう。なら、死んでから後悔しなさい」


 彼女の姿が、再び消えた。


 今度は、真正面からだった。


 俺は動かなかった。


 クナイの切っ先が、胸に突き立つ。


「――!」


 さやかの目が見開かれた。


 その瞬間。


 俺の視界が変わった。


 瞳孔が縦に細まり、周囲の景色が異様なほど鮮明になる。


 指先が変形した。


 皮膚の下から鱗が浮かび上がり、手には鋭い鉤爪が伸びる。


 龍人の力。


 その一端が、解放された。


「……なっ」


 俺は胸に刺さったクナイを掴み、引き抜いた。


 血は出ていない。


 傷ひとつ、見当たらなかった。


「嘘……」


 さやかが呟く。


 その声を聞いたときには、すでに俺は彼女の懐へ踏み込んでいた。


 一歩。


 ただ、それだけ。


 彼女が反応するより早く、俺の鉤爪が喉元へ迫る。


 刃先が、皮膚に触れた。


 ほんのわずかに。


 赤い線が浮かぶ。


 血が一滴、首筋を伝った。


「……っ」


 さやかの身体が硬直した。


 額に冷や汗が滲む。


 彼女ほどの実力者なら、もう理解しているはずだ。


 今の自分では、俺に勝てない。


 少なくとも、正面からの戦闘では。


「驚いた……」


 さやかは、喉を動かさないようにしながら呟いた。


「龍人なの……?」


「そうです」


 俺は、できるだけ穏やかな声で告げた。


「落ち着いて。話がしたい」


「……できると思う?」


「できると信じたいですね」


「嫌だなんて、言えるわけないじゃない……」


 さやかの声が震えた。


「この状況で……!」


「……それは、そうですね」


 俺は鉤爪を引いた。


 そして、ゆっくりと一歩下がる。


「すみません。脅すつもりはなかったんですが」


「あなた……本当に何なのよ」


「それは俺も知りたいところです」


「冗談を言わないで」


「冗談じゃないんですが……」


 さやかは俺を睨んだ。


 その手には、まだクナイが握られている。


 だが、もう攻撃してくる気配はなかった。


 しばらくして、彼女は深いため息をついた。


「……話くらいなら、聞いてあげる」


「ありがとうございます」


「勘違いしないで。あなたが圧倒的に有利だから、仕方なくよ」


「ええ。わかっています」


 俺は頷いた。


 こうして、ようやく話し合いの機会を得たのだった。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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