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余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
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第10話 「君の恋心は、偽物かもしれない」――彼女が初めて恋を知り、初めて失恋した夜(2)

 

 午後の授業が始まった。


 彼方は化学の教科書を開き、黒板に式を書きながら説明していた。


「この反応では、物質の量の関係を正確に捉える必要がある。公式を丸暗記するだけでは、少し条件が変わったときに対応できなくなるからね」


 落ち着いた声。


 分かりやすい説明。


 生徒たちは、以前よりも真剣に授業を聞いている。


 質問が出れば、彼方は手を止めて丁寧に答えた。


 難しいところは、具体例を交えて説明する。


 分かるまで待つ。


 そして、理解できた生徒には、きちんと頷いてみせる。


 特別なことをしているわけではない。


 ただ、教師として当たり前のことを、当たり前にやっているだけだ。


 しかし、それが以前の彼方とは大きく違っていた。


「先生、ここが分からないんですけど」


「どこかな?」


「この係数って、どうしてこうなるんですか?」


「いい質問だね。じゃあ、順番に考えてみよう」


 彼方はチョークを置き、生徒の机まで歩いていった。


 その自然な振る舞いを、みさおはぼんやりと眺めていた。


(……すごいな)


 誰にでも優しい。


 誰に対しても、適切な距離を保つ。


 相手の顔色をうかがいすぎず、かといって冷たく突き放すこともない。


 まるで、最初から大人になる方法を知っていたかのようだった。


 そして、みさおは気づいてしまった。


 自分が、彼方のそんな姿を見ている時間が増えていることに。


 授業中も。


 ホームルームでも。


 家で一人になったときでさえ。


 彼方の言葉や表情を、何度も思い出している。


 彼が作ってくれた料理。


 分からない問題を一緒に考えてくれたときの声。


 将来のことを真剣に話してくれた横顔。


 そして、最後に向けられた穏やかな微笑み。


(……好き、なのかな)


 その考えが浮かんだ瞬間、みさおの心臓が大きく跳ねた。


(……私、ご主人様のことが……?)


 否定しようとした。


 そんなはずはない。


 自分は彼を怖がっていたはずだ。


 彼の顔を見るだけで、身体が強張っていたはずだ。


 今だって、過去のことを思い出せば不安になる。


 それなのに。


 彼の姿を目で追ってしまう。


 声が聞こえると、つい顔を上げてしまう。


 彼が自分に微笑んでくれると、一日中そのことを考えてしまう。


 他の女子が彼を褒めれば、胸が痛む。


 彼を誰かに取られたくないと思ってしまう。


 これを恋と呼ばずに、何と呼べばいいのだろう。


(……私、本当に……)


 みさおは、ノートに視線を落とした。


 文字が、うまく頭に入ってこない。


 

 彼方は黒板の前で、説明を始めた。


 みさおは、その背中を見つめていた。


 胸の奥に、熱いものがこみ上げる。


 嬉しい。


 もっと話したい。


 もっと自分を見てほしい。


 もっと、彼に認められたい。


 その感情は、もう誤魔化せそうになかった。


(……好き)


 みさおは、心の中でそっと呟いた。


(私、ご主人様が……好きなんだ)


 ようやく認めたその気持ちは、思っていた以上に大きかった。


 けれど。


 恋を自覚したからこそ、彼女はまだ知らなかった残酷な事実に、少しずつ近づいていくことになる。


     *


 その日の放課後。


 藤堂やまとは、教室の前で山形紗理奈を待っていた。


「紗理奈、帰ろうぜ!」


「うん、ちょっと待って!」


 紗理奈は鞄を持ち、やまとのもとへ駆け寄った。


 二人が並んで歩き出す。


 その光景を、みさおは教室の窓越しに見ていた。


 やまとは明るく笑い、紗理奈も楽しそうに笑っている。


 幼馴染。


 昔から一緒にいる二人。


 困ったときには助け合い、何でも言い合える関係。


 やまとは、まさに物語の主人公のような男だった。


 誰にでも優しく、正義感が強く、困っている人間を放っておけない。


 以前の自分なら、そんな彼に憧れていたのかもしれない。


 実際、かつてのみさおは、やまとに淡い好意を抱いていた。


 彼が誰かを助ける姿を見るたび、胸が温かくなった。


 自分にも、いつかあんなふうに手を差し伸べてくれるのではないか。


 そんな期待を抱いたこともあった。


 けれど。


(……あれ?)


 今、二人の姿を見ても、以前のような胸の高鳴りはなかった。


 もちろん、やまとが嫌いになったわけではない。


 彼は今でも、明るくて優しい人間だと思う。


 ただ。


 彼の笑顔を見ても、心が動かなくなっていた。


 代わりに浮かぶのは、別の男の顔だった。


 穏やかな眼差し。


 落ち着いた声。


 料理を作る手つき。


 自分の将来を真剣に考えてくれた言葉。


 そして、決して自分に無理なことを強要しない、あの距離感。


(……ご主人様)


 気づけば、また彼方のことを考えていた。


 やまとと彼方を比べるつもりなどなかった。


 そもそも、二人は立場も年齢も違う。


 比べること自体が間違っている。


 それでも、どうしても考えてしまう。


 やまとは、同年代の男の子だ。


 明るく、真っ直ぐで、少し無鉄砲なところもある。


 そんな彼を、以前のみさおは魅力的だと思っていた。


 しかし今は。


 彼の言葉も、振る舞いも、どこか幼く感じてしまう。


 それは、やまとが変わったからではない。


 みさおの目に映る世界が、変わってしまったのだ。


 そして、彼女はもう一つの事実にも気づいていた。


 やまとには、紗理奈がいる。


 幼馴染の二人は、周囲から付き合っているのではないかと噂されている。


 実際のところ、どうなのかは分からない。


 けれど、今のみさおには、もう確かめたいとも思えなかった。


(……もう、いいかな)


 その感情は、静かだった。


 失恋したときのような、激しい痛みはない。


 ただ、かつて胸の中にあった淡い憧れが、ゆっくりと薄れていく。


 そして、その空いた場所に。


 別の感情が、少しずつ満ちていく。


(……私が好きなのは)


 みさおは、窓の外から視線を外した。


(……ご主人様なんだ)


 その事実を認めた瞬間、胸が高鳴った。


 嬉しい。


 けれど、怖い。


 嬉しいのに、怖い。


 なぜなら、彼女はまだ知らなかったからだ。


 彼方が自分をどう思っているのか。


 自分の気持ちが、彼に届くことはあるのか。


 そして。


 自分が抱いているこの恋心は、本当に自分自身のものなのか。


  

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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