第86話 便り頼られ
マグルから受け取った手紙を開く。小さく折り畳まれていて、破らないように開くのが大変だった。手紙はアイゼらしく端的だ。
アールへ。
貴方が旅に出てから、こちらはそろそろ季節が変わりそうです。手紙は読みました。魔王城へ行くというのは聞いていなかったので随分と驚いています。ビレステの為に頑張ってください
長閑なラザニ村に大きな変化はないです。魔物の襲撃によって壊された、村を囲む柵と門はようやく修繕を終えました。家の畑も収穫をスノーラや村長に手伝って貰っています。夫の不在に気を遣ってくれる優しい近所の皆さんには感謝しきれません。神樹の世話もありますが、心配しないで。私は一人でなんとか、やっています。アールも手紙で書いていましたが近々、グレナが里帰りするという知らせが来ました。王都での二人の再開話を聞くのが今からとても楽しみです。それまでには戻ってくるのでしょう?
風邪には気を付けて。帰路の日程が決まったらまた手紙を下さい。
追伸
この手紙は無事に届いたかしら。もしそうならチイサメフクロウを労ってあげて。いつの間に噛み癖がついたのか、この手紙を括りつける時に指を噛まれました。もしかしたらアールの指も噛んでしまうかもしれないけど、叱らないであげてね。きっとこの子も貴方が居なくて寂しいのよ。トネリコレの木陰より愛を込めて アイゼ=トゥレ
「なんて書いてあったの?」
ビレステが聞く。
「うむ」
「早く帰って来いとかだろ?」
ヘルモドが言う。
「そうだな。アイゼも旅路を応援してくれるようだ。心配するなと書いてあった」
「本当にそうなら、そう書かないよな」
マグルが知った風に言った。さすがは余計な一言においては専門家である
「どちらにせよ急ぎたいところだが、私たちの都合だけで事が運ぶわけではない」
ため息をつき、折り目の通りにまた手紙を折り畳んだアールだが、そのエルフ的感性による「急ぎたいところ」とは関係なしに事態は動き始める。勇者の動向はひょんなことから知らされた。
夕食の席だ。相変わらずヘルモドはテーブルマナーを守らないようでいて守り、ビレステは直されたり褒められたりを繰り返していた。そしてマグルはビレステの真似をしていたので同じように間違える。
「帝国に住む私の友人から手紙が来ました」
ミーミルがアールに言う。
「ふむ」
「友人の息子は、北部方面部隊という帝国軍の精鋭に所属しています。勇者も同じ部隊にいたそうですが、魔族の襲撃に遇い亡くなりました」
「そうか。軍人として責務を果たしたのだろう」
「それから魔王城まであと少しというところで再度襲撃に遇い、北部方面部隊は潰走しました。今は前線基地か、それともポ帝都まで後退しているでしょう。魔王の存在も確認されたようですな」
食卓が騒然となる。
「勇者が負けたとはな。初めてじゃないか?」
「そうですが、勇者が負けたとは書いてありませんでした。部隊が潰走とあったのでそういうことでしょう」
「分かった。情報は助かる」
「就任式まで見ていけば、また次の動向も知れるでしょう」
「どうするのアール?」
「考えておく」
「うんーー」
ビレステが静かに頷く。マグルはちらりと視線を上げ、その様子を窺った。
寝る前に、水を取りに行くと言ってからしばらく経つ。マグルはベッドから起き上がり、階下へ向かった。屋敷の裏口へ出る。敷地内に道にある大きな水路へ合流する小さな水路があった。ビレステはぼんやりとそこに座っていた。足をぷらぷらと揺らしているのか、肩が宙を舞う木の葉のように小さく揺れている。
「あれ」
「よう。そこ詰めろよ」
傍には小舟が準備されていて、木の軋む音が時折鳴った。水面の月が小さなさざ波に合わせて揺れる。ここからは道の水路が垣間見えるだけだ。夜はぶつかる危険性があるので基本的には小舟が通らない。ミー都の秘密を覗き見るように、ビレステはじっとそこから見える僅かな街並みを眺めた。
*
そんな二人をヘルモドは建物の陰から見ていた。なにかを映している瞳の色は、夜の闇に染まってしまっていて分からない。
ふいにヘルモドの姿が消える。
向かった先は地下組織のアジトだった。武器屋の裏口を叩き、それから地下へ通じる秘密の扉をくぐる。
「ヘルモド」
地下組織を束ねる男、マガルムだ。髭面で、狼のように狡猾だった。
「今度、S級冒険者が来るらしい。たまたま近くにいたところをギルドマスター同士の伝手で呼んだそうだ。十中八九、式の護衛だろうな。」
マガルムはヘルモドの情報を味わうように、じっと黙る。それからワインをがぶりと飲んだ。
「……これからヴァベックが合流してくる。あいつにやらせる。お前はその補佐に入れ」
「盗賊団ごときにやれるのか。相手はS級だぞ?」
「構わねぇよ。死んだら分け前は減るし、殺したら上々だ。うまく潰し合ってくれたらいいんだけどよお」
「俺は派手な動きは出来ない。せいぜい情報を横流しするくらいだ」
「それでいい。お前は切り札だからな」
切り札か。マガルムの傍にあったワインを飲む。ミーミルの屋敷にあるのは上等なものばかりなので、それと比べたら酷い味だった。苦みばかりで、その中から僅かな旨味を探す作業を舌が必要だ。雨に濡れた花のような香りが、微かに嗅げる。
でもこれが俺たちのワインの味だ。




