第87話 家宝の杖と畑のトマト
アールたち三人はミー都の街をぶらぶらと歩いていた。マグルとやった依頼(緊急依頼だから報酬もいい!)のお陰でお小遣いが入ったビレステは、屋台で蒸しものを買っていた。小麦粉の生地を薄く延ばし、中に卵と砂糖で作った甘いものを包んだお菓子だ。蒸してあるから、むっちり甘々で美味しかった。大きな葉っぱをくるんだ容器で渡され、親指と人差し指でつまみ、一つずつ味わって食べた。
「いいのかよ。こんなゆったりとして。奥さん待たせてるんじゃないのか?」
マグルとアールは豆入りの蒸しパンを食べている。マグルはあっという間に食べ終えて、もうないけど。
「今は魔王城へ続く道を通行する許可を申請しているところだ。焦ったところでどうにもなるまい」
許可には七人の評議員から過半数の賛成を得て、王の認可が必要になる。国王の交代式を控えている以上、議論すらされていないだろう。ミーミルはなるべく早くするよう催促すると言ってくれた。
「アール本当に大丈夫なの? アイゼさんに怒られない?」
ビレステは不安そうにアールの横顔を見上げた。真っ直ぐに道を見る顔からは感情が読み取れない。
「心配する必要はない。アイゼが本当にそう思っているなら、今頃はここまで来ている」
「アイゼさんってそんなにフットワーク軽いのか」
マグルが驚いた声を出した。
「そうは見えないけど……、神樹の研究でラザニ村へ引っ越すくらいだもんね。じゃあ旅が終われば、三人で謝ろ」
「え、それ俺も入ってんの?」
アールとビレステが振りむく。当然の疑問だったが、無言の圧力でその抗議はなかったことにされた。
「それにしても、魔王城か。申請が通ったらポ帝都に居た時はそこでお別れだったけど、まさか俺も行くとは思わなかったなぁ。そういえば、ラザニ村で魔王の幹部の魔法の跡を見たぜ」
「ほう?」
「それがすげぇ魔法でさ。地面にでかい穴が出来てんだ。あんなの喰らったらどんな魔王使いだって耐えられないぜ。きっと帝国軍もそれにやられたんだな」
「そんな凄い魔法あるんだ。魔王城行くの怖いかも」
「俺たちが行く頃には勇者が倒してるだろ」
ビレステはちょこんと頷く。なんとも暢気な言葉で慰めにはならない。顔がパッと上がった。
「でもさでもさ。アールの魔法の方が凄いよね」
「お前たちは忘れているかもしれないが。私はただの研究者だ。そこらへんの戦闘狂と一緒にするな」
「普通の研究者はポ帝都の結界を貫通して。城を半壊させたりはしないって」
「そう言えばあの時の魔法、あたしが子供の頃に見たことあるんだよね。あれってばアールの魔法だったの?」
「いつの話をしているのか知らないが」
「森の方だったよ」
「森の方? ビレステ、それって西の方か?」
マグルが聞く。
まさか俺たちが魔族の魔法だと判断したやつじゃないよな? もしそうなら北部地帯へ調査に行ったエッダたちが無駄足になる。
ん?
でも魔族の幹部がいるかもって調査なら当たってるよな。現に魔王が居るんだから。あれ。そもそもの話が違うか。魔族を殺した魔法があるはずって話だったっけ。……よく分かんねぇや。どうせもうエッダたちは北部へ出ただろうし。
「西って言われても分かんないけど。子供だったし。太陽が二つあったのは覚えてる。あれをボラさんに話したのが、アールがラザニ村で魔法を教えるようになった切っ掛けなんだよね」
西の森での魔法跡を作ったのが人なら、そいつは人間じゃねぇっ、てエルフか。マグルは脳内で自分にツッコむ
「ポ帝都でやった魔法もそうだけど、マジでその可能性あるよなぁ。まああいいや。それより今ってどこ向かってんだ?」
「朝にも話しただろう。ビレステの杖に付ける魔石を選ぶ」
魔石には属性があり、杖に付けて触媒にすることでその属性の魔法の補助になる。アールの棒切れみたいな杖には魔石が付いていないが、そもそも魔力が不足した試しがないので付ける意味もない。
「魔石ねぇ。俺の剣にも付いてるぜ」
「え? そうなの? どこ」
「小さいけど。柄に黄色い魔石があるんだ。風属性の魔石だ。要所で大剣を軽くしてる」
どこで買ったのかは知らないが、風の魔石はここら辺では珍しい。大陸から離れた白舞か、その近郊の港なら話は別だが。
「あたしも探すのは風の魔石だけど、もしかして杖で空飛べたりするかな」
「いけんじゃね? なにそれ面白そうだな。つうことは俺も大剣に乗って飛べたりして」
「無理だろう。巨大な魔石ならあるいはあり得るだろうが、そんなものは買えない」
「そっか。だよねぇ。ミーミルさんの杖にある魔石は凄かったね。青色だったから水属性かな。杖も水色で綺麗だったし」
「あれは家宝の杖だな。ミーミルが十六歳になった時に賜ったようだ」
「家宝。やっぱりお金持ちの人ってすごいね」
「ほんとな。うちで家宝なんて言ったら、畑のトマトくらいだぜ」
「そこの店に入ってみるか。風属性の魔石があればいいが」
ギルド直営の店だった。冒険者から納品された質の高い魔石も売られているが、ギルドが品質を証明している以上安くはなかった。
*
水路から地下へ入ったところにあるアジトだ。ミー都の端にある。ミー都の外側から入れば濡れずに済む。鉄格子が一部破れていて、ここから水はまた元の川へと還っていく。中は昔に水路を整備した職人が使っていたところだ。浮浪者のたまり場にもなっていたが追い出した。
ヴァベックは金の杯で酒を飲んでいた。調和のない悪趣味なその輝きに、ヘルモドは言葉にしないまでも馬鹿にした。こいつは典型的な盗賊だ。後先考えずに、その場で動く。悪知恵が働くから、今日まで生きてきたのだろう。マガルムが捨て駒としてぶつけようとするのも分かる気がした。
「相手はS級冒険者だぞ。やれるか?」
頭の上でメデューサみたいに結んだ髪が揺れる。奥には首輪をつけた女が見える。半裸だった。
「分け前はたんまり貰えるんだろうな?」
にやつくと、いかにも強欲そうな太い歯が剥き出しになる。
「お前らが代わりに国王を襲撃してもいいぞ? 俺が位置を捕捉してる。きっちり“怪傑”オーズとぶつからせてやるよ」
「待て待て。そんなのはやんねぇよ。これはお前らの計画だろうが」
俺たちの計画か――。
違う。地下組織の裏に居るのはもっと、とんでもなく大きいものだ。地下組織の長であるマガルムが時おり見せる態度から、ヘルモドはそう推測してる。
「とにかくお前らは新しく来るやつの相手をすればいい」
「新規参入同士で潰し合って、邪魔をするなってか。冒険者の名前は? “戦乙女”じゃねぇだろ。あいつは僻地に行ってるって聞いたぜ」
「“灰返り”アシュトラというラディッキ王国の冒険者だ。近くに居たらしい」
「へぇ」
「資料は用意した」
どうやってマガルムがこれを用意したのかは知らない。
「助かるぜ。やっぱりよぉ。どんな人間でも弱みってのはあるんだ。金持ちなら権力。男なら女。金持ちなら商売。そこを突けばどんな奴だって意のままだ」
壁に立つ手下たちが品定めするような視線を送ってくる。シィラの方で活動していて、拠点を壊滅させられてこっちに逃げたと聞いたが、予想していたより人数は残っていた。
「抜かりなくやれよ」
「おい、一緒に居る猫の亜人ってのはなんだ。強いのか?」
「俺は知らない。最近の情報だろ」
後は勝手にやるよな。補佐しろとは言われたが、ヘルモドは一目見てヴァベックが嫌いだった。
「プリーニってのを脅せば使えそうだな」
呟くには大きい声でヴァベックが言う。手下が集まってきて、作戦会議に入った。ヘルモドはもうその場から消えていた。




