第85話 よくやったわ
拠点から川までのようやく二人が通れる小さな道を歩いていくと、その真ん中で不自然に芽が土から伸びていた。まるで今さっき埋めたように土の色が違う。
エリーがヘルモドに横目で鋭い視線をくれる。
自然にやれと言われていたのだろう。ヘルモドはグッと片目でウィンクして返した。
ビレステがちらと地面に目をやる。踏まないように歩幅を変えた。
マグルは冒険者としての習慣か、周囲を絶えず窺っている。芽の上を当たり前のように通り過ぎた。
「ゴ、ゴホン」
エリーが咳払いした。ミーミルは二人の様子で、とっくに気付いている。
「ビレステ様、転ばないよう足元にお気を付けくださいませ」
「はーい」
「へへ。冒険者っつうのはいつ魔物に襲われてもいいように気を張るんだぜ」
マグルの呑気な言葉に、エリーは言葉出てこない。
たったいま足元に魔物がいたら、やられていたな。
「あー、マグル。探してる半夏ってどんなのだ?」
ヘルモドが立ち止まって聞く。二人も立ち止まり、ヘルモドの埋めた半夏越しに振り返った。
「俺も直接見たことないんだけど、芋みたいなやつだよ。じゃが芋は黄色いだろ? 半夏は白くて丸っこいらしい」
「でも土の下に埋まってるんだよな?」
「そりゃまあ芋だからな」
何言ってんだこいつ。みたいな顔をマグルがする。
「芋ならあたしは探せるよ。例えばこういうのとかさ」
ビレステがエリーの足元を指す。
おお。とヘルモドとエリーが息を飲む。
「ね?」
「ねってじゃあ、……掘っとくか?」
ヘルモドが言ってやる。
「でもこれ、じゃが芋じゃないよ。じゃが芋はね、葉がもっと広がるの」
「へぇ。よく知ってんな。帝国で見たのか?」
へぇ。じゃないぞマグル。いつまでここに居させるつもりだ。さっさと帰って土汚れを落とし、ゆっくり茶を飲みたいというのに。
「お前たちが探してるのはじゃが芋じゃなくて半夏だろう。さっさと掘れ。ギルドで聞けばいい」
「そっか別に間違ってもいいもんね」
「いや間違ったら恥かくしな」
まごつく二人をよそに、半夏を引っこ抜く。
心なしか、乱暴な手つきだった。引っこ抜いたのはアールでもヘルモドでもなく、エリーだった。
「遅れながら思い出しました。以前に見たことがあります。確かにこのような芽だったかと」
とぼけた調子でエリーが言った。目は伏せているから、表情はない。
「すげぇ。エリーさんよく知ってんなぁ。どれどれ、ちょっと確かめる。半夏も絵を描いて貰ったんだ」
貰った半夏と懐からだ出した紙とを見比べる。
「あたし疲れちゃった。ちょっと座って休も」
「奥様、先に小船に乗り込みましょう」
エリーに連れられ、ミーミル夫妻が先に船へ行く。アールもそれについて行こうとして、二人に呼び止められた。
「……」
「うぅん。これっぽいな」
「いいから早くしろ」
「ビレステも見てみろよ、――ってどこ座ってんだそれ」
「ん?」
ビレステはその焦げ茶色の髪を指と爪でしつこく梳き、それから目を上にして、前髪を指で撫でる。膝を合わせ内股になった尻の下にあるのが茯苓だった。
人間ほどの太さの幹から、同じくらいの幅のキノコが水平に伸びている。思わず座る気持ちも理解できるほど、ちょうどよい高さと大きさだった。小舟でそれを見たエリーが眉毛をほんの少し反応させた。その通り、偶然というにも出来過ぎている。
「そんで材料が揃ったからすぐに持っていけって横暴じゃないか?」
後日、マグルが冒険者ギルドへビレステと向かったのは数分前だ。提出して金を貰って終わりのはずだった。
「でも報酬が高いんでしょ」
「だからそれは緊急依頼だからだって。普通はこんなことしねぇんだよ」
「でも普通じゃないから緊急依頼なんじゃないの?」
「そうか。……そうか?」
まあいいや。金貰えるんならなんでも。そう呟いたマグルたちは一旦屋敷へ戻る。
冒険者ギルドで聞いた届け先は城の中で、城内は不案内だからミーミルに付いてきて貰おうとした。しかし居なかった。代わりに散歩しようとしていたアールが付いて来た。三人で城へ向かう。
「えーと。エイルさんだってよ」
「王妃の名前に似てるね」
マグルが頷く。
「マグル、届け先は合ってるんだろうな」
「合ってるよ。俺たち確認したんだぜ? 城にエイルさんは一人しかいないって言われたよ」
「……」
ではその王妃じゃないか。アールは思う。
衛兵に聞くと怪しまれたが、マグルが依頼書を見せると通してくれた。後ろから鎧をガシャガシャと鳴らして付いて来る。
「ここか」
拭き通しになった廊下の左側に、城の三階とは思えないほど綺麗な庭園があった。小道が円を描くように二つ走る。幼子が駆けっこするように、二つの道は交差したり離れたりした。庭の中心には小さな東屋が設えたあり、いまは城の上部で作られた影の中に埋もれていた。
「そこで止まれ」
衛兵がドアを開けた。分厚いドアの先に小部屋があり、またドアがあった。小部屋には大きなテーブルがあってそこに、マグルが大剣を預ける。マジックバックに隠していたら意味はないから、儀礼的な意味なのだろう。
奥のドアが開いた。顔を覗かせた人物に三人が驚く。
「何やってんだお前ら」
ヘルモドだった。
「何やってんだはお前だろ」
「朝にも言ったろ。俺は旦那の護衛に行くって」
「旦那が誰かも知らねぇよ」
「次期国王のオーズだよ。んでここはその妻、エイル様の部屋。爺さんより護衛を優先するんだぞ。それ以上に地位が高い人間なんてそういないだろ?」
「ヘルモド。知り合いなの?」
ドアの向こうから声がする。次期王妃のエイルだった。ヘルモドがドアノブに手を掛けたまま振り返る。何事か喋ってから、来い、と手で呼んだ。衛兵は自分たちの配置に戻っていく。
「依頼の品を届けに来ました」
中は応接室みたいになっている。貝殻みたいな大きな一人掛けのソファにエイルは居る。真っ白な肌に、金色の髪をクルクルと巻いていた。傍にはメイドが二人。奥にも一人いて、続き部屋にも人の気配がする。
横を向くと大きな掃き出し窓があり、そこから先ほど見た庭へ出られるようになっていた。部屋は調度品や絵画が上手く配置されていたが、アールには庭の方が価値のあるものに見える。さっきは見えなかったが。庭師の男が窓の縁に座って作業していた。
マグルがマジックバックを持ち上げる。メイドが受け取ったそれを、エイルは一瞥しただけだ。
マグルもビレステも緊張しているようだった。王妃と言っても、長くて三十年かそこらで交代するというのに。
「お早いのね。報酬を持ってきてくださる?」
メイドがかしこまる。エイルは尊大な態度だったが、そういう身分なのだから仕方ない。
「どうぞお座り下さい」
もう一人のメイドが言った。
「つうかエイル様の依頼をやってたなんて言えよ」
ヘルモドは立ったままだ。
「だってよくある名前だろ? それに誰が王妃が依頼出すと思うんだよ。ヘルモドに言いつければ済む話だろ?」
エイルは口を隠すようにして持っていた扇子を右手から左手に持ち変えた。扇子は絹と七つの色をした鳥の羽があしらわれている。諸国連合の元になった七つの国をモチーフにしてあるのだろう。
「この話はもういいでしょう。さ、出て行きなさい。お前もよ」
ヘルモドと四人で部屋を出る。
揃って屋敷に戻ると、アールに珍客が来ていた。その珍客は屋敷の屋上から四人が帰ってくるのを見下ろし、それからアールの部屋の窓辺へ降り立つ。
「あれなんか鳥がいるぞ」
ヘルモドが攻撃しようとして、手で止める。
「私の鳥だ」
「ええ! ラザニ村から来たってこと?!」
あんなに小っちゃいんだよ!? と大袈裟にビレステが驚く。
チイサメフクロウと呼ばれる特殊な鳥で、アールの魔力を追いかけてきたらしい。
「窓開けて欲しそうにしてぜ」
四人がアールの部屋に入る。ミーミルは帰ってきていて、バタバタと埃を立てる四人を、何事かと横目で窺った。小さなクッキーを上品に齧った奥方が「元気ねぇ」と笑う。
ビレステが窓を開けると、パタッと小さく翼を打ち、文机の上に移動した。論文が踏まれないよう、アールは慌てて紙をまとめる。
首元になにか括り付けられていた。
「これ手紙じゃない? 可愛いなぁ。あたしも鳥飼おうかな。ほら、取ってあげるから動かないの」
ビレステが手を伸ばすと、チイサメフクロウは後ろへ右へとちょこちょこ動く。
それから意を決したように止まった。
「俺が取るか?」
マグルが言うが、ビレステが拒否する。その通りにしておけばよかった。
嘴が親指の付け根を思い切り挟む。
「はいはい、ってイターーッ!」
慌ててマグルがチイサメフクロウを持ち上げた。
噛んだ! こいつ噛んだよ。今夜の夕食にしてやるっ。
「優しくしないからだろ。ほら、取れた」
マグルが手紙を取って、アールに渡す。不満そうにビレステはそれを見て、それからチイサメフクロウを睨んだ。フクロウは申し訳なさそうに、なのか首を体に埋めている。




