第84話 弟子の魔法
グリーンドラゴンが隠れていた木の間に顔を突っ込む。二本の木が真ん中から斜めに裂け、葉の重みで横倒しになる。マグルの手は反応していて既に大剣を構えていた。
威圧感は凄いけど、アシュトラほどじゃない。あの肌がピリピリと粟立つような圧力の方がきつい。こっちは恐怖だけだ。恐怖は前へ足を進めれば薄れていく。
だからダッシュするとほとんど感じなくなった。
背中にビレステが居ることも意識する。戦い慣れてないから、あっちに行かないようにしないと。突発的な戦闘でもマグルの頭は必要なことを考えられた。
そんなマグルに遅れること数秒。大剣が翼を裂いたところでようやくビレステは動き始めた。マジックバックから取り出した杖を握る。
木の節がちょうど指に当たった。武器を持つと安心する。
【ウィンドバレット】
風弾が首の当たりに当たる。鱗があるからか、効いている感じはしなかった。アールの教えが正しければ土属性のグリーンドラゴンには風属性は効くはずだ。
大丈夫、息を吐いて、もう一度。
頭の中で急速に術式が魔法陣に刻まれていく。詠唱しているとそれに心が奪われるからか、緊張とか不安は脇に押しやられる。
【ウィンドバレット】
今度はマグルの頭から二十センチくらい離れた翼部分に当たる。怯むような喉の唸り。
「やった!」
「やったじゃねぇ死ぬとこだぞ! 撃つ時は合図くれっ」
なによ褒めてくれたっていいじゃない。
でも、もっと威力がないと。
マグルはドラゴンの爪をかいくぐり、それから飛んだ。びっくりするくらいの高さまでジャンプして、落ちる力でグリーンドラゴンの頭を斬る。それが分かるのか、首をよけ、着地点に向かって足を下ろす。危ない。
着地と同時に転がる。突然、グリーンドラゴンが逃げるように背を向けた。尻尾。マグルは大剣の影に隠れ、横から来る衝撃に耐えていた。よろめきながらも立ち上がり、尻から登る。
上から刺した。傷口から血が跳ね、マグルの頬につく。たまらずに羽ばたいた。
「魔法するよ!」
足で蹴るようにして剣を引き抜き、マグルがグリーンドラゴンの背中から転がる。
背中に回したベルトがもぞりと蠢いた。そんな気がした。罪悪感はもう覚えない。
風魔法の時とは違う、なにかが心臓の内側から湧く。
ここら辺かな。
【魔弾】
衝撃で髪が後ろへブワッと広がる。無属性の魔力の弾がグリーンドラゴンの喉に直撃した。白い骨がひしゃげ、コップから溢れるように血が流れる。
「よかった。当たった」
胸を狙ったけど、当ったからいいでしょ。
時が止まったみたいにグリーンドラゴンの動きが静止した。
「すげぇなビレステ」
口笛を吹いたマグルが振り返る。ビレステは喉から悲鳴を出した。
「マグルッ!」
遅い。大きく振り上げた足が落ちてくる。振り向きながら大剣を横にして、受けたのは素晴らしい反射だった。
うおおおおお
予期せぬ攻撃に、マグルの身体はもう崩れている。腰が折れ、片膝を突く。足に着いた爪がマグルの肩を引っ掻いた。
魔弾は正確に狙えない。魔法を。詠唱しないと。早く。
どこを狙えばいいの。攻撃してる腕? それとも頭?
早く動きを止めないと。首を大怪我してるのにどうしてそんなに力があるのよ。
背中で踏ん張るマグルはいよいよ限界だ。手応えを感じたのか、グリーンドラゴンは咆哮を血と一緒に吐いた。
首をもう一度狙おう。そんな時だった。
水玉が、ビレステの両脇を抜けていく。太った人のお腹くらいの大きさだった。それが四つ、グリーンドラゴンの方へ。
高いところから前後に一つずつ、低いところは左右に一つずつ水玉がピタリと配置される。
水玉はぐにょりと姿を変え、槍となってグリーンドラゴンを貫いた。絶命の叫びがこだまする。グリーンドラゴンの緑色の瞳が色を失い、ぐるんと上を向く。足の下からマグルが四本足で這い出た。
後ろを見るとヘルモドに背負われたミーミルさんと、その後方にアールが見えた。ミーミルさんが杖を構えている。水色のステッキみたいで、先端に巨大な魔石が付いていた。魔石を守るように、鳥籠みたいな網目状の鉄が覆っている。
「ふいいいい。潰されるとこだった」
マグルがひっくり返り、土で汚れるのも気にせず地面で大の字になる。
ビレステは汗で顔に張り付いた髪を払い、落ちた大剣を拾う。先っちょがグリーンドラゴンの手の下にあって、大剣自体も重い。
「よいしょ。よいしょお。あ」
引き抜いた拍子に後ろへ倒れそうになる。どすんと、後頭部が何かにぶつかった。マグルの胸板だ。
「――あ?」顎を上げる。自分の前髪越しに笑った太陽みたいな、満面の笑みがあった。「落ちたトマトみたいに潰れちゃうとこだったね」
「縁起でもないこと言うなよ」
大剣を背中にしまった。
「拾ってくれてありがとよ。そしてこれで、」
「「グリーンドラゴン討伐成功」」
イェイ。手を合わせると喜びが心の内で小さく炸裂した。
「私にはミーミルが倒したように見えたが」
歩いて追いついたアールが言ったが当のミーミルは賛同しなかった。
「いえ、死んでましたな。まあ手を貸さなかったらそこの平民が怪我をしたでしょうが」
最後に油断があったマグルは言い返せない。
「ぐぐぐ。まだ平民呼びかよ」
「俺は認めてるぜ。ドラゴン相手に一人で突っ込むとかイカしてるより、イカレてるな」
仲良しみたいにヘルモドがマグルの肩を組む。
「嬉しかねぇよ」とマグルが言った。嬉しそうだ。
ビレステとマグルがその場で解体しようとしたが、ミーミルがグリーンドラゴンを入れるほどのマジックバックを持っていた。あとは冒険者ギルドへ持っていけばいい。
マジックバックへしまう間、アールは周囲を眺めた。
懐かしい想いがする沼の気配だが、特段今思い出すべき記憶もない。アールの長いエルフ生において人は流星のように煌めき、そして彼方へ消える。追いかけようにも、彼らは早過ぎるのだ。
処理が済むとそのまま拠点へとんぼ返りする。
歩きながらグリーンドラゴンとの戦闘の顛末をビレステは興奮したように話した。手筈通り、戦闘する前にアールたちへ連絡しなかったのを叱責するべきだった。しなかったのは実際に倒せたからと、ドラゴンを前にして恐怖に竦むこともなかったからだ。驚くべき速さで成長していた。
「あとは『半夏』と『茯苓』か」
「取り敢えず帰って祝杯にしようぜ」
ヘルモドが言うとミーミルが呆れる。
「お前はいつもしておろうが」
「何回やったっていいんだ」
「用もないのに城の奥に通いおって、リョザルファ殿やエイル王妃に失礼はしてないだろうな」
「おいおい爺さん。俺がする訳ないだろ? それにまだ式も終わってないのに気が早いぜ」
「……」
黙ったミーミルの代わりに応えてやる。
「するようにしか見えんが」
「またまた。アールヴァク殿は冗談がきついぜ。なあ。――マグル?」
「エイル王妃? いや、まさかな」
「どうした?」
「ん? ああ。城で騒ぐなよヘルモド。賊と間違えられて殺されるぞ」
拠点に戻る。アールは茶でも飲みたいところだったが、奥方はもう帰る準備を終えていた。エリーも茶器のセットを綺麗に片付けている。
「――」
ため息で察したのか、エリーがさっと寄ってきた。みんなに見えないようにして何かを持っている。
「差し出がましいですが、これを用意しました。いかがなさいますか」
茶か。
さすがよく出来てると思ったアールが視線を落とすと、情けないじゃが芋みたいな白い芋があった。緑色の芽が伸び、根の髭には土が付いていない。拳大の大きさの『半夏』だった。事前に調達してくれたらしい。言葉の間に、ため息が混じる。
「通り道に埋めてやれ。気付かなかったら仕方ない」
エリーがヘルモドに耳打ちする。彼はさっと姿を消して、すぐに戻ってきた。
「では小舟に戻るか。宜しいですかアールヴァク殿?」
結局ミーミルがフォローしたのだから、私がこんなところまで付いていく意味はなかったらしい。
「――うむ」
しかしミーミルの魔法には驚いた。
あれだけ早い展開に比して、不自然なほど複雑な魔法だった。一瞬だけ見えた魔法陣の術式も、どこか違和感を覚える。
新しい魔法の運用を見つけたのだろうが、まだ一言もそんな話を聞いていない。
「どうされましたか?」
悪戯が見付かってなお、ふてぶてしい悪ガキみたいな表情をミーミルがする。
とぼけているな小僧め。いや、もう老人か。




