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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮
六章 ②

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第84話 弟子の魔法

 グリーンドラゴンが隠れていた木の間に顔を突っ込む。二本の木が真ん中から斜めに裂け、葉の重みで横倒しになる。マグルの手は反応していて既に大剣を構えていた。


 威圧感は凄いけど、アシュトラほどじゃない。あの肌がピリピリと粟立つような圧力の方がきつい。こっちは恐怖だけだ。恐怖は前へ足を進めれば薄れていく。

 だからダッシュするとほとんど感じなくなった。

 背中にビレステが居ることも意識する。戦い慣れてないから、あっちに行かないようにしないと。突発的な戦闘でもマグルの頭は必要なことを考えられた。




 そんなマグルに遅れること数秒。大剣が翼を裂いたところでようやくビレステは動き始めた。マジックバックから取り出した杖を握る。

 木の節がちょうど指に当たった。武器を持つと安心する。


【ウィンドバレット】


 風弾が首の当たりに当たる。鱗があるからか、効いている感じはしなかった。アールの教えが正しければ土属性のグリーンドラゴンには風属性は効くはずだ。

 大丈夫、息を吐いて、もう一度。

 頭の中で急速に術式が魔法陣に刻まれていく。詠唱しているとそれに心が奪われるからか、緊張とか不安は脇に押しやられる。


【ウィンドバレット】


 今度はマグルの頭から二十センチくらい離れた翼部分に当たる。怯むような喉の唸り。


「や(・)っ(・)た(・)!」


「やったじゃねぇ死ぬとこだぞ! 撃つ時は合図くれっ」


 なによ褒めてくれたっていいじゃない。

 でも、もっと威力がないと。


 マグルはドラゴンの爪をかいくぐり、それから飛んだ。びっくりするくらいの高さまでジャンプして、落ちる力でグリーンドラゴンの頭を斬る。それが分かるのか、首をよけ、着地点に向かって足を下ろす。危ない。

 着地と同時に転がる。突然、グリーンドラゴンが逃げるように背を向けた。尻尾。マグルは大剣の影に隠れ、横から来る衝撃に耐えていた。よろめきながらも立ち上がり、尻から登る。


 上から刺した。傷口から血が跳ね、マグルの頬につく。たまらずに羽ばたいた。


「魔法するよ!」


 足で蹴るようにして剣を引き抜き、マグルがグリーンドラゴンの背中から転がる。


 背中に回したベ(・)ル(・)ト(・)がもぞりと蠢いた。そんな気がした。罪悪感はもう覚えない。

 風魔法の時とは違う、なにかが心臓の内側から湧く。

 ここら辺かな。


【魔弾】


 衝撃で髪が後ろへブワッと広がる。無属性の魔力の弾がグリーンドラゴンの喉に直撃した。白い骨がひしゃげ、コップから溢れるように血が流れる。


「よかった。当たった」


 胸を狙ったけど、当ったからいいでしょ。

 時が止まったみたいにグリーンドラゴンの動きが静止した。


「すげぇなビレステ」


 口笛を吹いたマグルが振り返る。ビレステは喉から悲鳴を出した。


「マグルッ!」


 遅(・)い(・)。大きく振り上げた足が落ちてくる。振り向きながら大剣を横にして、受けたのは素晴らしい反射だった。


 うおおおおお

 予期せぬ攻撃に、マグルの身体はもう崩れている。腰が折れ、片膝を突く。足に着いた爪がマグルの肩を引っ掻いた。

 魔弾は正確に狙えない。魔法を。詠唱しないと。早く。

 どこを狙えばいいの。攻撃してる腕? それとも頭?

 早く動きを止めないと。首を大怪我してるのにどうしてそんなに力があるのよ。


 背中で踏ん張るマグルはいよいよ限界だ。手応えを感じたのか、グリーンドラゴンは咆哮を血と一緒に吐いた。

 首をもう一度狙おう。そんな時だった。


 水玉が、ビレステの両脇を抜けていく。太った人のお腹くらいの大きさだった。それが四つ、グリーンドラゴンの方へ。

 高いところから前後に一つずつ、低いところは左右に一つずつ水玉がピタリと配置される。

 水玉はぐにょりと姿を変え、槍となってグリーンドラゴンを貫いた。絶命の叫びがこだまする。グリーンドラゴンの緑色の瞳が色を失い、ぐるんと上を向く。足の下からマグルが四本足で這い出た。


 後ろを見るとヘルモドに背負われたミーミルさんと、その後方にアールが見えた。ミーミルさんが杖を構えている。水色のステッキみたいで、先端に巨大な魔石が付いていた。魔石を守るように、鳥籠みたいな網目状の鉄が覆っている。


「ふいいいい。潰されるとこだった」


 マグルがひっくり返り、土で汚れるのも気にせず地面で大の字になる。

 ビレステは汗で顔に張り付いた髪を払い、落ちた大剣を拾う。先っちょがグリーンドラゴンの手の下にあって、大剣自体も重い。


「よいしょ。よいしょお。あ」


 引き抜いた拍子に後ろへ倒れそうになる。どすんと、後頭部が何かにぶつかった。マグルの胸板だ。


「――あ?」顎を上げる。自分の前髪越しに笑った太陽みたいな、満面の笑みがあった。「落ちたトマトみたいに潰れちゃうとこだったね」


「縁起でもないこと言うなよ」


 大剣を背中にしまった。


「拾ってくれてありがとよ。そしてこれで、」


「「グリーンドラゴン討伐成功」」


 イェイ。手を合わせると喜びが心の内で小さく炸裂した。


「私にはミーミルが倒したように見えたが」


 歩いて追いついたアールが言ったが当のミーミルは賛同しなかった。


「いえ、死んでましたな。まあ手を貸さなかったらそこの平民が怪我をしたでしょうが」


 最後に油断があったマグルは言い返せない。


「ぐぐぐ。まだ平民呼びかよ」


「俺は認めてるぜ。ドラゴン相手に一人で突っ込むとかイカしてるより、イカレてるな」


 仲良しみたいにヘルモドがマグルの肩を組む。

「嬉しかねぇよ」とマグルが言った。嬉しそうだ。




 ビレステとマグルがその場で解体しようとしたが、ミーミルがグリーンドラゴンを入れるほどのマジックバックを持っていた。あとは冒険者ギルドへ持っていけばいい。

 マジックバックへしまう間、アールは周囲を眺めた。

 懐かしい想いがする沼の気配だが、特段今思い出すべき記憶もない。アールの長いエルフ生において人は流星のように煌めき、そして彼方へ消える。追いかけようにも、彼らは早過ぎるのだ。


 処理が済むとそのまま拠点へとんぼ返りする。


 歩きながらグリーンドラゴンとの戦闘の顛末をビレステは興奮したように話した。手筈通り、戦闘する前にアールたちへ連絡しなかったのを叱責するべきだった。しなかったのは実際に倒せたからと、ドラゴンを前にして恐怖に竦むこともなかったからだ。驚くべき速さで成長していた。


「あとは『半夏(ハンゲ)』と『茯苓(ブクリョウ)』か」


「取り敢えず帰って祝杯にしようぜ」


 ヘルモドが言うとミーミルが呆れる。


「お前はいつもしておろうが」


「何回やったっていいんだ」


「用もないのに城の奥に通いおって、リョザルファ殿やエイル王妃に失礼はしてないだろうな」


「おいおい爺さん。俺がする訳ないだろ? それにまだ式も終わってないのに気が早いぜ」


「……」


 黙ったミーミルの代わりに応えてやる。


「するようにしか見えんが」


「またまた。アールヴァク殿は冗談がきついぜ。なあ。――マグル?」


「エイル王妃? いや、まさかな」


「どうした?」


「ん? ああ。城で騒ぐなよヘルモド。賊と間違えられて殺されるぞ」


 拠点に戻る。アールは茶でも飲みたいところだったが、奥方はもう帰る準備を終えていた。エリーも茶器のセットを綺麗に片付けている。


「――」


 ため息で察したのか、エリーがさっと寄ってきた。みんなに見えないようにして何かを持っている。


「差し出がましいですが、これを用意しました。いかがなさいますか」


 茶か。

 さすがよく出来てると思ったアールが視線を落とすと、情けないじゃが芋みたいな白い芋があった。緑色の芽が伸び、根の髭には土が付いていない。拳大の大きさの『半夏』だった。事前に調達してくれたらしい。言葉の間に、ため息が混じる。


「通り道に埋めてやれ。気付かなかったら仕方ない」


 エリーがヘルモドに耳打ちする。彼はさっと姿を消して、すぐに戻ってきた。


「では小舟に戻るか。宜しいですかアールヴァク殿?」


 結局ミーミルがフォローしたのだから、私がこんなところまで付いていく意味はなかったらしい。


「――うむ」


 しかしミーミルの魔法には驚いた。

 あれだけ早い展開に比して、不自然なほど複雑な魔法だった。一瞬だけ見えた魔法陣の術式も、どこか違和感を覚える。

 新しい魔法の運用を見つけたのだろうが、まだ一言もそんな話を聞いていない。


「ど(・)う(・)さ(・)れ(・)ま(・)し(・)た(・)か(・)?」


 悪戯が見付かってなお、ふてぶてしい悪ガキみたいな表情をミーミルがする。

 とぼけているな小僧め。いや、もう老人か。

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