第83話 シメりゃいいんだよ
「なんでこんな大勢になってんだ?」
「分かんないけど。楽しいからいいじゃん」
マグルとビレステが小舟の先頭に座っている。まずはグリーンドラゴンの腰骨から狙っていた。生息地は知られているが、頭数は多くない。
後ろを見ると、多くの人がいた。アールは勿論のこと。ミーミル夫妻も来た。ミーミルたちが来ると使用人も付いて来ることになり、ついでに護衛のヘルモドもくる。
様相は沼地の調査みたいだ。
「ここらで飛んでいるのをわしも見た」
彼らが拠点を設営するのを見て、なんか違うんだよなとマグルが首の裏を掻く。奥方なんて紅茶淹れてるし。つうかあの椅子とティーテーブル、どこから捻り出てきたんだよ。
「あらエリー。場所が変わるとまたお茶も美味しいわね」
「はい奥様」
アールもお茶を貰った。ミーミルの屋敷で話したエリーというメイドは、最初はただの有能なメイドだった。今は少し印象が違う。
高級メイドの家系であるエリーの母親は、王女の専属メイドをしていたらしい。専属メイドは王女を守る最後の護衛でもあった。娘の彼女も母親から教育を受けている。その王女が亡くなり、色々あって今はミーミルの家でメイドをしている。
これ以上は危険なのでミーミルの妻と使用人は拠点において探索を始める。
「こっちっぽいな」
恐るべきはマグルの勘だ。当てずっぽうで進み、グリーンドラゴンのねぐらを突き止めた。
アールとミーミル、ヘルモドが後ろで驚くのも無理はない。もちろん、マグルなりに、野性の生き物が逃げた方向や、風向き、ねぐらにするならどこかを鑑みていた。ラディッキ王国でパーティを組んだ女スカウト、シブの入れ知恵だった。
「どうするつもりだ。ドラゴンの鱗は堅い。並大抵の攻撃は通らないぞ」
「翼と、顎の下を攻撃してみる。それとビレステの【魔弾】で口を攻撃する。ブレスで攻撃されたらたまったもんじゃない」
「まあやってみろ」
「平民の割には悪くない」
アールとミーミルが頷く。
「レッドドラゴンを狩ったやつの話を覚えてたんだよ。まあ見てろって」
決して、レッドドラゴンを狩ったロフンに自慢されたのを羨ましがったわけじゃない。
「そうしよう。グリーンドラゴンは土魔法を使う」
「分かった。それと、……マジで危なかったら魔法よろしくお願いします」
マグルはミーミルに言った。
失礼なことだ。アールの詠唱では間に合わないと思っているらしい。
ビレステとマグルを残し、三人は設営された拠点に戻る。グリーンドラゴンが戻ってきたら仕掛ける前に呼びにくる手筈になっていた。
隣を歩くミーミルは老いているが、まだ足腰は丈夫みたいだ。土が柔らかくなっているところ避け、太い枝を軽い調子で乗り越える。
「アールヴァク殿はビレステをどう育てるおつもりで?」
どう答えればいいか分からない。弟子ならば、成長の方向性くらいは定めてやらなければならない。
「初めは無属性魔法をコントロールできるようになればいいと思っていた。だが今は得難き研究の助手にもなっている」
「無属性魔法のお陰で、魔力原論も進んでおりますからな」
先を歩くヘルモドが、横から突き出た枝を大振りのナイフで払っている。その音は静かな沼地に気持ちよく響いた。
「しかし人間の寿命は短い。いつまでも私の研究に付き合わせられない」
「わしは残る人生を捧げてもよいと思っていますが」
「お前にはお前の役目がある」
「宮廷魔法使いという肩書も、老骨には重くなってきました」
「その割には元気な。――どう扱うかというより、ビレステがどうしたいかだ。魔法具により、無属性魔法の頸木を逃れた時に聞こう」
「風属性魔法を見ました。村娘とは思えぬ確かな詠唱でした。正確で、狂いがない。わしもよく注意されましたな」
アールは薄く笑ったが、傍から見れば無表情のままだ。
「生来が素直で好奇心もある。まだまだ伸びるでしょう。国の魔法官に就くのがよろしいかと。孤児院にも金を送れるようになれば本人も喜ぶはずです」
拠点に着く。茶菓子が出ていて、奥方は沼地に咲いた赤い花を愛でていた。二人が席に着いても、奥方はまだエリーとまだ話している。
クッキーのついでのようにミーミルが言う。
「それと交代式と就任式が近く催されますが、そこを狙う不逞の輩がおるという情報があります」
「狙ってどうする。自分たちの王だろう」
「意味がないことに必死で意味を付ける連中です。サガアの地下組織だとか。ただでさえ人が集まり、治安が悪くなる。まったく迷惑な。そこに流れてきた犯罪組織が合流したようで、大事になっています。警備の増強も計画していますが、そもそもが厳重警備です。これ以上警備を厳重にするのは難しいですな」
サガアはここからまた東にある、山脈と海に囲まれた都市だ。諸国連合となった七つの国の一つだった。
「リョザルファは何か言っているか?」
エリーの淹れた紅茶を飲む。帰ってくる時を見計らったのか、熱かった。
「それを聞いて、ただ頷いておいででした」
「なるほど。なにか視ているな。締め上げてなにが起こるか吐かせればいい」
国の最高機関である七人の評議員の一人だ。
アールの過激発言にミーミルが愉快そうに笑った。懐かしかったからだ。師匠は見かけによらず短気なところがある。
「無茶を言われます。それが出来る人物が居るなら、どんな組織だろうが脅威にはなりません」
違いない。
太古から生きるリョザルファは、アールが術式すら理解できない魔法を詠唱したりする。それに光のエルフと呼ばれる所以の、光を操る古代魔法を使った。
「たまにはこういうピクニックもいいですわね」
奥方がようやく席につく。歓談していると、エリーが立ち上がった。ヘルモドもそれを見て、耳を澄ませる。
「なにか聞こえるぞ。あいつら、俺たちを呼ぶ前にグリーンドラゴンに見つかったんじゃないか?」
同時に地面が小さく震え、カップの紅茶がさざ波を打った。
*
ビレステとマグルはねぐらを見張りながら隠れる場所を見つけていた。
木が密集している小さな空き地だ。ひねくれた太い木の根が陽光を浴びようと地表に半円を作っている。そこにビレステとマグルは座った。サンドイッチと、革袋には水をたっぷりと用意してある。
「どれくらい待つの?」
「来るまでだ。グリーンドラゴンのいる場所を探しに行くより楽だぜ」
「ふうん。あたしご飯食べよ。マグルは?」
横を向いた時にマグルの肩と触れた。硬い防具越しに柔らかな筋肉を感じる。着替える時に見る、筋が入ったあの大きな肩だ。鍛錬ばっかりして、どこまで大きくするつもりだろう。
肩から伝わってくる体温が夜の猫のように静かに、そして羽毛のように柔らかく触れた周囲を温めた。
「俺はまだいい」
「一緒に食べようよ」
湿った空気に沼のどんよりした匂いが折り重なる。木に生えた苔はよそ者を歓迎したりはしなかった。それでもこの小さな空間をビレステは好ましく思った。
「食べたら、動きが鈍くなる」
「ふうん? 足で食べるわけじゃないのに」
サンドイッチは新鮮なトマトと炒り卵だった。バケットにそれを挟んだ上から塩と溶かしたバターが掛けられている。外側がカリカリに焼かれたバケットは噛むザクっと楽しげな音がした。
「やっぱり貴族って凄いねぇ。サンドイッチ一つにも手間が掛けられてる。見て、この卵炒めたの、刻んだ玉ねぎが入ってるよ」
「ビレステ。死ぬかもしれないんだぞ。もう少し緊張感持てって」
棘のある声にビレステも抗議したくなる。あたしの【魔弾】が頼りのくせに。
キッと横のマグルに顔を向け、サンドイッチを持ってないほうの手で自分の膝を叩いた。その拍子にドシンと足音が鳴った。
「無属性魔法を使うのは体力がいるのよ。緊張しっぱなしだと疲れるでしょ」
「だからじっとしてろって」
「そんなこと言ったって。虫も居るし、動かないと噛まれちゃうじゃない」
ドシン。
「ドラゴンに挑むやつが虫なんか気にすんな!」
「はあああ? それは別の問題でしょ。――!」
影が差したので上を見る。森で擬態するように緑色の巨体がそこにあった。大きな瞳が二人を見下ろす。獲物と判断したのか、口を大きく開けた。木が邪魔で噛みつけない。
「あわわわわ」
慌てて二人は広い場所に出る。
「やるぞビレステ」
マグルは素早く大剣を背中から出して構える。持ち前の足で、一気に距離を詰めた。




