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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮
六章 ②

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第82話 古い薬湯と青い舌

「ではビレステ【障壁】をもう一度見せてくれ」


 ビレステと向かい合うようにミーミルが立つ。その傍らには研究員らしき人物がいた。


「お。やってるな」


「マグルだ。どこ行ってたの?」


「朝の鍛錬。俺は水を浴びてくる」


 アールはそう言って屋敷の裏へ向かった。園芸用の水を使うつもりらしい。慌てて使用人が飛んでくる。風呂場に案内されていた。

 朝食の席でマグルが言った。


「俺は冒険者ギルドへ行ってくるよ。金も稼がなきゃな」


「アールヴァク殿。路銀なら用立てますぞ」


「そこまで世話になるつもりはない」


「そうそう。それに冒険者ランクを少しでも上げておきたいんだ」


「あたしも行ってこよ」


「あら。私との約束はどこかへ旅してしまったのかしら」


「そっか。奥様とのお花の約束もあったんだ」


「依頼を受けたら準備もあるし。すぐにまた帰って来るぜ」


 朝食の席は夕食と違い慌ただしい。使用人も廊下を行ったり来たりしていた。ドアがばたんと開く。


「お、サンドイッチかぁ旨そうだなぁ。一つ貰い。爺さんが出掛ける用事がないなら、俺は旦那んとこ行ってるぜ」


 つむじ風のようにヘルモドがやってきて、それからすぐに出て行った。三人も、彼の行動には慣れた。


「ミーミル。重量を測定する魔法具はあるか。なるべく細かいのだ」


「勿論ですとも。昨夜話していた魔力原論の研究ですか」


 二人は昨日の食事の後は、談話室で酒を飲みながらしばらく話していた。


「【障壁】の重さを量る。ラディッキ王国でもやったのだが、そこの魔法具は0.1キロが最小でな」


「0.01まで量れる魔法具があります。それ以上となると難しいですな」


「ああ」


「では用意させましょう。しかし魔力に重量がありますか」


「無かったとしたら、どうやって様々な現象を起こしている」


「風はどうでしょう。風には重さがありませんが力はあります」


「良い意見だがしかし物体としてある訳ではあるまい。風は剣を止められない。剣を止めるということはそこに――」


 議論が始まり、ビレステとマグル、それに奥方は肩をすくめて、今日の天気がどうなるかを話した。




 朝食を終えると、ビレステとマグルは早速冒険者ギルドへ出向いた。


「どこも冒険者ギルドって似たような造りだよね」


 冒険者が待ち合う為のテーブルとベンチがあり、右手の壁に依頼ボードがある。正面には受付と、その奥には二階に上がる階段があった。


「初めに冒険者ギルドを作った()がそうしたらしいぜ」


「へぇ。どんな人だったの?」


「それがよく分かんねぇんだよな。なんでもこの制度を考えて、それから行方不明らしい。さすがにもう寿命で死んでるだろうけど」


 なんとなく聞いただけで、興味はなかった。マグルの話は右から左へ流しながらビレステは早速依頼ボードの前に立つ。


「どれにしようかな」


 ぽてっとした唇を尖らせ、じっと依頼ボードを見る。

 服はいつものじゃなくて、奥方から貰ったものを着ている。明らかに冒険者には見えなかった。物好きな貴族のお嬢様が、冒険者の真似事をしているところだ。


「ん、なんだこれ」


 他の依頼とは色が違う。()()()()だ。依頼主が追加の金を払う分だけ報酬が高いので、大抵は張られた瞬間に取られる。まだ午前だから残っているのか、それとも。


「薬の材料集めか?」


 呟いた言葉に、ビレステが顔を寄せる。一瞬、どこのご婦人か分からなかった。朝っぱらに心臓に悪い。


「いいじゃん。魔物倒すよりそういう方がいいよ」


「でも材料だけじゃ難易度が予想できねぇな。難しかったらビレステは足手まといだし」


 はあ?

 ビレステがマグルの肩にパンチする。


「あたし孤児院で薬草だって育ててたんだから。それに薬の材料ってことは()()()()人助けだよ」


「魔物を倒すのもちゃんと人助けだっつの」


 誰が街道の往来を守っているというのか。


「これにしよ。これ」


「いや、取り敢えずこの材料をメモって錬金術師の話を聞こう。厄介な材料があったら無理だ」


 依頼を達成できなければ評価は下がり、A級が遠のく。


「これくらい出来なかったらどの道A級冒険者になれないよっと――。これお願いしますっ」


 依頼書を掠め、マグルが止める間もなく受付へ依頼の紙を出した。

 ほらマグル、と手招きされる。

 受付の係は明らかに貴族のお嬢様と誤解していて、面倒そうな女が来たと顔を引きつらせていた。


「まあ、なんとかなるだろ」


 街中を水路が通り、朝の空気は湿気ている。それでも風がよく吹き抜けるミー都は今まで感じたことのない華やかさで、柔らかいベッドで疲れが取れたせいか心が浮付いていた。




 ミーミルの屋敷に戻りがてら、マグルとビレステは帰り道にあった道具屋に入った。昼時で、そろそろ腹が鳴りそうだ。


「なあ、この材料について教えてくれるか」


 道具屋は昔からある店らしく、時の足音が棚板の割れたヒビや壁のカビとして刻まれている。店の裏は水路に繋がっていて、そこから搬入もできるみたいだ。


「これは薬湯の材料か? ちょっと待ってろ」


 毒消しの瓶を三本買ったからか、男は気前よくそう言った。

 店の奥から道具屋の店主より一回り歳がいった男がやってきた。メモに指を当て、目を細める。


「こりゃ竜玉湯の材料か。ずいぶんと古い書き方だ」


「へぇ。よく分かんねぇけど格好いい名前だな」


()()()()()、これが必要なんです」


「なるほどなぁ。その若さで、苦労してるな……」


 男はビレステとマグルの二人を見て、しみじみとする。どこか哀愁のある目だった。店主の男が年上の男を自慢げに紹介する。


「この人は名前こそ売れていないが、錬金術と薬師としての腕はかなりのものだぞ。ふだんは隣の町にいるから、二人とも運が良かったな」


「これも何かの縁だ。詳しく教えてやろう。『半夏(ハンゲ)』はサトイモの根。大きいのが必要だが、ここら辺では採れないぞ。沼からは離れたところを探しなさい。『茯苓(ブクリョウ)』は木に生えているキノコだ。珍しいから見逃すな、絵を描いてやろう」


 さらさらと男が書いたのは、木に作られた腰掛けみたいな形のやつだ。走り書きだった。


「くっついている木の皮ごと剥がせ。マジックバックがあるなら、入れておけよ」


「クスクス。変な形」


「おいビレステ笑うなって」


「なによ。馬鹿にしてるわけじゃないから」


「せっかく書いてくれたんだぞ」


 ふん。と機嫌と顔を斜めにする。たぶん腹が減ってるんだろう。


「――それから『玉陰竜骨(ギョクインリュウコツ)』は竜の腰骨だ。グリーンドラゴンを倒せばいいんだが、これが最大の難所だな」


「討伐は得意分野だぜ。な?」


「……」


 おい。


「そうか。これをやろう。家族の為に頑張るんだぞ」


「はあ?」


 懐を探ると、ビレステに飴をくれた。ミー都で人気という雨飴(あめアメ)は、四角い透明な飴の中に、水色の細い線が幾つも入っている。涼やかな見た目で、味はブドウらしい。ビレステは噛まないよう、それを舌に乗せて舐めた。いつの間にか機嫌も元通りだ。


 ミーミルの屋敷に帰り、ビレステが奥方と花の世話をしていると悲鳴が上がった。


「エリー。ちょっと来てくださる。ビレステの舌が青いわ!」


 すぐに治療魔法使いを呼んでちょうだい! と騒ぐのを窓越しに、アールは相変わらず論文と睨めっこしている。

 ミーミルのお陰で少し未来が開けた。面白くなってきたところだが、面白いだけじゃないのが論文だ。校正に添削という、文章的な問題も直さなければならない。

 マグルがやって来た。


「アールさん。俺たちグリーンドラゴン倒しに行ってくるぜ」


「ほう」


「そんだけ。じゃ」


 邪魔しちゃ悪い、さっさと部屋を退散しようとする。


「マグルはドラゴンを討伐した経験は?」


「無いけど。まあ大丈夫だろ?」


「……私も行こう」


 グリーンドラゴンはA級冒険者のパーティでやっとのところだと聞いたことがある。高威力の【魔弾】があっても、ビレステ自身が戦闘に慣れているわけじゃない。万が一のことがあったら、これまでの旅路が水泡に帰する。

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