第81話 お食事会
ミーミルの屋敷は巨大で、正面からは白鳥が翼を広げたようだった。門から入るとまず中庭があり、芝は一定の長さで刈り込まれていた。その中庭を囲むようにコの字型の建物が両側にある。左右は二階建てで、正面が三階建てになっていた。屋根は赤茶で、白い壁と色合いがよく合っている。
入口の門から中庭を経て、正面の建物へ一本の道が通る。まっすぐではなくベーコンエピのようにジグザクとしている。ベーコンの部分には花壇があった。それぞれ違う花が植わり、歩みを進めると徐々に花は淡い色から濃くなっていく。中庭を縁取る生け垣はきっちりと角に刈られた。
窓からその景色を堪能していると、使用人がドアをノックした。目を伏せた女は有能な人間らしく、包丁で野菜を両断するようなきっぱりした口調で言う。
「ご夕食の準備が整いました」
アールは一人の部屋で、ビレステとマグルは一緒の部屋だ。平民とで分けているのだろうが、エルフも平民だ。当然ながらアールも平民だ。むしろリョザルファのようなのが稀だった。
数十年で体制が変わっていく政治は、エルフの時間間隔では馴染めない。
「二人はどうだ」
使用人の女の頭に、先ほど見た光景が思い浮かぶ。
マグルはなぜかベッドの上で逆立ちをしていて、隣のベッドからビレステがマグルの腹に目掛け、枕を投げていた。
「お部屋でゆったり過ごしておいででした」
ワハハハ。キャハハ。と笑う声が耳にこだまする。
「ふむ。疲れているのだろう」
「左様で御座いますね――」
食卓は楽に二十人は座れるだろう大きさだ。そこに奥方を合わせた五人で座っている。随分と寂しいというか、声がよく響いた。
「それでアールヴァク殿は今は何を? 風の便りではラディッキ王国で研究をされているとか」
「今は、ビレステの付き添いで魔王城まで行く道中だ」
「なにゆえか、聞かせてもらってもよいですかな。勿論、国家の密命で喋れないところもあるでしょうから」
「国家の密命でもなんでもない。ビレステは無属性魔法を使う。それで対策の魔法具を魔王城で探す」
言うなれば村のお使いだった。
「ほう。無属性魔法を。魔王の幹部は腕飾りを付けていたと聞きますが」
ミーミルがビレステを見る。
テーブルマナーは詰め込んでおいたが、既に一度、隣に座る奥方にパンの置き方をフォローされていた。彼女はミーミルとは違い身分に偏見はないようだ。
ここですか?
そう、そこ。パンはそのまま齧るんじゃなくて、ちぎったら一度置くのよ
あたしってばもう、いつでも貴族に成れちゃうね
対面に座るマグルはそれを見ておっかなびっくり真似をした。余裕だぜ。と豪語した言葉をエルフの長い耳は覚えていた。
「明朝見せてくれんか、ビレステよ」
無属性魔法を使うだけで、平民と呼んでいたのが名前を呼ぶまで格上げされたみたいだ。
「いいですよ」
「あら、明日はお花を一緒に世話しようと思ったのに」
「すぐに済む」
奥方の文句にミーミルが頷いたところで、ドアが乱暴に開かれた。
全員がそちらへ見る。ミーミルは驚いた様子もなかった。
慣れたことなのか、あるいはもう耳が遠いのか――?
「なんだ。客が来てるって? 言えよ爺さん」
黒髪を逆立てた、背の高い男だ。体の線は細い。胸元がはだけた服を着ていて、薄く筋肉が見える。
「ヘルモド。客が来たから、お前には言わなかったのだ」
勝手に食卓の端っこに座った。マグルは隣でどう扱えばいいのやらという顔だ。奥方が使用人に追加の食事を言いつけた。
「なにがあるか分かんねぇだろ。俺は護衛なんだから」
「ほう、護衛だったか。では今の今までどこに居たというのだ。わしの妻の傍にも居なかったようだが」
「旦那のところに居たんだよ。そっちの方が大事だろ?」
「はっ。酒を飲んでいただけだろう。それにアールヴァク殿はなにも警戒する必要はない。わしの恩師だ」
長い耳でエルフなのを察したのか。
ああ。アールヴァク殿って例の師匠ねぇ
呟いたヘルモドだが、食事が出されるとそれを食べるので静かになった。
「これは護衛のヘルモド。粗暴かつ粗野ですが悪い人物ではありません。なにか失礼を働いたら言ってくだされ」
「うむ」
「弟子になんて言い草だ」
ヘルモドを無視して続ける。
「ごほん、しかしアールヴァク殿に、異界の勇者以外に前例のない無属性魔法。さぞや王国の魔法研究所は進んでいるのでしょうな」
「いや、ビレステは魔法研究所とは関係ない。今は西の方にあるラザニ村に住んでいて、村での教え子だ」
「暇を出されたので?」
「いや追い出された」
ミーミルは目を開き、口を開け、挙句の果てにフォークに刺したサラダが落ちた。数舜だけ、考える必要があった。それから落としたサラダをフォークでさらい、ゆっくり咀嚼する。うまく呑み込めなかった。白ワインを一口、舌を湿らせる。
「はあ……。アールヴァク殿ほどの御仁が追い出されたのですか。研究資金が無かったのですかな」
ミーミルはよく分からないと言った顔をする。
「いや、研究所の方針変更だ。短縮魔法を使えないものはいらないらしい」
「唯一の欠点でしたな。ですがそれがあったお陰で、あれほどの精緻な魔法を使えるようになったと思えば長所とも言えます」
「出来ないことは出来ないものだ」
「――それでアールヴァク殿をクビに。にわかには信じられませんな」
「アールヴァク様は優秀な研究者でもあられるのでしょう? 大胆なことするのねぇ」
同調した奥方にヘルモドがぶっきらぼうに言う。
「いやいや、奥様。誰がどう考えたって馬鹿だろ。師匠の師匠ってことは相当な魔法使いだろ? それを追い出すなんてどうせ親が脳味噌を入れ忘れたに違ぇねぇ」
「はっ! じゃあそのプリーニってのは額がないのか?」
誰もマグルの疑問には答えない。
うぬぅ。首を横にして、アールヴァク殿をクビにする理由か……。とミーミルは呟く。
「急にお爺ちゃんらしくなっちゃった」
「これめっちゃうめぇぞ」
「え、どれ?」
マグルが指したのは、ミー都周辺の沼地で育ったヌマチキンのパイ包み焼きだ。
俺のもやるよ
隣のヘルモドが皿を出す。お前、良い奴だな。と簡単に心を開いていた。
「研究所の所長はもしや、馬鹿なのですかな?」
「だから爺さん、俺がさっき言ったろ。馬鹿なんだよ」
「しかしそんな訳があるか? 一国の魔法研究所、その所長だ」
「あと意地悪ね。あたしを何度も攻撃してきたんだから。アールが居なかったら危なかったの」
「稀少な無属性魔法を使う、ビレステをか。いや、考えるのはよそう。これからは魔法探求所にて働けば宜しい。アールヴァク殿の手続きは済ませておきますので、好きな風にお使いくだされ。もちろん、研究成果は共有していただきますが」
「いや、今はこの地に長く留まるつもりはない。勇者の動きがあれば知らせてくれ」
「そうですか……」
アールはご満悦で白ワインを嗜む。翌日はビレステの無属性魔法を見せる事になった。そしてマグルは冒険者ギルドで珍しい依頼を目にすることになる。




