第80話 安っぽい言葉
「私は結婚したことは言ってなかったはずだが?」
「その長い耳は何のためにあるのだアールヴァク。エルフが結婚したのだぞ、それも人間とだ。エルフの話題はお前で持ち切りだ」
「エルフってやっぱり結婚が少ない分だけ、そういうのに敏感なんですか?」
「敏感だ。年の近いエルフが二人居れば、周りはくっつけようとする」
「何か嫌だなそれ」
マグルが言う。
「理解しているとも。だからそれとなく、草葉の陰から見守るようにして二人の恋路へ導くのだ」
「ふぅん。種族を保つのも大変だな。でもくっつく時はくっつくし、そうじゃない時はくっつかないんだから結局余計なことしてるだけじゃねぇの?」
余計な一言が素晴らしいことを言う。
「だがな。放っておけば結婚しない朽ちるのが我々エルフという種族なのだよ」
「アールってば絶対そのタイプだよね。他にはどんなことするんですか?」
「子供関係で祝い事があれば、角で作った笛を吹く」
ビレステはリョザルファが横笛を吹く姿を想像した。切り株に座って、小鳥かなんか集まっちゃったりして。
「エルフっぽいね。アールも吹けるの?」
「ああ。大抵のエルフは親に習わされる」
「笛吹いて効果あんのか?」
「無いとも限らない。そうだろう?」
大きなクッキーを狙って取り、口一杯に頬張ったマグルがお茶で流し込む。リョザルファの淹れたお茶だ。値段を聞いたら、二人はもっと味わって飲まなかったことを後悔するだろうな。
「王の交代式が近いと聞いたが」
交代式をし、就任式をする。似たようなものだが、諸国連合はこうした儀礼的なものが多かった。それぞれの文化を尊重する必要があるからだ。
「そうだ。騒がしい時に来たな」
「失礼」顔を向けると、ビレステくらいの身長の老人が居た。「リョザルファ殿こちらに居ましたか」
「ああ。来たかい。ミーミル」
名前に聞き覚えがあった。
「もしや」ミーミルが驚いた顔でアールたちを見た。「平民を城に入れたのですかリョザルファ殿。貴方と言えど、これは治安上宜しくない。もし次期国王が襲われもしたらどうするのです」
「平民って初めて言われた。このお爺ちゃん何者なの?」
「取り敢えず、いけ好かないのは確かだな」
二人が話すのをミーミルが睨む。
「この三人に会わせたくてお前を呼んだんだ」
「なるほど、警備の兵を呼びたいということですな」
髭のない顎をさする。
「ミーミル、お前は年を追うごとに早合点が進んでいくな。この無表情で野暮ったいエルフを見て何も気付かないのかい」
不名誉な紹介に、横の二人が笑う。
「エルフのご友人ですか。それとも使節で会いましたか。いや、まさかアールヴァク殿?」
「そうだ。ミーミルはこんなに大きく、はなってないな。むしろ萎んだか?」
久し振りに会った二人が昔話に花を咲かせる。十分ほどそうしていただろうか、ようやくミーミルが落ち着いた。
「宿が決まってないようでしたら、どうぞゆるりと。自分の家のようにくつろいでくだされ。そこの平民二人は別の宿を取りましょう」
「いや、この二人も同じ場所にしたい」
難しい顔をしたが、どうやらこの老人はアールにすこぶる弱いらしい。
「承知した。では支度を整えるのでこれで失礼しましょう。場所は分かりますかな。昔の邸宅があった通りから一本、筋が違うだけです」
「ああ、分かった」
では。とミーミルがテラスを出ていく。
「へぇ、宮廷魔法使いだってどのくらい凄いの? ラディッキ王国でみたあのプリーニ魔法長官と同じ?」
「ミーミルは魔法の腕ならこの国で五指に入るだろうな。彼の門下も相当数いて、どれも凄いよ」
リョザルファが答えた。ミーミルと肩書は同じと言えるが、実力はかなり違う
「アールさんはどのくらい教えていたんだ?」
「幼年の頃に七、八年ほどだったか」
「じゃああんなにお爺ちゃんになっちゃったら思うところあるんじゃない?」
「そうだな。時が経つのは早い」
「うーん。アールってばなんか」
「言葉が安っぽい」
「……。それでリョザルファ。勇者の動向は? もう魔王を倒したか」
「さあ。実は分からない」
やはりこの男の言葉を真に受けるべきではないな。
「ただ、もうすぐその知らせが来る。そしてその結果はアールヴァクを落胆させるよ」
やはり魔王が居るか。それならビレステをリョザルファに預け、私が挑戦しに行っても良い。遠くから魔法を撃つだけなら危険はないだろう。しかし勇者しか倒せないのなら徒労に終わりそうでもある。
「北部地帯へ繋がる洞窟があると聞いたが」
「それはミーミルが教えてくれる」
「ふむ」
「アールヴァク、気を付けろよ。後ろから追い立てられると、前後しか見えないものだ。太陽を回すものが居れば、その反対では月を回すものがいる。どちらも一日の運行には欠かせない」
「……」
自分一人が突っ走っても意味がないと言いたいらしい。
「もっとはっきり言ってください。アールが困っちゃう」
「こういう風にしか言えないんだ」
「詩的な表現ってやつだ」
マグルがうんうんと知った風に言う。
「色んな意味に取れる方が見てる分には面白いだろう?」
未来予知を聞いて、右往左往するところが見たいなんてよっぽど良い性格をしている。アールはリョザルファの言葉を考えるのは辞めた。永い時間を生きるエルフが、暇潰しに遊んでいるだけだ。
それからもう少し時間を置いてミーミルの屋敷に向かう。あまり早く着いても、準備が間に合わない。場所はすぐに分かった。そもそも見落としようのない大きさだ。
警備の人間に声を掛ける。扉を開けると使用人がずらりと並ぶ。マグルとビレステは恐る恐るその間を通った。
「ようこそアールヴァク殿」
宮廷魔法使いになった元教え子、ミーミルの姿がそこにある。魔法に失敗して泣いていた、内気な少年の面影はどこにもない。
「ミーミルは随分と出世したようだ」
「師の教えが良かったのでしょう」
「うむ」
「まずは部屋に案内させましょう。旅の疲れが癒やしてから夕食を。良い白ワインが入っておりますぞ」
「おお」
アールの顔がぱあっと咲く。この日一番の笑顔だった。ビレステはそのやり取りを見て、ううんなんだか師弟っぽいと思った。あたしもいつかやってみよう。
九月は文学賞の〆切に追われるため、月、水、金の投稿にしょうと考えております。読者の方々、投稿頻度が減ってしまい申し訳ありませんが、少々お待ちくださいませ。




