第79話 光のエルフ
「ミー都に到着! 凄いね。なんかごちゃごちゃしてる」
「帝都とも王都とも違うなぁ」
ビレステとマグルは今にもそこら中を駆け出しそうにする。石畳の道の両脇に様々な店が軒を連ねていた。
「諸国連合は七つの国が集まって作られた国だ。それぞれに文化がある。私も、王都に行ったときはこんなにも違うのかと驚いた」
ミー都の入口は門というより、アーケードだ。周囲の沼や川などの悪地形により天然の要害になっていたから門を置く必要がなかった。入ってすぐは目抜き通りになっていて、先には城がある。真っ白な石で造られた豪勢な城で、ここからでもその風格が伝わってくるようだ。
「ふうん。アールさんでも驚くんだな」
「……水路を小舟が巡る。これで行こう」
「すごぉい。街の中に小舟があるんだ」
石畳の道の中央を水路が走っている。
この水路がミー都の特徴だった。魚はいないが船が通り、荷や人を運ぶ。
人々は湿気から逃れるように開放的な建物を作った。壁には絵や模様が描かれ、そこに隠れるように風通しの穴がある。傾いた四角形や丸を崩して楕円にした窓はそれぞれに個性的で、閉めているところは少ない。窓の向こうでは男が作業をしたり、猫が毛繕いしたりしている。
店も帝都と違ってほとんどが道に向かって店を広げた。色彩豊かなタープが水路越しの建物まで掛かり、地面を覆う影も同じように彩られる。
向こうでタープが揺れると、遅れてそよ風がこちらまでやってきた。
「綺麗な街だね」
小舟に座ったビレステは髪を指で耳に掛けご機嫌で言う。縁に掴まったマグルは口を開けて周りを見ている。上を見ると、青い空に虹が掛かったようだ。
船頭に行先を告げたアールはいつも通り、宿から取ることにした。
魔法研究所の近くにも宿はある。だがマグルの為に冒険者ギルドが近いところを取ってやるか。ビレステもその近くで魔法の練習が出来るかもしれない。
ミー都の水路をのんびりと小舟は進んでいく。行き交う小舟の船頭は、ぶつからならいようお互いに掛け声を出した。
城が近付く。こちらから見た城の裏側は広場になっていて、そこがミー都の中心部だった。催しもの、例えば音楽の演奏や演説が行われるからいつも賑やかだ。
船が水路を渡す橋をくぐり、それから中心へ向かって城を回り込むように水路を進む。警備兵が新参者に目を光らせていた。もう彼らの中にアールを見たことがある人はいないのかもしれない。
「着きましたよ」
船頭が小舟を道に寄せ、停泊させる。彼が座っていた台に板を渡し、それなか水路へ突き出るようにした杭に縄を掛けた。船は眠った鯨のように大人しくなる。船賃を払う。
先に上がったマグルはビレステの手を取ってやっていた。
広場では踊りが披露されていた。東北にあった国の民族衣装を着ている。寒い国だ。雪がひらひらと舞い落ち、その冷たさと美しさを表現した舞踊だと聞いた。
「じゃあ宿に聞いて来るからここら辺に居てくれよ」
「いや、今回は目途がある」
「アールはここらへん地元だもんね!」
ビレステが自慢げに言う。
地元――。地元か、どうだろう。故郷は産まれたモイの里だろう。次に年月が長いのは確かにここ、ミー都だが。思い出が多いのはラディッキ王国だ。
ねえアール
そして今の私が地元と呼ぶべき場所は家があるラザニ村だった。大陸を巡って渡り歩くと、こうして様々な場所に記憶が残っていくのだな。
肩をポンポン叩かれる。
「アールってば!」
「どうした」
「凄い美人の女性がいる。エルフだよ。知り合いじゃないの?」
二人の視線の先を見る。
なんだとばかりにアールは目を一度つむって、開けた。
広場から宿が集まる方の区画へ通じる橋の上に、白い衣を羽織ったエルフがいた。いつ見ても変わらない。きっと百年前も同じ格好をしているし、百年後もまた同じ格好をしているだろう。
「リョザルファだ。女性じゃない。七人の評議員の一人だな」
マグルは首をぶんぶんとリョザルファとアールの間を往復させる。
「うげぇ、あれで男かよ。世の中はエルフに優遇し過ぎだろ」
涼やかな目元に細い腰つきは見紛うのも無理はない。神樹の木の皮のような、奥深い黄色の髪の毛は長く肩まで垂れている。耳で切り揃えていた時もあった。優雅な仕草は動きが軽く、どこか踊るようだ。
「リョザルファの言うことを真に受けるなよ」
「どういうこと? 嘘つきなの?」
「未来が見える」
「ええ!」
「と本人が言っている」
「なぁんだ」
「だが的中させたことは何度もある」
「どっちだよ」
「じゃあ未来が見えるの?」
「外したことも多い。だから、真に受けるな」
「でもよぉ。未来を知って、行動を変えたせいで外したとかもあるんじゃないか?」
「鋭い考えだな。その通りだが、言う事は変わらない」
近付いて来た。
「お前たち。私の話をするのはいいが、聞きたいことがあるんじゃないか?」
「ご機嫌麗しゅう、光のエルフ。未来を記すエルフ、リョザルファ」
「その別称は好きじゃない。だが、壮健そうだな。アールヴァク」
「アールが畏まってるところ初めて見た」
「私の目上が少ないだけだ」
「肩書を持つものは年下でも敬意を払うものだぞ。さあ、私の部屋で暖かいお茶とクッキーを食べよう」
「私たちを待っていたのか?」
「ああ。ここを通ることは知っていたからな」
「どういうつもりだ?」
「聞きたいことは本当にそれか?」
私には聞きたいことがあると、先ほども言った。もしそうだとして何を知っているというのか。
城に入る。警備兵はリョザルファを見て、アールたちを素通りさせた。マグルが背負う大剣もそのままだ。
中二階にある、水路へ突き出るように浮くテラスへ。丸い天蓋は麻が使われ、薄く日陰を落とす。いかにも樹齢の長そうな老木を使った丸テーブルが中心にある。席は五つあった。
リョザルファが流れる手つきでお茶を淹れる。アールはなかなか座ろうとしない。
「食べていいですか?」
「お前たちの為に用意したんだよ」
ビレステはテーブルにあったクッキーを口に挟みながら、着席する。マグルはテラスからの景色を楽しそうに眺めた。好奇心が強い青年なのだ。
「そう警戒するな。ただ久し振りに会いたかっただけだ。しばらくこの国に留まるのだろう?」
「いや、勇者の動向次第だな」
言ってから、リョザルファに言わされたことに気付いた。勇者のことでなにか知っているらしい。
リョザルファは声を出さずに笑う。ビレステはその顔にうっとりしそうになった。クッキーが弛緩した唇からこぼれて、慌てて手で受け止める。マグルはそんなビレステを見て、唇を尖らせた。
「しばらく、君たちは留まるよ」
「勇者たちの情報が来たのか?」
「いや?」肩眉をピンと上げ、思わせぶりな顔をする。遊んでいるのだ。付き合うのが面倒で、アールは黙って席に着いた。「さあ、飲め。お前の為に淹れたのだぞ? 奥方の淹れたお茶に負けず劣らずのはずだ」




