第75話 イケメン被害者
出陣式の前に大きな問題が立ちはだかっていた。ハルキは悔いた。どうしてなにも確認しなかったのだろう。
いやそれにしても誰か聞いてくれたっていいのに。僕は冒険者でも軍人でもないのだから。
「では今から乗馬の練習をするぞ」
スルーゼ中尉が真面目な顔で言った。まさか良いアイデアのつもりじゃないですよね?
「中尉。スルーゼ中尉。いくらなんでも時間がありません」
「ムッ。 ハルキ殿の身体能力ならば、死ぬ気でやればなんとかなろう」
「もし落馬して怪我でもしてみてください。最悪の結果ですよ。大隊長の顔に泥を塗るおつもりですか」
出陣式では馬に乗って列の中央を行くという。
当たり前だが、一介の高校三年生は馬に乗れない。
落ちるか、馬が列から外れてどっか行ってしまうことが容易に想像できた。もしかしたら、いま想像できない以上の失敗もするかもしれない。しかも最悪なのが、皇帝陛下も観覧するようだ。聡明な彼の前で、無様な真似は出来ない。
「そうか。――いや、待てよ?」
左上を見ながら、片眉を上げたスルーゼ中尉がなにかを思いついたみたいだ。
「なにか妙案がありますか。ここは馬車を用意してその上に立って貰うのが無難かもしれませんが」
「それこそハルキ殿に恥をかかせるつもりか。大丈夫だ、ちょっとエイリフ中尉に相談して来る」
早歩きでスルーゼ中尉が部屋を出ていく。
「エイリフ?」
「大隊長であるローズル少佐の腹心です。幼い頃からスルーゼ中尉を知っており、良くいえば兄貴分ですな」
たしか僕たちが所属しているのが北方方面軍で、ローズル少佐はそこのトップだ。
「……。悪く言えば?」
「被害者です。なにせスルーゼ中尉は“悪運”ですから」
「なるほど」
そして今も、巻き込まれようとしているのか。
しかしヤーナー補佐官の心配とは裏腹に出陣式は滞りなく進んだ。エイリフ中尉から借りた馬のお陰だった。
灰色の馬はグラニという。とても賢く、そして大人しい。乗る前にマグルが手を触れると、こちらを一度見て、全て分かったように前を見た。
行進中もマグルが手綱を握る必要はなく、流れに沿って歩いてくれたので助かった。群衆に向け、手なんか振ってみちゃったりしたけれど。やっぱり慣れないことはこそばゆいなぁ。
カッコイイ!
こっちを向いて勇者様
魔王を倒してくれぇ!
帰ってきたらビールを奢るぞ
私たちの店にきてねぇ
黄色い声援や野太い声援が送られる。それが自分一人に向けられていた。他に馬に乗っているのは大隊長とその周りの人で、スルーゼ中尉も徒歩だった。
「大丈夫か勇者殿。群衆が魔王にでも見えるか?」
小隊長のイジが言った。剣の使い手で、稽古を付けて貰う時もある。
「慣れないから緊張します」
「こういう時は笑え。無理にでも笑うんだ。虚勢を張って、それが本当になるまでそうする。そうやって乗り越えていくもんだぜ」
「安心しろ。俺たちが命を懸けて守ってやるからよ」
後ろから、同じく小隊長のアウルが言った。槍と弓を使い、距離を取って戦うのに長けている。
「有難う御座います」
「その為に俺たちがいるからな」
頼もしい小隊長に、光の剣を携えた中隊長がいる。魔王を倒すために、これほどの人物が集められた。
「お前たち、もっと凛々しい顔で行進しろ。これが戦費を増大させ、ひいては我々の糧食にも影響するのだぞ」
ヤーナー補佐官が後ろを向いて注意した。
「失礼しました」
「ハッ。小官は肉がもっと欲しいであります」
「では肉をよく喰いそうな顔でもしていろ」
「ハッ」
「ハルキ殿はその調子で頼む。落ちなければ戦果は上々だ。間違ってもこいつらの振舞いは参考にしないように」
馬を貸してくれたエイリフ殿は先頭付近、大隊長の横に居る。本来は僕が乗るはずだった馬に乗っていた。視線に気付いたのか彼が、振り返る。目が合い、頷いた。
金髪に二枚目のイケメンだ。さすが兄貴分と言われるだけあって優しい表情が似合う。こっちの世界ならモデルに俳優にと引っ張りだこに違いない。
北門を抜け、山脈を越えた先で大隊は一時停止した。
「ここまで来れば楽にしていいだろう。私は大隊長に呼ばれているから後は頼んだ」
「では中隊は小官が預かります」
「ハルキ殿、馬から降りられるか。エイリフ殿に返さなければうるさいのだ」
ヤーナー補佐官が素早くこちらに来て、手伝ってくれた。
「エイリフ殿は束縛体質であられるからな。傷一つ、埃一つ付けずに、恋人は早く返さなければ」
冗談にスルーゼ中尉も笑う。
「ウム。私に対してもあれをやるな、これをやるなとヤーナー補佐官の元上官ぶりを遺憾なく発揮していたからな」
元々ヤーナー補佐官は大隊長直属の小隊に所属していた。だから大隊長の補佐をしているエイリフ中尉とは旧知の間柄だ。
「魔物だ!」
中隊の誰かが叫んだ。山脈の方から駆け下りてくるものがある。
ヤギみたいな魔物だなぁとハルキはのんびり思った。稽古される内に段々と自分の実力が分かり、それと同時に相手との力量差も掴めるようになった。
遠かったのに、駆け下りる力も相まって魔物は凄い速度で近づいて来る。遠目で見るよりも大きいか。弓と魔法がピュンピュンと飛ぶ。ヤギの身体の周りには白い毛が泡みたいにあって、それが攻撃を吸収しているらしかった。
「隊形を組め」
前に出て剣を抜いたスルーゼ中尉の、横を抜けた。スタンドプレーは好きじゃないけど、体が動いていた。自分でもよく分からない。
剣を抜き、魔力を巡らせる。足に力を入れ腰を回し、腕は動きに沿えるようにして強く振る。全身を使って斬り抜くと、魔物はあと少しで両断できそうだった。亡骸が五メートルほど滑ってから止まる。
「おお」
「凄いな、さすが異界の勇者だ」
後ろでどよめく声がする。
スルーゼ中尉には単独行動を怒られるかと思ったけど、彼女は笑っていた。
「ハルキ殿、一人で飛び出したのはよくないが、見事に倒せたからヨシ」
「スルーゼ中尉」
「ム」
「喜んでいる場合ではありません。ここは叱責するところですよ。こんなところでハルキ殿が怪我を負うリスクは避けるべきです」
「そうだな。ハルキ殿には魔王との戦いで頑張って貰わねば。私は大隊長の元へ行く。後は頼んだぞ」
スタコラとスルーゼ中尉は馬を引いて、あっという間に行ってしまった。ヤーナー補佐官は静かに息を吐き、それから全員に向く。
「中隊、休憩」




