第74話 出発と出発
宴会は続く。マグルが隣に座るヴェルに聞いた。アールはワインを飲み終え、今は水を飲んでいた。
「フレースはどんな魔物にやられたんだ? あ、悪い。お前を庇ったんだよな……」
さすがはマグルだ。普通は聞かないことを明け透けもなく、そして最後に余計な一言を付け足すのも忘れない。
冒険者として危険な魔物が居るなら頭に入れておきたい気持ちは分かるが。
「未確認の魔物だった。大きな鳥型の魔物だ。上からいきなり襲撃されてな。特徴は頭にもう一匹、鳥がいる」
「おとぎ話のケルベロスみたいだな」
ヒミグレーヴァは話を聞きながら、ゆっくりと酒を飲んでいる。
「ケルベロスは双頭だろう。あいつは一羽がそのまま頭の上に乗っているみたいだったな」
「同じ大きさの鳥か?」
「いや、全然だ。頭に乗ってるのは小さかった。そいつが魔法を使ってくる」
「いきなり上から来たんじゃ分からないね。上を見ながら歩いてたら転んじゃうし」
「俺たちを襲撃してからしばらく発見報告はない。移動したんだろうな」
「なら俺たちが見つけたら」
「間違えても戦おうと思うなよ。命は一つだからな」
「せっかく仇を討ってやろうと思ったのに」
「鳴き声などの前兆もなしか」
「――そういえば、風が消えたな」
「それだけじゃなあ」
「あの時、吹いていた風が急に消えた。おかしいと思った時には襲撃されていた。勘違いかもしれん。頭の片隅にでも入れておいてくれ」
「ねぇ、十年ワインも飲んだし、あたしたちそろそろ移動するのよね」
ビレステに頷く。これで案外酒が強いらしい。
「そろそろ勇者に動きがあっていい頃合いだ。魔王を討伐してくれているならよいが」
マグルとビレステがハイタッチした。
「そうか。もう行くか」
「寂しくなるわ」
ヤルンが独り言ち、ビレステが明るく応える。
「手紙を書くよ」
「絶対よ。何かあったらどこにでも迎えに行くから」
ヤルンとビレステが固く約束して宴会は終わった。次は王都に向けて出発する。
乗合馬車を乗り継ぎ、馬車の入れないところは徒歩だ。グレイプルから、小舟が便利だと教えて貰った。私が居たのはつい最近の気もするが、交通の便は日進月歩に変わっていく。その内、ギャラル運送が空輸機械を本格的に配備して、空の便も使われるようになるのか。
「それとギムレー。これから量産化に向けた調整が始まる。お前は下働きからだ、休めると思うなよ」
「任せてくれよ親方。おれとヴィゾが居れば最強だって。ヴィゾが戻るまでは彼が居てくれるそうだし?」
「調子がいいな」
なんだかんだ。ヴィゾはギムレーが戻るのが嬉しそうだった。顔にでは出ないが声に出ていた。
「助かりますヴェルさん」
「そんなことは言ってないぞ。まあいいが」
急に元気になったランドが椅子に立ち上がって言った。
「じゃあ我らがグレイプル工房とビレステさんたちの旅路を祝って、乾杯!」
一息に飲んだ酒でついにダウンしたのか、ジョッキを合わせる内にいつの間にか寝てしまう。みんなが優しく笑いながらランドの寝顔を見た。ぴくぴくっと長い耳を動かしたランドも気持ちよさそうにテーブルに突っ伏している。
*
「いよいよだな」
帝国の城にあるハルキの部屋だ。二階は本来、上級将校に宛てがう部屋だった。
「でもなんでいきなり許可してくれたんですかね」
「私にも分からんが想像は出来るな」
異界の勇者ハルキ=サカタとスルーゼ=ヴァルクは向かい合って話している。部屋の中からは整然と整えられた中庭が見えた。今も誰かが長い鋏で不要な枝を切っていたが、それと同じくらい部屋の中も見事なもので、数多くの調度品が飾られている。
スルーゼは四角いコーヒーテーブルの華奢な椅子に座り、モソモソとハルキから貰ったショコラビスケットを食べていた。その美味しそうに食べる姿を見たハルキの心をポチョンと水滴が落ちたように波打たせる。
魔族領は東端にある魔王城への、侵攻が始まろうとしていた。
ここからだと北門から大陸を横断する山脈を抜け、北部地帯と呼ばれる場所を通って東に向かう。北部地帯は凶悪な魔物も多く、城には当然魔王が居る。聖剣を手にしてから行く予定だった。しかしラディッキ王国からは前回の勇者が使ってから所在不明という間抜けな回答がきた。あるいは聖剣と共に異世界へ帰ったとも言っているが真偽は分からない。
「聖剣なしでも倒せますかね」
「おやおや。勇者殿は意外にも気が小さいようだ。召喚された当初はさっさと魔王を倒したいと言っていたのに。ママも召喚した方がよかったか?」
ハルキにとってスルーゼ中尉の初期印象は、堅くて真面目という軍人らしいものだ。それが今はこんな冗談を言う。そして結構おっちょこちょいなところがあるのも、知った。
フフンと笑うスルーゼにハルキも冗談めかして言う。
「いらないです。いざとなったら守ってくれるんでしょう?」
「ウム。任せろ。それに良い報告もあるぞ。A級冒険者が先んじて北部地帯の魔物を討伐してくれることになった。行軍の露払いは必要ないということだ。それと魔物の異常な暴走が収まったのもある。政治的な要因がないとは言わないが、魔王を征伐するには悪くないタイミングだ」
先触れもなく帝国は勇者召喚を行った手前、いつまでも手をこまねいている訳にもいかなかった。まさかラディッキ王国はそれを狙って、聖剣の所在を嘯いたのかもしれない。
「出陣式は明日だ。今日はゆっくり休んでくれ」
「うわぁ、やっぱりそういうのやるのかぁ」
嫌そうにハルキは俯く。
「戦意高揚と、民意にも応えねばならない。ハルキ殿は人気なのだ。勇者クッキーや勇者人形まで店頭には並んでいるそうだぞ。一度くらい顔を見せてやって罰は当たるまい」
「どこの世界も商人は逞しいですね」
「ほう。ハルキ殿の世界でも勇者関連の品があるのか」
「勇者はないですけど、有名人のとかですかね。大体のところはこの世界と似てますよ」
スルーゼはそこでピンッと何かを思いついたようだ。
「つかぬことを聞くが、異世界にはショコラもあるのだろうな?」
「ショコラはありますよ。こっちではチョコって言うのが普通ですけど。チョコバナナクレープとか部活帰りに食べてました。あとはチョコのアイスクリームとか。高いのだとナッツと混ぜたり」
「ムッ。チョコにバナナなんて。なかなか勿体ない使い方だな。雑魚を高級バターで煮るようなものじゃないか」
「いやあ。これが美味しいんですって」
「ふん。邪道だ。私は認めん」
ではまた明日。とスルーゼ中尉が部屋を出ていく。
あの人、報告しに来たというより。お菓子喰うついでに報告しただけだな……。
――邪道だ!
味を想像したのか、廊下で彼女の声が響いていた。




