第69話 そう都合よく飛べる人なんて
「ヴィゾさんがやられたって大丈夫なの?」
「命に別状はないそうだが、飛ぶのは難しいらしい。ゲルミル工房の奴等だ、とグレイプルは怒っていたな」
マグルは工房を出た時の怪しい影を思い出した。あれはこっちの情報を探っていたのか。
「そっか。じゃあ残念だね。アールも十年ワイン飲みたかったのに」
「王都に行くのが早まると思おうぜ」
「確かに。そうだよアール!」
「なにがだ」
「王の就任式で振る舞われるから、王都に行けば飲めるんじゃない?」
「ただのエルフが王の就任式に参加できるわけがないだろう」
いや、ただのエルフって。マグルがツッコもうとして、やっぱりやめた。
「飛空士もいないならもう無理だよね……。機関手もまだ見つからないくらいでしょ? 惜しいなあ。機関手だけならアールがやれそうだったのにね」
「飛空士がいればな」
「あとは飛空士だけ、か」
「頑張れアールっ!」
声援に応えるように、ソリは魔力で風を噴射した。壁に掛けてある工具が床に飛び散り、ついでにランドも吹っ飛んだ。マグルが危うくキャッチする。
「アールさん。もう少し落ち着こう。今のじゃひっくり返ってますよ」
ソリは上下左右を鎖で繋ぎ、工房の中で試験飛行の最中だ。
「うむ」
「浮かぶとこから始めましょ。そこから前に行くの」
ヤルンが言った。
アールはボンと工房の天井付近まで急上昇する。
「なあ」
横に立つヴェルは背中の羽を小さく折り畳む。
「どうしたヴェル」
代わりの飛空士としてアールたちが連れてきたのがヴェルだった。ヴィゾの代わりはなく、もうそれしか方法がなかった。グレイプルも出場しないよりはマシだろうと思ったくらいだ。何より、彼は自分の作った機械を信じていた。
「俺があれを引っ張るんだよな」
アールの操作するソリがグワングワンと暴れ散らかしている。噴射口から、爆風が吹く。
「飛べない俺が、引っ張られるんじゃなくて」
「そうだ、頑張って引っ張れよ。クソみたいな方法で勝とうとするゲルミル工房の奴らをぶっ飛ばせ」
「その意気ですよ。アールさんの速度に並みの飛空士じゃ耐えられないですが、冒険者で丈夫なヴェルさんならいけます。大丈夫、翼を広げて滑空するだけでいいのです。魔力で繋がっているのは方向だけじゃない、推進力もですから」
「なあ。聞き間違いじゃなければ並みの飛空士じゃ耐えられないって」
「言ってない言ってない。大丈夫っても言ってたろ」
「とにかくヴェルさんは舵取りを頑張ってください」
「しかしだな」
「飛ぶんだろ?」
ポンとマグルが叩くが、ヴェルが肩を揺らし応える。
「自分の羽でな」
「自分の羽だと思いましょう!」
グレイプルの熱意に押されたヴェルはその日から特訓に励むことになった。
「で、今はなにが問題なんだ」
三人で夕食を食べていた。今日は宿で適当に済ませている。朝に買ったパンと適当な肉のサンドイッチだ。焼いたアブラサバが売り切れていたのは残念だった。
「ヴェルが曲がれないのと、私のギア比が決まらないことだな」
アールの直進する力が強すぎて、ヴェルがどんなに羽を抑えてもなかなか機首が回らない。
「もう真っ直ぐ滑空できるようになったんだな」
あれだけ嫌がっていたのに、ちゃんと練習したらしい。
「さすがに身体能力が高い。あとは曲がるのだが、この調子ならすぐに出来るようになるだろう」
「もう一つの問題の、ギア比は?」
「私の魔力が足りないせいだな」
「嘘だろ。もしかしてギムレーって相当なのか?」
「総量じゃない。瞬発力の話だ。魔力を一息に注ぎこむのが難しい。あれは技術がいる」
「そっか機関手も大変だもんね」
「長い距離なら私の魔力量が有利になるが、今回は短いからな。そう上手くはいかない」
ぎゃははは。
下品な笑い声が聞こえた。窓の外だ。酔声が部屋に響く。
「あいつら、出場すら出来ねぇのにまだ調整してんだってよ」
「馬鹿だな、馬鹿」
白けた空気になった。
「まったく。お行儀よく酒が飲めねぇのかね」
マグルが言った。
マグルの酒癖は確かに悪くはない。普段の素行もそうだ。ただマグルが言うと違和感があるのは、やはり冒険者とはそれだけ粗暴な人間が多いイメージだからだ。
「これでうちが街で一番の工房だ!」
「ゲルミル工房が最強だ」
その名前にピクンとなったのはマグルだけじゃない。飛び出した。
「ちょっとマグル!」
外に出る。酔っ払った足取りだからすぐに追いついた。三人組だ。
「お前ら。ゲルミル工房の人間だな?」
マグルを見る目が、定まらない、
「なんだお前」
「ヴィゾをどうやってやった。お前らじゃ勝てないだろ」
「俺らがやるわけないだろ?」
カマには引っ掛からないか。
「おいおい。殴る気かよ。衛兵を呼ぶぞこら」
男が一歩、一歩と近づく。胸でドンと押された。
「おら、なんか言えよ!」
他のやつらもガヤガヤと騒ぎ立てる。
「調子に乗りやがって」
胸倉を掴むが、後ろからビレステが追い付いてきた。
「やめなよマグル」
「チッ」
投げ捨てるように放した。
「おいおい。見たことあるぞ、グレイプル工房の人間だよな、お前ら」
笑い顔がムカつく。
「勝負は正々堂々とコンテストでするもんだぜ?」
「そうだそうだ」
この時にせめて半殺しにしておけば良かったと思った。ヴィゾが治療魔法を受けた四日後に戻った時に、本当にそう思った。怪我は治ったのにどうして復帰に時間が掛かるのかと不思議だったのだ。




