第68話 気になるお年頃②
ビレステたちはヴェルの相棒、フレースの墓の前でピクニックをしていた。
「寝込みを襲う? 滅多なことを言うな。あそこで寝ていたお前が悪い」
「どこで寝ようが、私の自由よ」
「道路に咲く花は踏まれて朽ちる」
軽快な会話が二人の、いや三人の仲を物語っていた。ヒミグレーヴァが片手の掌を上に、ウェイターが皿に乗った「説明」を持ってくるように動かして言った。
「湖の中央で気持ちよく昼寝してたら、フレースが落ちてきたの」
「飛ぶ練習をしていたんだ」
二人にも状況が呑み込めた。
「シィラ滝からここまで飛んできたのか」
「飛ぶ? あれを飛ぶですって?」
あははは。とヒミグレーヴァは笑った。あんまりにも楽しそうに笑うから、ビレステも笑えてきた。
「言っただろ、フレースは結局飛べなかった。でもな、俺はあいつの勇気に気付いたよ。崖の上に立った時の恐怖は今でも思い出すと羽の付け根がむずがゆい」
「鷲の亜人が言う事じゃないわね」
「じゃあ、何回も飛ぶ練習をして、その度にここに落ちてきたんだ」
「そうよ。その度にフレースの手を引いて、陸まで連れてってあげたんだから」
「ロマンチッ、ク……」
ビレステが両手を合わせてうっとりする。
「どこかがだよ」マグルが水を差した。「ヴェルが風魔法を習得してるのはじゃあ、相棒の代わりに飛ぼうとしてるからか」
「――」
「あらそうなの。フレースが出来たなかったのに、ヴェルに出来るわけないじゃない」
「死ぬ直前のフレースと約束したからな」
「飛ぶのが?」
ハン。と軽く笑われる。
痒そうに、羽をぶるりと震わせた。
「男の約束だ」
「分かる。分かるぜ。応援するよ。俺も相棒のベルントってやつが居たんだが、そいつとA級冒険者になるって約束したんだ」
「男って馬鹿よねぇ」
「ね。マグルはベルントさんの防具屋を手伝うのじゃ駄目なの?」
「分かってねぇなあビレステは。俺がA級冒険者になれば贔屓の防具屋も有名になるだろ? あのアシュトラが買った鍛冶屋だって超人気店になってんだから」
「ふーん」
「結局ね、やりたいだけなのよ。理由は後付け」
ヴェルとマグルは黙って骨付き肉を齧る。
「ヒミグレーヴァさんはさ、なにかやりたいことはあるの?」
そうねぇ。と悩み、ヒレを打つように爪先を上下させた。
「忘れたわ。有ったような気もするけど」
言葉とは裏腹に横顔は忘れてなかった。昨年の夏を覚えている向日葵のように、顔を反らせ、また空が明るくなるのを待っていた。
墓参りを終えても、まだアールは帰ってきていない。
荷物を置いたマグルは真面目な顔をした。手持無沙汰ではなく、前から聞いてみたかった。
「寿命がなくなるってどんな気分だ?」
未来がなくなる。
出会うはずの人間と言葉を交わせず、聞くはずだった喧騒を、見るべきだった景色を見られない。マグルが共感するとしたら、それは怒りだ。
「アールにも聞かれたけど、正直よく分からないのよね。だって目の前で数字が減ってるわけじゃないし。それに私まだ十六歳だよ? そんな寿命のこと考える歳でもないから」
「そういうもんか。まあ安心したぜ、めそめそされるよりよっぽど良い」
「心配してくれてんだ」
「そりゃあな。死んだらどうしようもねぇ。フレースだって後少しで飛べたのに。そしたらヒミグレーヴァさんをどっか別の湖に連れて行ったり、シィラ滝の上に招待して景色を眺めることもできたろ」
「それいいね。フレースさんが飛ぼうとしてたのってそれが目的だったりして」
「でも足生やして、馬車で移動すれば出来るかもな」
「なにそれ。夢がないなぁ」
「だから夢は、生きてないとどうしようもねぇんだよ。たとえフレースが翼を折られても生きてりゃなんとかなる」
自分に言い聞かせる必要はない。足を切除したベルントのことはもう心の底からそう思えるようになった。あそこで死んでたら防具屋もやれてない。俺は親父さんに半殺しにされてたかもしれない。
「マグルってあたしのこと好きだよね」
「はあ?」
ベッドの端に腰を下ろしたマグルがビレステの身体を上から、下へ。下から、上へと視線を移動させた。胸で途中下車したのがビレステにも分かりムッとした。
「必死にあたしのこと帝国から助けてくれたし。あの時も」
「あの時の言葉は、ビレステが意味分かんねぇこと言って留まろうとしたからだっつうの!」
「分かってる。アールにも、マグルにも迷惑かけてる」
「それは気にすんなよ」
「いいの。迷惑かけてもいいのが嬉しいから。ずっと、迷惑にならないように生きてきた。だってあたしは孤児だから。ボラさんの迷惑にならないよう、イイ子にしてきたの。そうしないと私に生きる価値なんてなかった。だからあたしのせいで怪我しないで欲しいの。だってもしそれで傷付いたら、それってあたしなんか死んだ方がよかったことになるじゃん。寿命っていうけど、あたしの価値はそんなに高くないよ。ボラさんが居なかったら生きてないし、この世界で要らない存在だから両親にも捨てられたのよ」
「世界が本当に必要とする人間なんているのかよ。勇者も本当はいらないかもしれないぞ。ビレステは捨てられたのを気にし過ぎだ」
「うん。でも今は違うよ。新しい魔法も覚えたし、アールの研究も手伝うって約束したし」
「じゃあそれも終わったら俺がA級冒険者になるのも手伝ってくれよ。ビレステが無属性魔法撃ちまくれば楽勝だぜ」
「約束?」
「約束するのはビレステだろ」
ちゅ。
「じゃあ約束」キスしたのはおデコだ。「こういうの憧れてたの。ドキッとしたでしょ」
「へえ」
女ってやつはどうして突然キスするのが好きなのか。それとも年頃になるとしたくなるものなのか?
「なんか他の女性のこと考えてない?」
「――いや?」
ガチャリとドアノブに手を掛けた音がした。マグルは居合抜きするよりも速く剣を出し手入れをする姿勢に、ビレステは窓の方で自分の髪を直した。
アールはドアを開け、微妙な空気を感じとる、訳ではない。達観した声音で言った。運命というものはいつもアールを追い立てるだけ追い立て、肝心なところで梯子を外してくる。
「飛空士のヴィゾがやられた」




