第67話 気になるお年頃
翌朝、研究を進めるアールはなかなか集中できずにいた。ただでさえ手に余る研究だ。そこにビレステの為に魔王城へ向かう計画とその障害が乗り、昨日はビレステが描いた奇怪な風のイメージも加わる。
魔法に関する文献には数多く目を通しているが、あの表現は知らない。ヴェルの魔法が発動しなければ、それはただの奇怪なイメージに過ぎなかった。
ビレステはどのように風を感じたのだろう。あるいはどこかで見たのか?
十年ワインも気になる。消えた機関手のギムレーはかなりの実力だったらしい。グレイプルはそれでも勝つと言っていた。果たして海千山千のコンテストで勝てるのか?
これほどの生産地で極上というのだ。いったいどれほどの味だろう。
……十年ワインの行方が、気になる。
「グレイプルの工房を見に行ってくる」
「俺も」「あたしも」
三人で工房へ向かった。
「やあやあ、アールさん。どうされました?」
「見学に来た。いいか」
「そりゃもちろん。ヤルン。アールさんが見学したいってよ」
呼ぶと工房の奥からヤルンが来た。
「みんな。どうしたの?」
「アールが魔動機械を見るって言うから付いて来たの」
ビレステが言った。
「そんなに面白いものじゃないけどね。見る分には全然構わないわ。質問があったら遠慮なく聞いて」
工房は壁沿いに工具が並ぶ。ドリルや特殊な形をしたカッターなど見たことのない、様々な種類の工具が並んだ。二階は半分が吹き抜けになっていて、階段の先は製図室と言っていた。
そして中央にそれがあった。
ジャッキで腰の高さに上げられ、底の部分でヤルンとランドが作業を始めた。
魔動機械はなんというか、
「ソリみたいだな」
思ったことを口にするマグルが言った。
「考えたこともなかったですけど、その通りですね。まあ輸送する機能を形にしたらこのようになるのでしょう。馬車の車輪を外した形ですね。この機械は馬ではなくて、飛行士との同調をここからしますが」
後ろから見る。平たい荷台と機関手が座る場所、魔力で動く機関部分と続き、二本の棒が前に突き出ていた。グレイプルが示したのはそこだ。馬車ならそこに馬が繋がれる。
「魔力のヒモで結ぶようなイメージでしょうか。動きを同調し、飛行士が引っ張ることで軌道修正が出来るのです」
「このソリ自体じゃ、曲がれないのか」
「なにせ空中ですから。これはただ浮きながら前進するだけです」
ソリの底部と後部から風の魔石を使って進むらしい。その魔石に魔力を供給し、出力を調整するのが機関手だそうだ。
「この荷台、なくてもいいんじゃね」
余計な一言が余計な一言した。
「いえいえ。ただ目的地まで走るのが目的じゃありませんから」
「輸送が目的って言ってたじゃない」
「ああそうだっけ?」
「今は何を?」
「出力比の調整とギア比の調整です。出力を下から重点的に出すのか、横から出すのかで変わりますから」
「なるほど。ギア比は?」
「速度を四段階で調整できます。今はそれを魔力の高いギムレー仕様に合わせているのですよ。普通の人間じゃギアの一段目も上げられません」
「なるほど。どうやって出力の調整を?」
「魔絶体でここからロックします。回路を複数用意して、それぞれを締めることで加減するのです」
「魔石から出す風向きを変えることは出来ないのか。方向転換もできそうだが」
「コンテスト上の仕様ですね。量産するのにそんな細かい造作をつけてしまうと、不良を起こして大変です」
「ふむ。では――」
「いやそれがこうして――」
アールとグレイプルの話がどんどん熱中していく。
「職人と研究者は紙一重っていうけど」
「ね、似てる。あれ、そういえば格好いい人。ヴィゾさんはいないの?」
ランドがひょっこりと下から顔を出した。
「いつもの場所で飛行練習していますよ」
「なぁんだ――。アール。私たち行くけど、ここに居るの?」
ヴェルの墓参りに付き合うことになっていた。
「ん、ああ」
「夕飯までには宿に帰るね」
「ん」
「じゃあね?」
アールは横目で頷いたきりだ。
「ほら行くぞ」
「バイバイしないと寂しいじゃん」
「またすぐ会うだろうが。道で花を摘むんだろ?」
「そうだった。綺麗な花見つけなきゃ」
「花ならなんでもいいだろ?」
工房を出る。視線を感じて、マグルは横を見た。小道へ入る踵と影が見えた、気がした。気のせいか?
「ねぇ、あたしたちもなにか買っていく?」
「――おう、そうだな。ギルドの隣で旨い肉の店があったぞ。買っていこう」
「もう、肉ばっかり」
墓は湖面を見渡せるところにあった。街からは少し外れたところにある。後ろを見るとシィラ滝の方だけど、水が落ちている姿は見えない。
どこかへ続く道の途中、脇へ反れて数歩いった平たい場所だ。
そんなところに墓がポツンとあった。
小さな平たい墓石に、フレースの名前と死んだ年が書かれている。
「ここだ」
ヴェルは墓石を掃除するでもなく酒瓶を開け、墓石の上から掛けた。土と草に触れた酒精の匂いが、滝から運ばれてきた清浄な空気に混ざる。時間が経った涙みたいな匂いがした。鼻先を優しくツンと、つつくような匂いだった。
ビレステは両膝をついて冥福を祈った。堂に入った仕草と一生懸命に祈る姿は神々しく、見惚れないようにマグルは傍の雑草を抜いた。
「早いわね」
湖の方からヒミグレーヴァさんが歩いて来た。
「ああ。お前は時間を指定した割りには遅かったな」
ヴェルの小言を無視して、ビレステたちを見る。
「あら、貴方達も来てくれたのね。嬉しいわ。とても」
ビレステは珍しそうに足を見ている。昨日のように魚のヒレではなく、今は人間と同じ二本の足だった。靴は履いてない。
「私たちの一族に伝わる魔法でね、魔力が続く限りは人間の足に出来るのよ」
「へぇ。古代魔法か、凄いな。アールさんに言ったら質問がしつこそうだ」
「メシにしよう」
ヴェルがそのまま座ろうとするから、ビレステが慌てて野宿する時にも使う布を敷いた。ラザニ村を出発して以来だから、縫われた模様が懐かしい。思わず指でなぞった。
「濡れちゃうけどいいかしら」
「いいのいいの」
墓の前で杯を合わせた。ビレステも少しだけ酒を飲んだ。苦かったのか、それとも旨いのか自分でも分からない、みたいな顔をした。たぶん後者だ。
「あたし、質問。三人はどうやって出会ったの?」
ハイと手を挙げたビレステにヒミグレーヴァがにこやかに応える。
「フレースが私の寝込みを襲ってきたのよ」
その表情とは対極の言葉が出てきたから、ビレステは思わず口を抑えなければならなかった。




