第66話 波打ち際の美女と飛べない鷲
降って湧いた問題に騒然となる。グレイプルが怒りを滲ませ、ヤルンもそれに同調した。
ヤルンの母親に怪我人の前で騒ぐなと怒られたので、一同は工房に移動する。どさくさに紛れて行こうとしたヤルンは、母親に襟首を掴まれた。
「それで、そもそもそのコンテストはどういったのものだ?」
アールは皆が棚上げにしたことを聞く。ヴェルもコンテストの広告を見ただけで、詳しいところは知らないらしい。シィラ滝の上から魔動機械が飛び立つ絵だったそうだ。
「魔動機械は分かりますね? 魔力を動力源として動く機械の総称ですが、今回はそれで空を飛ぶコンテストが開かれたのです。
より速く、より遠くへ。
主催のギャラル運送は空を使った輸送、空輸を始めるそうでしてね。そのアイデア募集というのがコンテストの狙いになります。賞金が大きいのはそれだけこの空輸に可能性を感じていることでしょう」
「諸侯連合は沼沢地が多いからな、馬車での移動も苦労する場所は多い」
「そんでそのギムレーっていうのは何する奴だったんだ?」
「空輸機械は、魔力で機械を飛ばす機関手と羽で機械を操作する飛空士がバディになって運転します。ギムレーは機関手です」
眼鏡を掛けたランドが言った。ランドは先ほどヤルンの部屋に飛び込んできた男だ。小さくて、ウサギ耳が頭から突き出ている亜人だった。
「――それで、代わりの機関手はどうなっている?」
「今探してますが、正直厳しいです。有力な機関手はもう他でとられているでしょうし。新たな機関手と飛空士の連携、そして機械の調整が必要になります」
「ねぇ。じゃあ、めっちゃくちゃ魔力が高い人が居たら? いい機関手になるんじゃない?」
ビレステの言わんとしている事は、アールとマグルも分かった。
「そうとは限らない。空を飛ぶ動きを理解する必要がある。めちゃくちゃに飛ばしたところで墜落するのがオチだな」
白い翼をもった亜人が、工房の二階から降りてきた。
ビレステの目がぱぁっと開いてパチパチまばたきしたのは、その亜人がさらりとした筆運びで青空を彩る地震雲のようなイケメンだったからだ。亜人は自然な存在感を持っていて、きっと飛ぶ姿は天を突き陽光を浴びる白い雲よりも白く輝くだろう。
「飛空士のヴィゾさんです」
「馬車を想像してみろ。馬と、御者とのバランスが大事なんだ」
「ふぅん?」
ビレステは理解したようなしてないような返事をする。
工房の面々が忙しそうに動き出したところでヴェルが言った。
「そろそろお暇するか。約束もあるしな」
ああ! とマグルは思い出してから、忘れたことなど一度もないとばかりにビレステへまくし立てる。
「そうだった。頼めるかビレステ、風魔法教えるって約束しちまったんだよ」
「別にいいけど。あたしでいいの? アールが教えた方が良くない?」
「風属性魔法を使えるものが教えた方がいい」
四人は虹湖に移動した。
そこなら広い場所がある。街中よりも魔法の種火となる風も通り易かった。
「じゃあいくよ?」
黄色い魔法陣がビレステが両手で構えた杖の先に現れる。
【ウィンドウォール】
風が強く巻き上がる。砂も一緒に巻き上がられたことで、魔法の範囲が正面の四角い空間だとよく分かった。
【ウィンドバレット】
風の弾が飛んでいく。
「こんな感じ」
「凄いな。どんなイメージなんだ」
「風がびゅう。って吹き抜ける感じ」
「よし」
【ウィンドバレット】
しかし発動しなかった。魔法陣も出ない。
「術式を砂に書いてみろ」
アールが術式を確認するが、そこに大きな間違いは見当たらない。つまるところは想像力の問題だった。
「飛べていた時は使えていたんだがな。飛べなくなってから風のイメージが分からなくなったのかもしれん」
「――ではビレステ、風のイメージを書いてみろ」
ビレステが浜に杖の後ろで描くのを、三人が見守る。
「これは虫か? いやすまない。風か、こんなイメージは、聞いたことがないな」
「壊滅的に絵が下手なのか、本当にこれが風なのか分かんねぇな」
「木目に見えるが」
「うるさいなあ。もう描かないよ?」
「悪い悪い。続けてくれ」
ビレステが書いたのは横棒の先が、くるりとめくれたような形だ。ちょうどビレステの杖に似ていた。それが三本あり、一番下だけが下方向へめくれている。
「こんな感じでしょ。みんなはどうなの?」
ヴェルはバネみたいだ。くるくると一本の線が螺旋を描く。
マグルは四角い面が横へスライドするような絵を描いた。
アールは木が風に吹かれている。
「へえぇ。みんなはこんな感じなんだ」
「ビレステのイメージでもう一度やってみろ」
「イメージと言ってもな。これは風がどうしてる状態なんだ?」
「んとね。真っ直ぐ吹いて、途中でくるんって」
「だそうだ」
ヴェルが再度魔法を詠唱する。
【ウィンドバレット】
黄色い魔法陣が出る。風の弾は出たか分からない。出てないように見えた。
「進歩はしたな。この調子ならすぐに出来るんじゃないか」
「あらヴェル、何やってるのよ」
声がしたけど周りには誰も居ない。びっくりしたビレステは杖を抱き寄せ、警戒するウサギのように首を伸ばしてを左右に振った。
「騒がしくて悪いな」
ヴェルの向く先は虹湖の方だ。
少し距離を置いたさざ波の先に女性がいた。頭を湖面に出しながら泳ぎ、徐々に近づいて来る。ぴっちりとした服を着ているから、体のラインが羨ましいほどにしっかり出ていた。豊かな黒髪が、泳ぐたびに水の中でなびく。
「ヒミグレーヴァだ。もし湖に落ちた時は助けて貰え」
「どうもみなさん」
波打ち際で横になった彼女は魚型の亜人だった。下半身に尾ひれが付いている。両手の上に顎を乗せ、興味深そうにアールたちを見ていた。それぞれが自己紹介する。
「日にち間違えてない?」
「間違える訳がない。明日だろう。現地で集合しよう」
「お昼時がいいじゃないかしら」
「分かった。何がいい?」
「魚は食べ飽きたわ。それじゃあまた明日」
ヒミグレーヴァは湖へ戻っていった。
「綺麗な人だったな」
「マグル、気を付けろよ。油断してると湖の底へ引きずり込まれるぞ」
「げ」
「嘘だ」
んだよ。と悪態をつくマグルの隣でビレステが質問する。
「明日は何があるの?」
「命日なんだ。相棒のフレースの墓参りさ」
「もしかしてそのフレースさん。ヒミグレーヴァさんと付き合ってたりして?」
「まあ。二人は認めないだろうが、そうと言っていい」
「うんうん」
興味津々でビレステが頷く。
「でもその話は後だ。もう少し風魔法を教えてくれ」
「分かった」
「魔法を使う時に頭で――」
「でもさ、どうやって出会ったのか分かんないよ。泳いでたわけじゃないでしょ。だって羽があると泳ぎにくくない? あ、空を飛んでたら美女みっけみたいな? でも飛べなかったのよね。ボートとかでしょ。合ってる?」




