第63話 金床娘ヤルン
円形の広間に居る。窓はないけど、階段を降りたから地下だった。馬車と同じく、四角い牢屋が乱雑に置かれている。三つもあったけど、使っているのは私たちが居る一つだけだった。
ビレステは鉄格子を掴み、引っ張ったり押したりしてみる。風魔法で壊すのは難しそうだった。
「ここどこだろ」
ヒックヒックと泣く声が断続的に続き、それが心臓の鼓動と合わさると自分まで不安になる。
「し、知らないけど。私たち攫われたんだよ。殺されちゃうんだ」
女の子はビレステと同じ歳くらいだった。彼女は随分と取り乱して見える。あたしがそうならないのは二度目だからかな。しかも前回は一人きりだった。
「大丈夫だよ。すぐに助けが来るから」
「なにが大丈夫って言うのよ! 全部あのクソ男のせいだ。わたしを置いて行くなんて、有り得る? どうしよう。魔動機械コンテストも近いのに」
なんの話か分かんないけど、頷いておいた。
「うん」
「ああ。もおどうしてこんなことになるのよぉ。やだあ。助けてぇ! だれかあだれかあ!」
「うるせぇぞ!」
ガァン。
階段から降りてきた男が固い棒で鉄格子を叩いた。金属同士がぶつかる音はギィンギィンと反響し、しばらく鳴り続けた。それと泣き声が交じり合い、耳が溺れそうになる。
「なんでこんなことしてるの?」
「へへ。お前まだ状況分かってないのかよ」
見下した目がビレステを嗤う。笑顔でよくここまで邪悪な顔になれるなぁ。
「お前らはこれからボスのところに送られる。精一杯媚びを売れよ。気に入られなかった女共がどうなるかは、俺さえも知らねぇんだからよ」
「送られるのは北と東、どっちなの」
「はあ? 馬鹿にしてんのか?」
「いいから教えて」
「まさか女を助けに女が釣られるなんてよ」
あーはっはっは。と高笑いしながら階段を上っていく。
会話が出来ない人を久し振りに見た気がする。隣で泣くこの子が幼く感じるのも、きっとアールと旅をしているせいだ。
ビレステは蹲って泣く女の目線に合わせてしゃがむ。
「あなた名前は?」
返事は遅かったけど、きた。
「ヤルンよ。あなたは」
短い自己紹介を終える。ビレステはヤルンの胸元をこっそり覗いた。職人が塗り立てた壁のような平たい胸に、僅かに頷く。
うん。金床だ。
捕らえられた時に、占い婆の言葉がよぎったのだ。馬車を覆う鉄格子は揺れる籠。そして酒場で聞いた悲鳴は、金床の呼び声。あのまま親の元へ連れて行ってくれると思ったけど、たぶん違うみたい。イイカゲンな占いだった。
「金床の呼び声」
「え。いまなんて言ったの?」
ヤルンが目を合わせる。垂れ目に潤んだ瞳がたぬきっぽくて可愛い子だ。ビレステはちょっと視線を外した。騒ぎが起きたのはそんな時だ。昼なのに暗くなって当然部屋はまだ明かりをつけていないから、真っ暗になった。
*
二人が裏口につくのはアールの魔法が完成してからだ。
「アールさんは世界の終りまで詠唱してんじゃないかって思ったよ」
どうやらポ帝都で【メテオ】を撃った時に、待ちくたびれたのがトラウマになっているらしい。あれは大きい魔法だから、たしかに短くはなかった。
「それほど――。アールさんは詠唱が長くとも辛くないのか?」
詠唱が長いことが辛い。考えもしなかった。
「考えたこともないな。むしろ、心の静謐な領域に立ち入るような感覚だ」
「ふぅむ。しかし、アールさんはこんな時でも魔法に手を抜かないのだな」
不足なく術式を組み、しっかりと魔力を込める。発動だけするなら、それほど詠唱は必要ないのかもしれない。
「私は想像力がない。だからこの方法しか知らないだけだ」
ヴェルはアールの横顔を見る。その視線には信頼が滲んだ。
「ヴェルは魔法を使えないんだよな」
「ああ。風属性の適正はあると言われたがな。だからビレステさんに教えて貰えるのは助かる」
アールが何か言う前に、マグルが右目でウィンクした。どうやら勝手に交渉していたらしい。まあ害はないからいいだろう。
杖の先に添えていた左手を下ろす。
「よし。じゃあ俺たちも配置につくぞ」
三分経ったくらいでアールが杖を振る。魔法陣が根城の上に出現した。
【アースウォール】
立つ位置より少し後ろ、窪地が始まるところから土の壁がせり上がり、根城をドームのように覆っていく。完全に天蓋が閉まる頃にもう一度杖を振った。
【アースグレイブ】
大量の土の槍が入口を串刺しにする。ちょうど外に出ようとしていた一人の身体が無残な姿で屋内へ押し返された。中から怒号が聞こえる。言葉としては聞こえないが、方々で騒ぎになっていた。
*
目を閉じ、暗闇に慣らしていたマグルとヴェルは裏口からさっと建物に入る。暗闇では一人二人、侵入したところで分かりようがなかった。
「軍がきた! 包囲されてるぞ!!」
マグルが叫ぶ。
「逃げろ!」
呼応するようにヴェルが叫んだ。
「戦え! 戦わなきゃ俺が殺す」
誰かが叫んだ。しかし意志の弱い人間から逃げていき、やがて雪崩をうち、戦うつもりだった人間も巻き込んで裏口へ押し寄せた。
問題はビレステがどこに居るかだ。
部屋に入る。薄暗い闇で目を凝らすと、おっさんが慌てて着替えていた。見たくないものみせやがって。
「きゃああああ。助けてぇ。シヌゥ。殺されるぅ。衛兵さぁあああん」
「下みたいだ」
ヴェルが呟く。
「てめぇ誰だ。グフゥ」
幹部らしき奴を通り掛かりに倒した。気にせず、階段を探す。
「ビレステの声じゃない。依頼の女か?」
どんだけうるせぇんだよ。
建物の中心にあった階段を降りる。牢番は居なかった。
「ここよお! 遅いわよお!」
「静かにしろって」
大剣で鍵を壊す。三回振ってようやく壊れた。
「無事か?」
「うん」
「ほら、ネズミのベルト。次はク、トイレの時も持ってけよ」
げしり。
「痛て。ケツを蹴るなケツを」
マグルが尻を抑えると、後ろから腹に手が回ってきた。柔らかい体の感触を背中で感じる。抱き締められ、不覚にもドキリとした。
「…………ありがと」
「ん、ああ。気にすんな」
ぎゃああああ。
叫ぶ声と同時に呻き声がした。見るとヴェルの前に一人が倒れている。
「こいつがリーダーか?」
そうだとしたら呆気なさすぎる。
「俺が知る訳ないだろ。ほら行くぞ。ビレステ、一階の正面入口を魔法でぶっ壊してくれ」
アールが作ったアースグレイブはもう魔力による硬化が切れている。【魔弾】なら簡単に大きな穴が空いた。ビレステ自身も、素直に出た魔法にびっくりしている様子だ。
「ちょっと待って。早いって」
「急に静かになったと思ったら、怪我してんのか」
「最後に倒したやつの攻撃が当たったか。すまん」
ヴェルが抱える。この暗闇では傷も見えない。
「あとはまっすぐ行けばアールさんのところだ。急ぐぞ」




