第6話 三位一体!
アールが家に向かう途中、孤児院から悲鳴が聞こえた。
午前中に授業をしていた、空き地のテーブルが破壊されている。子供のおもちゃらしき残骸が地面に落ちていた。
どうやら弓を持ってくる時間はないらしい。
アールは方向を変え、孤児院のドアを開ける。【フレイムボール】の詠唱は始めていた。
「スノーラ早くこっちに!」
ビレステの叫ぶ声。
院長のボラとビレステが大きなスコルを挟む。スコルが口の先、建物の隅に小さな子供が一人で縮こまっていた。あまりの恐怖に、壁の方へ顔を向け、無かったことにしていた。
スコルの後ろ、孤児院の壁がぽっかりと空いている。そこから入ったみたいだ。
スコルがぐっと足を溜め、子供を狙って飛び掛かる。
ビレステがその間へ割って入るように跳んだ。目を疑うような距離を瞬時に詰める。
木製の鍋蓋でガードする。簡単に噛み砕かれた。
「ひっ――」
スコルの間に入ったはいいが、武器はない。もう目をぎゅっとつむり、顔を腕で覆う事しかできない。アールの詠唱も終わらない。
「うちの子になにするの!」
ボラはフライパンを大きく振りかぶって殴る。
怒ったのか、スコルが咆哮した。
迫力にボラが倒れる。スコルの意識がそちらへ切り替わる。後ずさりする無防備な足に、嚙みついた。
「ビレステ、スノーラと逃げて」
噛まれながら二人に叫んだ。
引きちぎる勢いだ。
詠唱はどうしたって間に合わない。
「弓があればな」
アールが目の前の木材の破片を掴み、逆さにする。せめて尖った方を下にした。スコルに向け走る。
「いやあああああ」
絶叫するビレステが無我夢中といった様子で手を伸ばした。
伸ばした先で白色の魔法陣が現れた。
――手の先から発射した魔力の塊が、スコルに当たる。
魔法陣は小さく、術式は単純そうだ。
それでも大きなスコルの体に風穴を空け、一撃で絶命させるほどの威力だった。……後ろの壁をも貫いている。
尋常じゃない威力だ。アイゼの【フレイムアロー】でもこうはならない。
「え?」
ビレステは自分の手を見る。透かして、裏返して。何の変化もないことがおかしいみたいに。
アールはボラに駆け寄る。死んでいるだろうが、スコルから離した位置まで引きずった。壊れていない椅子を近くに置くと、ボラはなんとか自分で座る。足からは血が溢れていた。
「ええ?」
酔っ払ったイエピみたいに困惑するビレステに声を掛ける。
「大丈夫か? 初めてバナナを手にしたみたいになっているぞ」
「わたし。あれ?」
落ち着かせようと肩に手を置く。ビレステは静かにパニックになっていた。
「――魔法を使えていた。私の授業を受けていて良かったろう」
どうしてだかアールは自慢げだ。
「うん。……うん?」
少し置いておけば正気に戻るだろう。隅で縮こまった女の子、スノーラはまだそこでぷるぷると震えている。
アールはキッチンから畳まれたタオルを選んで持ってくる。ボラの傷口に強く巻いた。
「有難うアールヴァクさん。痛たた」
「血が止まるまでは、じっとしていろ」
「分かりました」
ボラの呻き声に、ビレステも我を取り戻したようだ。
「ボラさん。ごめんあたし、足が」
「なに謝ってるのよ……。スノーラを護ってくれたの、すごく立派よ」
「でも私を庇ってボラさんが、殺されるところだった」
言っている間にもビレステの目から涙がぽろぽろ出てくる。
「いいのよ。怪我がなくてよかったわ。こんな大きな魔物を倒したんだもの。あなたは私の誇りだわ」
二人がひしと体を合わせる。
「いつの間にか大きくなってるのねぇ」
「ゔうう」
「足だ。死ぬような傷じゃない」
アールが言った。
二人の世界が、構築されている。ぎゅっと抱き合う二人は互いを想う愛に輝いてさえいた。
「私は巡回に戻るぞ」
アールはスノーラを脇から持ち上げ、立ち上がらせてやった。スノーラはぼんやりとアールを見上げ、それから歩くのを思い出したようにふらふらと、ボラとビレステが抱き合っているところへ行く。
「私は行くからな?」
アールがもう一度言った。
三人は一塊になって抱き合った。今はただ互いの無事を喜んでいる。
「……」
さて。弓を取りに行くか。
集会所でアイゼと合流した。孤児院以外に大きな被害はなかったようだ。その頃には門を守っていた衛兵とビゼイルも戻ってきている。
「怪我をしている村人を集めて」
アイゼが言う。
魔法の中でも特殊な【治療魔法】。出来る人は限られているがアイゼは得意な方だった。擦り傷や打撲など軽い怪我を訴える人は後回しにする。
することがなくなった。周りを見るとビゼイルたちが話し合っている。
「原因はなんだ?」
「分からない」
あの規模で魔物が森から溢れてくるのは、少なくともアールが引っ越してからはなかった。
森の調査をするか
冒険者を雇うと金が掛かるぞ
仕方ないだろう
集会所へ誰かが飛び込んできた。スリズルもかくやとばかりに登場したのはスノーラだ。
「助けて。アールさんアイゼさん。早く来て」
「誰か怪我しているのね。ここまで来れないかしら」
反応したアイゼの近くまでスノーラは走ってくる。
急いで、お願い。お願いと両足で交互に地団太を踏む。
「ボラがスコルに噛まれた。止血は出来ていると思うが、診た方がいい」
アールが冷静に言う。
「大変。すぐに治療しなきゃ」
「違うの! ビレステが倒れたの!」




