第5話 アールの魔法
「多いわね」
村の入口に駆け着くと衛兵の二人は門を閉めているところだ。二人掛かりで閉めるほど重いが、丸太で作られただけのものはどうしたって長く保ちそうにはない。
森から出てきた魔物はスリズルと呼ばれるイノシシ型の魔物と、イエピと呼ばれる猿型の魔物がいる。大きな図体のオークに、厄介なのがスコルだ。狼型の魔物は知能も高く、群れのボスは魔法も使う。
「範囲魔法を使う。一カ所で戦ってくれ」
「アールヴァクさん。よかった!」
二人を認めた衛兵が縋るような目をする。
アールの王立魔法研究所という肩書は大きい。
当然ながらアイゼもそこで働いていただけあって、類まれな魔法使いだ。
「村長は居ないのですか?!」
「装備を取りに戻ったわ。すぐに村の人を組織して来るから」
「は、はい」
「時間を稼ぐわよ」
足の速いスリズルがまず突っ込んできそうだ。二人は簡易櫓に登った。
「くらいなさい!」
アイゼが杖を構える。アールの棒切れみたいな杖とは違い、先端に緑色の魔石が付いた杖は長く太かった。幾何学な模様が付いており、下へ行くにつれて蔦が絡まるように折り重なる。
その杖からアイゼは短縮詠唱で【ファイアアロー】を放つ。普段は閉じたような糸目が、この時はぱっちりと標的を見据えている。
先頭の一匹を燃やすと、後続がそれに玉突き事故を起こす。
「おお、すげぇ」
「俺たちもやるぞ」
少しだけ、衛兵の不安が軽くなった
一体で見ればただの弱い魔物だ。次々と先頭を狙って魔物を倒す。討ち漏れたのは丸太の隙間から衛兵が槍を突いた。
普段から訓練しているだけあって、それなりの槍捌きだ。
ドン。
また肉のぶつかる音が聞こえる。門に体当たりしたスリズルを二人が槍で刺し殺す。走ってくるスリズルは迫力があるけれど、案外脆い。素早く走って体当たりすることに特化し過ぎているのかもしれない。
アイゼは先頭を狙って、撃ち続ける。確実に数は減らしていた。
「まだ?」
スリズルの次に猿型のイエピと狼型のスコルがもう目の前に来ている。
アイゼが横目でアールを見る。
右手で持った杖の先端を左手でつまむようにして、ゆるく包んでいる。薄目で見るともなしに魔物の群れを見ていた。
「もう少しだ」
まったく当てにならない言葉が返ってきた。
「大丈夫かぁ!」
村長のビゼイルがやっときた。
有り合わせの武器を持った村人を、四人ほど連れている。
想像よりも少ない。
アイゼが聞くよりも、先に村長のビゼイルが言った。
「柵が崩れているところがあるんじゃ」
どうやら他から漏れているらしい。なら早くここを終わらせないといけない。
「あとで中を手伝ってくれんか」
といっても門は壊れかけている。あと数回攻撃されたら危ないかもしれない。この数の魔物が村に入ってしまえば、掃討するのは時間が掛かるし危険だ。
「行くぞ。付いてこい」
老人とは思えぬ速さで、門の崩れたところから外に出た。手にした直剣でするすると魔物を切っていく。
「まだ出来ないの?」
「あと少し」
エルフの感覚であと少しなら、もうこの戦闘が終わる頃に発動するんじゃないかしら。
ビゼイルは門に近づこうとする魔物を片端から切っていく。
後ろから村人も続いていたが、二人掛かりで一匹を仕留めるのに精一杯だ。むしろその内に囲まれそうだった。衛兵の二人も息を切らしている。
ぜえぜえ。
すぐにビゼイルの動きが緩慢になってきた。奥の方の強そうなオークを一発で仕留めたアイゼも、周りを手伝い始める。声援も送った。
「まだ半分よ。頑張って」
「なんのこれしきじゃ」
剣を振り下ろすビゼイルが少し元気になった。
「ちょっと。本当に早く」
「ビゼイルが動くからずれる」
「いいからさっさとやって」
ぬお。
足を取られたのか魔物の血で滑ったのか。ビゼイルが尻もちをつく。
衛兵の一人が後ろからさっと出てきて、スコルの牙を槍で受けた。
別の角度からその衛兵を狙って、他の一匹が連携してくる。
もう一人の衛兵が横から刺して上手く止めた。
村人の攻撃はスコルに避けられる。
気付けば傍にオークが居た。
しまった。
アイゼは自分が遠距離から仕留めるべきだった魔物を見る。
オークが棍棒を振りかぶる。
そこにスコルが居ようが、オークには関係ない。
危ない。
間に合って。
アイゼが【ファイアアロー】を撃とうとした時だ。
すぐ傍で魔力の奔流を感じた。魔法使いとしての本能が危険を察知したのか、血の気が引く。
【アースグレイブ】
アールが右手の杖をひゅんとしならせる。
一瞬だけアールの周りの空気が薄く濁ったように見えた。魔法陣は杖の先にない。
じゃあどこに?
答えはすぐに見つかる。
巨大な魔法陣が、魔物たちの頭上を覆った。
一瞬の後に魔法で硬質化した土の槍が地面から突き出る。隙間もなく、地面に波紋を打つようにその範囲は広がった。逃げられる速度じゃない。耐えられる威力でもない。
ドリュン。と地面が蠢いたような、例えようのない音がした。
まるで生きているみたいに、土の槍は村人と衛兵を避けていく。
オークは無数の土の槍で刺されて絶命し、軽い魔物は串刺しになった。
半分ほどに減ってはいた。それでもあれだけの魔物を、むしろ物量で圧倒し返すほどの土の槍が襲う。
――たった一度の魔法で。
アイゼでさえその威力に驚いているのだ。衛兵と村人はポカンとして、目下の危機が去ったことに喜ぶことすら忘れる。
はああぁ。魔法って凄いんだな
全部死んでる、よね?
こんなのくらって生き残ってるのはいないだろ
さすが王都の魔法研究所で働いてただけあるよ
ビゼイルは立ち上がろうとついた手の先で、地中に暮らす細長い虫に気付いた。
掘り起こされたのか、虫は迷惑そうにしてまた土の下へ帰っていく。
イオナの娘はとんでもないものを寄越したのう。まったく。おてんば娘め。なにが、魔力だけの無気力エルフじゃ。こんなの戦でもなかなかお目に掛かれんぞ。
なぜだか、笑うのと同時に怒りたくなった。
とにかく今は――。
息を吐き、よっこらせと立ち上がる。
衛兵と村人がざわめく中でも、ビゼイルは不思議とよく通る声を出す。戦場の声だった。
「わしはもう動けん。すまなんだが、村の中を見回りしてくれんか」
体力を使い果たしたのか、急速に老けたようだった。
村人と衛兵も、傷を負っている。
「ふむ。仕方ない」
大儀そうに頷くアールに、じろりとアイゼが視線を送る。
あなたは魔法一発やっただけでしょうが。こっちはひやひやだったんだから。
櫓から降りると、二手に別れた。
「さらっと見回ったら、集会所で会いましょう」
集会所にもなっている村長の家は丘の上に位置していて、もし村の中で被害があれば状況を認識できる。
「気を付けろよ」
「ええ。アールは一度家に寄って弓を持ってきたら?」
詠唱が長いから。と皮肉は言っていない。
ただ心配した。巡回する方面だから、遠回りでもない。
「そうする」




