第4話 ティータイムは落ち着いて?
授業を終えると、寄り道もせず家に帰る。研究の執筆に勤しんではないが、やることもなかった。家はひっそりとしている。アイゼは神樹の世話だろう。
引っ越してきた頃は信じられなかったが、エルフの里以外でもこうして育っている。人によっては興味深いことだろうが、アールにとってはそうでなかった。
やればやれるものだな。
椅子に座ってから、茶を飲もうと思い直した。立ち上がると、折よく窓越しに来客を見つけた。
「授業は終わったみたいじゃな」
白いひげを薄く生やした男が玄関口に立つ。
「ビゼイルか。ちょうどお茶にしようと思っていたところだ」
「ほうか。わしにも一杯もらえるか」
頷き、テーブルに座ってもらう。
村長のビゼイルは去年に五十歳を超えたと言っていた。王都の騎士団に兵士として所属していただけはある。背筋も伸びているし、目の光も強い。残念ながら髪の毛は年嵩よりも老けている。見事につるっぱげだ。神樹をエルフの里の外で育てられるアイゼでも、解決は難しいだろう。
「ビレステは今日も魔法を使えなかった」
ビゼイルは禿げた頭を撫でる。お茶の礼をしてから、一口つけた。
「ほうか。いつか急に出来るようになったりするものではないか」
「どうだろうな」
「ただいま。あら、村長さんこんにちは」
アイゼが帰ってきた。
「お邪魔させて貰っておる。すぐに帰るよ」
「いえいえ。構いませんよ。むしろ構って下さないな。この人、家に居るとぼーっとしてるだけだから」
言いながら、アイゼは自分の部屋へ入っていった。
「この村に住み始めて、もう五年くらいか。王立魔法研究所を辞めた人が来るというからどういうものかと思ったが」
「どういうものだと思っていたんだ?」
村長は気まずそうに目を伏せる。
「イオラさんの娘の紹介というから。そのな、もっと変人で、騒がしい人間が来るかと思っておった」
「なんとも失礼なことだ」
「お茶入ってる?」
野良着から着替えてきたアイゼが食卓に座る。それと入れ替わるようにアールが立ち上がった。
「飲み終わったところだ。新しく淹れようか」
「騒がしい人間ですって? まあ、グレナの紹介ならそうも思うわよね」
グレナ=イオラは王都にある王立魔法研究所の同僚だった。アイゼとアールの出会いもそこだ。
アールが魔法研究所をクビになり、アイゼは神樹の実地研究する場所を探していたところでグレナが「私の故郷なら条件に合うかも」と教えてくれたのだ。
「このまま落ち着いて欲しいの」
ビゼイルの目がアイゼの胸元へ落ちる。
首元が緩やかなノースリーブのワンピース。そのの上から肩掛けケープを羽織っている。ケープをゆったりと結ぶヒモが、大きな胸の上をハンモックのごとくリラックスしていた。肩や肘を動かすと、結び目が右胸に左胸にと移動する。ビゼイルの目も、それに合わせて揺れ動く。
「うん。いっぱい落ち着いて欲しいの」
その瞳には不思議と郷愁を感じられる。彼の亡くなった妻が、それほど大きい胸だったかは知らない。
む。どこを見ている。
アールはカップを置く手を、わざとアイゼの胸の前を通すようにした。
「ありがと」
アイゼがアールの肩に指で触れる。
ビゼイルは腕が邪魔だとばかりに首を左右に振る。それに合わせてアールも腕を動かした。
アイゼがアールの肩に置いた手を戻し、正面を向くと二人の動きはぴたりと正常な動きに戻った。
「村長。村長!」
遠くから切迫した声がする。 何事かと玄関へ向かうと、村人は必死の形相だった。
「魔物が。森から魔物が溢れてきています」
慌てて走ってきたのだろう。息をすると苦しそうに唾を飲んだ。
「衛兵の二人じゃだめか」
先週も三匹の魔物が森から迷い込んだ。ラザニ村の外にある畑を食い荒らそうとしたところを衛兵と町の人間で処理したのだ。
「それどころじゃないんですよ。百体はいます!」
その数は畑が荒らされるどころじゃない。村の存続危機だ。二人の間の空気がぴりつく。一方でアールはいつも通りの無表情だった。
村長は家に戻っていった。集会所で人を集め、組織してくるそうだ。アイゼとアールは先に村の入口へ急ぐ。
「アイゼさんこんにちはぁ」
「家に入りなさい!」
事態を分かっていない子供にアイゼが走りながら声を掛けた。いつもニコニコ、春風のように優しいアイゼが鋭く言うものだから、子供たちも何かを察して言う通りにした。
アールは頭の中で詠唱を始めている。




