第3話 安全第一でやっております
ビレステは魔法が使えなかった。
魔力自体はある。むしろ常人より多い方だ。もちろん、魔力が多くとも魔法が使えないのは珍しいことではない。
魔法は技能であり、魔力が多いか少ないかは体質だからだ。特に名のある戦士は豊かな魔力を持つ人が多い。無自覚に自分の肉体を強化している者さえいる。
けれどビレステは魔法陣を理解し術式まで刻めるのに、魔法が使えなかった。まるで、本人が魔法を拒むように。
アールにも原因が分からなかった。こうして重点的に見ているのは、これが停滞した研究の突破口になるのではないかと期待しているからだ。
そして期待しているという事は、アイゼに言われずとも自分が魔力原論という研究に未練たらたらということでもある。
「準備はいいか」
ビレステは先ほどアールが火を出した場所に立つ。ぎゅっと眉を寄せて集中した。
「詠唱を始めろ」
「うん」
「魔法陣が出来たら、それを発動する」
「出来たよ」
「魔力をもう一度込めろ」
丸い魔法陣が、伸ばした手の前に浮かぶ。
「えい!」
――【フレイム】は初歩の魔法だ。火の玉が出るはずだった。
魔法陣はなんの反応も示さない。散歩中の猫みたいにひょっこりと出て、パッと消えた。
ちらりと見た限りでは、魔法陣に刻まれた術式は正しくできている。いや、そもそも術式を多少間違えたところで《《反応はするのだ》》。
体に纏っている魔力を視る。これで足りないわけがない。
「ふむ」
「私って才能ないよね……」
落ち込むビレステに慰めの言葉を探す。
「こんな事は長いエルフ生でも初めてだ。ビレステは特別な女の子だな?」
ニコリとするアール。
「エルフの人生で初めてってことは空前絶後に才能がないってことじゃない。もういいよ。別に魔法使えなくたってあたし困らないし」
どうやら慰めの言葉も不発らしい。
「そうだな。だが森から魔物が迷い出た時など、緊急事態はいくらでもあるぞ。酔った男に襲われるとかな。まあ」
アールはビレステの体を見る。
年頃の娘にしては控えめな胸は、本人曰く形が整っている証だと言っていたそうだ。加えて尻と太腿の細さが、危険な目に合う可能性を幾ばくか和らげてくれるだろう。
「まあ――。なによ。は? どこ見て言ってんの?」
あぁん?
ビレステが顎をしゃくり上げる。一気に目つきが悪くなる。
元気が出たようでなによりだ。
胸も一緒に出てくれば良かっただろうに。
アールは杖をローブの裏にしまって言う。
「大切なものを守る時がいつか来る。その時に力はあった方がいい。例え敵わずとも、抵抗できれば何かが起きるかもしれない」
「そうだけど。あっ、私も杖があればまた違うんじゃない?」
名案とばかりに指をパチンと鳴らした。
「この前はそう言って、私の杖で試しただろう」
「じゃあ短縮詠唱教えてよ。出来ないのは知ってるけど、やり方は教えられるでしょ?」
「短縮もなにも、出来無いものは短くできない。そろそろ終わりだ」
「はぁい」
妙なところで引き際がいい。まだ子供らしさが残るビレステのそういう大人なところが、心に小石を投げられたような気分にさせる。
「ボラさんにラザニアの礼を言っておいてくれ」
ビレステはもう孤児院へ歩いている。ドアの手前でくるっと振り返った。
「分かった。授業ありがとね、あと今日も魔法出来なくてごめんっ」
ビレステの笑顔に応え、手を一度振った。




