第2話 クソ長エルフ
ラザニ村の広場から離れた場所に、平屋建ての木造の家がちょこんとある。アールとアイゼの家だ。学校は広場へ向かう途中にあるから近い。
それに学校といっても、孤児院の横にある空き地に大きなテーブルとベンチをいくつか据えただけのものだった。そこで大人が色々と教える。
文字は孤児院の院長であるボラが。護身術や剣術、魔物の知識は元騎士団で村長のビゼイル。算数は雑貨屋の奥さんに時間が出来たら教えている。そこでアールは魔法を教えた。
カリキュラムらしきものは当然ない。雨が降れば授業はないし、先生役が忙しかったら授業もなくなる。
だから勉強嫌いな子供は、午前中だけ雨よ降れと祈った。
殊勝にも家の手伝いを買って出る者もいる。
「やべっ、学校に行きたかったのになぁ。今から言っても間に合わないぞ。ちきしょう俺の勉強時間がなくなっちまった。でも家の手伝いが出来たなら後悔はないぜ」
とわざとらしく悔しがってみせた。
みんなで村の子供を育てよう。無理なくね。
というスタイルだったから、種が飛んできて偶然生えたトマトを育てるように。なんとなく始まって、そしてたまに役立つことがあるから、何となく続いている。
ちなみに、今まで子供の出席率はまちまちだった。子供の悔しがる演技を親が見透かしても付き合っていたのは、算数ができたって野良仕事ができれば食べていける。文字だって必要最低限は教えればいい。という考えが根底にあるからだった。
田舎においての学術や教養なんてものは、比べたり役立てることも少なく道楽的なものだ。それなら大根の方が面白いぞとなる。
見ろこのくびれ。
ちょこんと畑から頭を覗かせる姿は、まさに村一番の美少女だ。いやこれは漬物にするから、美少女じゃなく非常食? 馬鹿言ってんじゃない。せっかくこれだけ可愛いらしいのに、うちのかみさんみたいに皺だらけにしちゃ――。あれ、母ちゃん。いつから居たの?
なにより、これで旦那を殴れる、じゃなくて家族を養える。
だが最近、王立魔法研究所から来たアールが魔法を教えるようになると、親たちも子供を積極的に行かせるようになった。それはそうだ。魔法はただ金を積んだって学ぶことは簡単じゃない。家柄だったり、コネだったり。庶民にとっては遠いものだった。
これが無料なら、しかも王立魔法研究所で研究者をやっていたという肩書まである。鴨ならぬ、エルフが魔導書を背負ってきた。さあ起きて顔を洗って行ってらっしゃい。になるわけだ。たくましい親たちである。
「先生来たよ!」
今日は少年少女が混じった八人くらいの生徒数。何人いようがアールの気分は変わらない。
授業は暇潰しであり、そして現実逃避でもあるからだ。
王都にある研究所をクビになってから、なんだかやる気が起きない。短縮詠唱が出来ないという、下らない理由でクビになったせいだ。
「「おはようございます」」
元気な声に手で応える。
「今日も魔法陣に刻む術式の勉強だな。それと授業終わりの魔法練習はビレステにしよう」
「はあい」
今年で十六歳になるビレステは孤児院の子供だ。
焦げ茶色の髪を肩の上で切り揃え、大きく丸い目はくるくると表情を豊かに変える。可愛らしい女の子である。
「魔法は魔力を使って行使する。正確には魔力により術式を魔法陣に刻み、そこに再度魔力を込め起動させるわけだ。魔法陣に術式を刻むことを詠唱という」
難しい話をしているつもりはなくても、子供たちにとってはそうではない。
親の希望なんて、いらなくなった泥団子をぽいっと投げ捨てるように、子供たちは周りの子にちょっかいをかけたり、好きに発言した。気になる女の子をぼうっと見ている子供も居れば、その男の子をちらちらと見つめる女の子もいる。三角関係は未来に紛争の残火を燃やす。もちろんこの物語には関係のないことだ。
「術式ってなんですか」
「先生、短縮魔法を教えてよ」
「やべぇ、母ちゃんに言われてた洗濯忘れたかも」
アールは混沌とした授業風景でも動じない。聞いてもいいし、聞かなくてもいいと思っていた。
「術式は、魔法の説明書だな。どんな魔法にするかを魔法陣に刻む。そうしたら魔法陣がその通りにやってくれる。だから複雑な魔法ほど術式は長くなるし、魔法陣も大きくなる」
「魔法陣にはなんて書けばいいの」
「そうだな……」
分かり易く教えるのは難しい。アールにとっても魔法は難しいものだ。それを子供に噛み砕いてあげるのは、ある程度の熱量がないとできない。
テーブルの一番奥に座るビレステは、爪を点検したり前髪をいじったりしている。緊張しているのかもしれない。だいたい同じ歳くらいになると仕事を始めている。ビレステは孤児院の手伝いをしていて、ボラが目の前でやっているのだからと参加させていた。同年代がいないというのは少々可哀想であった。
「どこから魔法を出すか、そしてどんな大きさでやるのかだ。気を付けないといけないのは、自分の限界以上に魔力を使う魔法陣を作っても魔法は発動しない。悪ければ暴発して危険だ。意識を失ってそのまま死んでしまう人も多くいる」
ざわついたところで、術式の説明をまた始める。
魔法陣に書くべき術式は、偉大な先人たちが既に作ってくれている。あとはそれを覚え、組み合わせるだけだ。アールのようにオリジナルの術式を混ぜる人も少ないがいる。
「よし今日は終わりだ」
用事がある子供はぱっと帰っていく。
「なあ。短縮詠唱やりたい」
男の子がアールのローブの裾を掴む。
「やめなよ。先生は短縮詠唱できないんだよ」
別の女の子が割って入った。
「だって格好いいじゃん」
「先生を放して!」
アールは二人の頭を撫でてやった。
「短縮詠唱は威力が弱いぞ。それに詠唱して大きな魔法陣があった方が格好いいだろう?」
「ええー」
納得いってない様子だ。
「仕方ないな。いいか。例えば」
アールは意識を集中して術式を頭の中で刻み始める。
「まず、短縮詠唱は手から発動する。それは魔法発動の座標を省く為だ。きちんと詠唱すれば発火の位置を指定し、そして綿密に出力を既定することだってできる。また詠唱した魔法には、短縮詠唱とは比較できないほど多くの魔力を組み込める」
「うん?」
「どんなことが出来ると思う?」
「分かんない」
考える素振りも見せずに男の子は言った。
女の子はじっとアールの顔を見つめている。
「精緻な魔法は自由で、どこまでも美しいものだ」
頭の中で詠唱を並行する。
「でも危険だって言ったよ」
女の子が遠慮がちに言った。
危険と自由。そして美しさ。それらは相反しない。
でもそれを子供に言ってもなかなか理解できないことくらい、教師としては未熟なアールも分かっている。
「危険だ。それだけ色んな使い方が出来るということでもある」
「ねえまだ?」
男の子は魔力の流れが見えているのか、アールがさっきから詠唱しているのを理解しているらしい。杖を手に取った。
「もう少しだ」
「詠唱クソ長エルフ」
楽しそうに男の子が言った。どこかの大人が言ってるのを聞いたのか?
ふふふ。
アールの口元が笑う。
子供じゃなかったら魔法でぶっ飛ばしているところだ。よかったな坊主?
「短縮詠唱は魔力の放出に属性を付加した程度だ。もちろん、熟練の魔法使いなら別だが。とにかく、術式を自分で作ると、こんなこともできる」
杖を前に、軽く一度振る。
空き地に魔法陣が浮かんだと思ったら、小さな火柱が上がった。
いや、作られた。
炎は規定された高さ、幅で燃えている。炎というより、赤いボックス。そんな感じだった。
「なんだこれ、すげぇ」
「それからこんなこともだ」
さっきの炎から少しだけ距離を置いて、もう一つ赤いボックスができた。
次々と炎の赤いボックスが現れる。
横棒や、宙に浮かしたり。
退屈そうにしていた子や、地面に棒で絵を描いている子の興味も集まってくる。
「あ、『火』よ。文字だわ」
アールは「火」の文字を魔法の火で作って見せた。
元気な歓声が湧いた。
最初に作った火のボックスからゆらゆらと表面が揺れて、やがて普通の火柱に戻った。ちろちろと頭に行くにつれ細くなり、風に揺れる。
アールが手を払うように動かすと、全ての火柱が一斉に消える。
「今日は終わりだ。勉強したことはもう一度頭の中で思い出すようにしろ」
散っていく子供たち。
その奥からとぼとぼと近づいてくるのが一人。前髪を指で抑えるように撫でている。
「アール」




