第60話 雲菓子 虹湖饅頭 シィラ滝クッキー
ラザニ村の村娘ビレステとエルフで研究者のアールヴァク、冒険者のマグルの一行は魔王城を目指している。ビレステが使う無属性魔法は強力だが寿命を代償としており、その対策の魔法具を探索する為だった。
帝国で一騒動あったせいで魔王城への最短ルートは閉ざされ、現在は別のルートを求めるので諸国連合にやってきていた。
ホタ帝国との国境を東へ越えたのが二日前。乗合馬車から三人が降りる。
都市の向こうに大きな滝があった。大きな建物三軒分くらいの横幅だ。そこから流れる水は川となり、窪地に湖を作った。湖上には薄く朝靄が漂い、それが日を浴びると細かな宝石みたいに輝く。虹の根本にも似ているから虹湖と人は呼ぶ。
ここはシィラという地方都市だ。冒険者ギルドもあり、近くの村落からも出稼ぎに来る人で賑わう。
「すごいねぇ。なんか王国とも帝国とも雰囲気が違う。空気が美味しいもん」
「目的を忘れるなよ。取り敢えずは情報収集だ」
「魔王が産まれたかってこと?」
「子羊みたいに言うなよ」
「それと、魔王城への道だ。魔王が居る場合は勇者が倒すまで待つことになる。どれくらい待つかは勇者次第だな」
「でも帝国の対応は早かったよな。気付いたら勇者召喚してるし。ラディッキ王国も驚いてるだろ」
「もしかしたら、我々の予想より遥か早く討伐されるやもしれん」
一番困るのは魔王が居るかどうか不明で、それでいて勇者がずっと異界へ帰らないことだ。これでは歩みを進めるかどうかの判断ができない。
「おい。ビレステはぐれるなよ」
マグルの声で横を見る。そこにいるはずの栗毛の娘は消えていた。
「ねえ見てこれ。雲菓子っていうんだって」
乗合馬車の客を目当てにしている屋台たちだ。ビレステが見ているのは砂糖を綿状にして木の棒に付けたものだ。小さくて、二口か三口で食べられる。ちょっとした甘いものが欲しい時の手軽なお菓子だ。
「取り敢えず宿だ、宿」
交渉は手慣れたマグルが取り仕切る。すぐに三軒ほどの宿を回ってきた。
「あそこの黄色い屋根にしましょう」
「うむ」
「あと、ビレステ。宿の店主が言ってたけど、ここ数日で二人の女性が人攫いにあったらしい。気を付けろよ」
「ん? 分かった」
「知らん奴について行くなって歳でもないから大丈夫だとは思うけどよ。いや、――」
ビレステの腰に縄を付けてアールさんに持たせるか……。
呟くマグルを白い目でビレステが見る。
「ねぇアール。あたしってば舐められてるよね? そんな二度も攫われるわけないじゃん」
なんか言ってやって、とローブの裾をちょこんと引っ張られる。
「ああ……。しっかりして欲しいものだ」
「それどっちに言ってる?」
「刺さった方に」
あははは。マグルが口を大きく開けて笑う。
宿で荷物を置くと、食事に行く途中で占いと書かれた天幕があった。
「あ、占いって知ってる? 未来とか探し物が分かるんだよ。皆でやろう」
「悪いけど俺は興味ねえや」
ビレステの頬がムスッと頬が膨らむ。
「未来のお嫁さんとか気にならないの?」
マグルはロスクヴァ(故郷のモッツァ村でチーズ小屋を営む娘)のことがちらりとよぎった。そのムスッといじけた顔。パンパンに膨らんだサンドイッチ――。
「信じらんねぇ。未来が分かるっつうなら占い屋をやる必要ないだろ」
「はいはい。アールも、興味ある訳ないもんね」
「行ってきていいぞ。私たちはここで待っている」
「早くしてくれよ」
「一人で行くのぉ」
「行きたいと思ったなら行きなさい」
*
むぅ。
ビレステは気を取り直して歩く。まぁこんなことなかなかないし?
入口に居た人に促され、幕の内側へ潜ると中は意外に広かった。八人くらいで鍋を囲めるくらい。
細長いテーブルの上に水晶が乗っている。その奥に赤いローブを纏った老婆(爺かも?)が居た。
「おや、こりゃあ。悩めるおなごが来たねぇ。キッヒッヒッヒ」
フードの中からぎろりと目が光る。水気がなく、赤く血走っている。
右目は白く濁り、黒目もないから見えてないようだ。ひび割れた声と相まって、目が合うと石化しちゃうんじゃないかと怖くなった。
時間が巻き戻ったように後ずさる。
*
「お、もう出てきたぞ?」
マグルが横で言う。
「二人共、もうちょっと近くで待ってたらあ?!」
ビレステが大きな声で呼ぶ。
「……なに言ってんだあいつ。並んでると思われるじゃんか」
「早く早く! アールっ、お願いっ!」
「仕方あるまい」
*
入口の人に再度促され、ゴクリと唾と不安飲み込み、天幕へ潜る。
「面白いお嬢さんぢゃ」
「あの」
「探し物じゃろ?」
「えっ!? うんうん。そう。なんで分かるの?」
「全部、水晶に出ておる」
覗いてみるけれど、ぐにゃりとピントがずれた老人の萎びた両手しか見えない。
「どこに居るか分かる……?」
「ここから、すこぉぅし、離れたところにいる」
「どっちに行けばいい?」
左目で水晶を一生懸命に見る。白く濁った右目は猫みたいに好き勝手に視線を巡らせていた。斜め上の天井をじぃっと見て、それからぴたりとビレステの顔に止まる。
「あががが、見えた! ふうぅ、よいか」
上半身を右に左に、白い目から逃れようとビレステは動く。白い目は的確にそれを追った。
「はい」
「北じゃ」
「北ね」
「いや、東かもしれん」
もしや適当?
「北東ってこと?」
「北東ではない。しかし気にしゅるな。近い未来、それは分かる。揺れる籠に乗り、金床の呼び声を聞け。迎えがくる」
「揺れる籠、金床の呼び声」
「機会を逃してはならんぞ……」
*
ビレステが天幕を出ていく。
占いをしていた婆の後ろ、天幕の布がごそごそと揺れ、男が入ってきた。薄笑いをしたいかにもアウトローな風体の男だ。視線を合わせ、頷く。
「次の商品だな」
「紹介料を寄越せ」
男が銀貨一枚を指で弾く。それがテーブルの上を転がり、落ちそうになる。婆が慌てて掴むとテーブルの水晶が危うげに揺れた。




