オマケ⑤ 王都からの手紙
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オマケエピソードは公開して数日間は無料掲載予定です。
以降はカクヨムのサポーター限定記事にて配信しております。
それに伴い、オマケエピソードは②から順に、日数を掛けながら、カクヨムのサポーター限定公開へ移行します。
ドドドドドド。
砂埃を後ろにアイゼが走る。
「アイゼさん、こんにちぁ」
ラザニ村の子供たちの挨拶する手が萎む。
父親が家の酒を飲み干し、それだけでは足りずに酒場に繰り出し、テーブルの上に寝っ転がりながら楽しそうに歌っているのを朝に目にした母親と同じ表情だった。
アイゼの怒った表情は垂れた髪が陰になって見えない。これでもたった数分前まではご機嫌だったのだ。
「うふふふ」
上機嫌でアイゼは神樹に水をあげていた。既に背丈は超えている。いまは少しずつ横に大きくなっているようだ。
スノーラは「おっきいブロッコリー」と言ったが、もう少し気品のある言い方は出来ないものかしらね。月の道、とエルフの里で聞いた時はロマンチックな例えねと感心した。
神樹の周りには、水甕を置く台が段々になっている。その手前に小さなテーブルと、丸椅子が二つ。テーブルには後付けした抽斗があり、中には育成日記や資料が入っていた。寸法はぴっちりと隙間がなく、雨が降っても濡れない。
作業を終えると台に近寄る。水甕に水が満ちているのを確認した。水量は決めていて朝と夕方に水甕一つずつだ。残っている八つは既に魔力を込め、月光に一夜晒してある。
神樹に遣る水はただの水ではない。アールの実家があるモイの里で研究した結果、こうなった。
トネリコレと呼ばれる、巨大な神樹。そこに雨が降る。上の葉から下の葉へ、雨水が地に落ちるまで一昼夜掛かると言っていた。村の中心に居座る大樹はなんとその村よりも大きいのだから、誇張には聞こえない。そしてエルフの住む里は魔力が濃い。トネリコレを育てる場所を選ぶのに、魔力が関係すると肌で分かるのか。いまいち信用できなかったある手記にも、そのようなことが書かれていた。
とにかく、今のところ神樹の育成は順調に進んでいる。このまま問題なく行って欲しいけれど。
「アイゼさん」
葉をつまみ、横から厚みを確かめるアイゼにボラが声を掛けた。神樹は家から少し距離を置いた月当たりの良い場所に植えてある。だから孤児院からも近かった。
「ボラさんお早う御座います」
「もうこんなに大きくなったのねぇ」
神樹を見やる。スコルに噛まれた足の怪我はすっかり良くなったみたいで安心した。
「ええ。でもこれからもっと大きくなりますよ」
「まあ凄い。アールヴァクさんから手紙が来てるわ。早く読みたいと思って持ってきたの」
忙しいのか封筒を渡したらすぐに戻ってしまった。その背中を追いかけるように礼を言う。
「どうもありがとう。――さて、どうしたのかしら」
周知の事実だが、アールは手紙など送るようなマメな性格ではない。
放っておけば寝食を忘れて研究に没頭するエルフが。そして少し(エルフの時間間隔においてだ)会えなくても気にしないあのエルフが手紙を寄越したのだ。
くたびれた封筒の角が、開ける前から謝っているように見える。
気にしすぎ?
神樹の葉はまだ十分に生え揃っていない。それでも幹に背を凭れるとちょうど上半身は日陰になった。見上げると木漏れ日がして、気候がもう少し涼しくなるのが楽しみだ。そこで本を読み、育成日記をつけるのがアイゼは好きだった。
スカートの裾を直しながら根に尻を落ち着けると封を指で慎重に開けた。
アイゼへ
ビレステの無属性魔法はやはり寿命を削っているようだ。帝国経由で魔王城へ行き、魔法具を探索してみることにする。魔王、あるいはその幹部が無属性魔法の対策をしているというのは依然として推測の元だが、可能性は捨てるほど小さくはない。私の『魔力原論』が進む気配もあるから爪の先ほど旅程を伸ばすことにした。帝国ではバウム家に寄るつもりはないが、何かあればそちらに手紙を送ってくれ。帰路で回収できる。おそらく。
追伸 アイゼと行ったあの西門近くのレストランはまだ残っていた。あの時食べられなかったバタサーモンの香草ムニエルはやはり売切れだった。どうやら開店と同時に行かなければならないらしい。今度は二人で行列に並ぼう。グレナも近い内に里帰りするつもりだそうだ。ではまた。豊かな土と永遠の愛を祈って アールヴァク=トゥレ
読み終え、一息ついた。名前の文字を親指で撫でる。ひとしきりそうしたら、手紙は折り目の通りに畳み、封を戻した。テーブルの抽斗にしまう。
「なるほどねぇ。魔王城まで行くって?」
それってどれだけ時間が掛かるのよ。半年とか掛かるんじゃないかしら。
私たちはまだ結婚してそれほど経ってなく(エルフにとっては尚更よね)二人の時間が重要で、神樹についても話が聞きたかった。
家の畑も私一人で世話するの?
それも学校で魔法を教えながら?
永遠の愛? 物理的に遠いんだわ。愛は囁くものよ。さっさと帰って来い!
現在地を確かめるべく、急いで地図を取りにビゼイルの家へ行った。
「ビゼイルさん。――ビゼイル?」
家の前でのんびりと日向ぼっこをしていたビゼイルはうたた寝しようとしていた。
「ハッ!」
ビゼイルは立ち上がり、慌てて敬礼した。怒った時のカノート隊長が夢に出てきた。
「は? じゃないわよ。また地図を借りれるかしら。今、すぐに」
「ほげっ。ち、地図?」
分かった分かった。背中にオークでも立ったような圧を感じながら急いで地図を出した。それを奪い取るようにするとまた走っていく。――盗賊だってもう少し遅い足取りで帰るじゃろうに。
家に帰ったアイゼがまたあの魔法を使う。前に使った葉はまだ捨てずに残っていて、すぐに始められた。
「本当に帝国へ行ってるのね」
止まるかと思った葉はそこで迷うような動きを見せた。
「魔法を間違えたかしら……?」
いや、術式はきちんとしている。
葉が再度動いた。南へずるずると下へ行き、ついにはホタ帝国の国境を越え、諸国連合に入った。そこから少し東へ移動したところでピタリと止まる。
「寄り道してるわねっ!! どうしてまっすぐ魔王城へ行かないのよまったく」
杖を持つ手に力が入る。……落ち着きましょう。
アールに手紙を送りたいけれど、行先が分からない。お母さんのところに送れって、帰路が何日になるかも分からないのでは意味がない。
どうすればいいかしら。うぅん。諸国連合にいるアールの知り合いに手紙を託して、渡して貰う――?
時間がどれだけ掛かるか分からない。それに負担を掛ける。
アールの実家に送るのは――。
近くを通ったとしても、用がなければ帰らない可能性が高いのよね。
私が直接行くのはさすがに、あら。
なんでこんな簡単なことをすぐに思い出せなかったのかしら。きっとアールが手紙を送れって書いたせいね。それで考えが引っ張られた。
物置になっている部屋に入る。天井の梁を探すと居た。
「こっちにいらっしゃい」
チイサメフクロウという北部地帯に生息する珍しい鳥だ。アイゼの前腕くらいの身長しかない。魔法使いにとっては縁が深い鳥でもある。親や子供など家族と認めた者の魔力を覚え、追跡する特徴を持っていた。いつまでも子離れ、親離れできない寂しん坊な鳥なのだ。もちろんこの鳥はアールとアイゼを家族だと認めている。
手紙をしたため、それからテーブルの上で首元にしっかりと括り付けた。
「アールの元に運べる?」
ホゥ。
コツコツ。足の爪が歩くたびに鳴る。
「いいこと、手紙を取ろうとした指を噛みなさい。強くよ。できるわね?」
頭を撫でる手は優しいのに、どうしてか圧力を感じる。潰されないか、チイサメフクロウは羽の裏で冷や汗をかいた。
「必ずよ。そうでないと、鍋でも沸かそうかしら」
ホウ……。
ウフフフフ。
その日、ラザニ村の小さな家の窓から一羽のチイサメフクロウがよく晴れた空へ飛び立った。旅をしているエルフの元へ手紙を届ける長い旅路だ。危険で、奇妙な旅路はまた別のお話だ。
いつも私の稚作を読んでくださる方、そしてここまで読んで下さった方へ、有難う御座います。
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