第59話 やばいエルフ
アシュトラの足先がまずマグルに定まった。やれる。とアシュトラは考えた。次にアールを見定める。詠唱しているようだが、短縮魔法の速さには追いつけない。後ろのビレステだけが未知数だった。
力ではない、魔力でもない。底知れぬ何かを感じる。それを無属性魔法で片付けるには違和感があった。
眼前のマグルと呼吸を合わせる。
息が同期し、突っ込む寸前にシャビィが止めた。
「なんだ」
「殺し合いは駄目だよ。シャビィのお友達なんだから」
「……」
誰も何も言わないのでマグルが言った。
「友達なら依頼を取り消せよ」
アシュトラは無言のままだ。かすかに首を振った――、ような気がする。
「そりゃあ悪い奴じゃないとは思ったけど、いったい誰が殺しに来たやつと友達になるんだ」
ビレステが恥ずかしそうに小さく手を挙げた。
「だって敵より友達の方が良いじゃん」
「だから、敵なんだって」
「それにねご主人サマ、負けるよ」
「なぜだ」
私の強さは分かってるだろうと言わんばかりだった。
「だって」
シャビィがアールを見た。
まるで何かに感づいたようだ。アールは顔に出ない程度に驚いた。
――ふむ。
ここら一帯を串刺しにする【アースグレイブ】を詠唱していた。一瞬だ。動きの速い遅いは関係ない。ラザニ村の時と違い、範囲を狭く強度を増し、上に逃れないようにもしていた。
詠唱しているのは分かる者には分かるだろう。だが魔法陣が出るまでそれがどんな魔法になるのか分かる訳がない。
じぃ。シャビィは見えないものを見ようとしているようだった。
有り得るのか?
詠唱の時点でどんな魔法かを見破る。そんな魔法は知らない。あるとしたら料理人や鍛冶職人が弟子にだけ教える伝承魔法のような、秘匿された古代魔法だろう。
シャビィの縦に長い瞳孔が、限界まで横に広がる。
右耳だけをピクリと動かした。まるで索敵するように。
「分かんないけど」
コケていた。ビレステなら確実に。アールは表情を変えずに息だけを吐く。
「無力化するだけだ。殺すつもりはない」
「三人相手に随分余裕だな」
その発言にはマグルの耳もピクリと動く。
「シャビィ良いこと思い付いたっ!」
シャビィの案でギルドに五人が集まった。ギルドマスターがそれを快く貸してくれたのはもちろんアシュトラが居たからだ。
「本当にいいの?」
ビレステがそう聞く。シャビィがうんうんと頷くが、聞かれているのはアシュトラだ。
「さっさとやるぞ。お前こそ、結果には大人しく従え」
「それはいいけどさ。あたしは全然魔力ないけど、アールはちょっとぶっ飛んでるよ? トマトの種を撒いたらミネストローネが生ってしました、みたいな。やばいエルフだよ」
戦わずに、魔力量で決めようと言ったシャビィの考えはあながち間違いではない。
魔法使いとしての実力は魔力量で決まる。それが相場だった。
もちろんアシュトラは魔法剣士で、魔法は彼の実力の半分でしかない。それでも絶対的な自信を持っていた。この方法なら楽に片付くとさえ考えた。
「私からやる」
ビレステの忠告を聞かずにアシュトラは始めた。普通の相手ならそれでよかった。普通の相手なら。
「すげぇんだろうな」
マグルはワクワクするような顔で結果を見守る。
アシュトラが手を伸ばす。細く白い腕は、滑らかな肌の印象を持つが、近くで見るとゴツゴツとして細かい傷が目立つ。抉られたような大きな傷の始まりが肘の奥にちらりと見えた。
立ち会いを買って出たギルドマスターが読み上げる。
「四万七千……!!」
数多の冒険者を目にし、自身も高ランクの筈のギルドマスターが声を大きくする。
「魔力を使って移動してきたからな」
実際、アシュトラは本来なら五万は軽く超える。
「すげぇえええ。っおいビレステ。本当に勝てるんだよな」
「大丈夫だって」
「三人纏めてでいいぞ」
アシュトラが言うが、後ろに居たアールが一歩前に出る。
「時間の無駄だ」
「アールヴァク。魔力量を詐称しているそうだな。これでデタラメが分かる」
なるほど。プリーニの弟だ。
鑑定球に手を伸ばす。
「あ――」
ギルドマスターが言葉を失い、鑑定球とアールの顔を往復した。陸に上がった金魚より口をパクパクさせている。
「なんだ」
焦れたアシュトラがギルドマスターを押し退けるようにして覗いた。
「五十三万? 壊れたのか?」
マグルは嬉しいよりも、ちょっと引いていた。
「あたしやってみよ」
「四千。壊れていない、のか」
「おお。毎日練習してる甲斐あるね。あたしが大魔法使いになるのもすぐだよアール」
「初めは伸びやすいものだ」
「じゃあ俺は、――三千かクソ」
「へっへーん。あたしの勝ち」
アシュトラとの勝負が決まった空気の中で、一人だけがまだ目を開けていた。長い爪をぺろりと舐め、一歩前に出る。
「シャビィもやっていいよね?」
「おう」
マグルが横に動いて空間を作ってやる。
「言っとくけど、シャビィ凄いよ」
先ほどの戦闘を、シャビィが分かっていて止めたなら、私さえ知らない魔法の原理を知っていることになる。S級冒険者がわざわざ連れているのを鑑みると、なにか一芸がある方が自然だった。
鑑定球の前にいるビレステの肩越しからアールは覗いた。
結果が出る。
「298じゃんか」
「凄いでしょ! あとちょっとでサンビャクッ。シャビィが500になったら次の魔法を教えて貰えるの」
「すごいね。シャビィが今使える魔法はなに?」
「目がちょっと良くなる魔法。シャビィこれしないと遠くが見えづらいの」
「どうりで。冒険者ギルドの時も距離近かったし、あたしびっくりしたよ。さっきもアールのこと長く見てたよね」
「……」
「遠いとぼやけるの」
「ジジイかよ」「シャビィは女の子っ!」「そうよ最低!」
「うるせ」
「うるせぇだって? マグルのブス」「ニャハハ。ブス、ブース!」
「……おい。待てこら。逃げんな!」




