第57話 お手てと追手
「早く魔王を倒したいですよ」
ハルキ殿がそう呟いた。
破損が酷かった東の訓練庭は一週間で直った。いまは中隊員たちが直すのが早過ぎるだとか、どうせ直すなら酷い料理を出す食堂の設備だろうとか文句を垂れながら訓練している。
「すまないな。無理やり召喚されたのだ。早く帰りたいのは理解している」
スルーゼは詠唱が途切れないよう注意しながら会話した。ハルキ殿は大隊長が教えた型の通りに剣を振っている。日を追うごとにその剣筋は鋭くなった。これだけ成果が出るなら、訓練も楽しいだろうなと羨む。
「それもありますけど。でも帰還する時はこっちに来た時と同じ日なんですよね」
「そう聞いている。何か用事でもあったのか?」
顔を背けるようにしたハルキ殿を見て、自らの過ちを悟った。
「と聞くのは無粋か。誰だっていきなり召喚されたら戸惑うであろう。ハルキ殿も最初こそ驚いていたが、今ではこうして順応している。素晴らしいことだ」
【アースウォール】
分厚く、魔力で補強した土の壁を出す。
「さて勇者殿。魔法でこれを射抜くことが出来れば、ビールを奢ってやらなくもないぞ?」
ポンポンと土の壁を手で叩いた。我ながらとんでもなく堅いものが出来てしまった。貫けなくて、自信を失わなければよいが。
「僕は一応未成年なんですけどね、いきます」
【魔弾】
「素晴らしいぞハルキ殿!」
【魔弾】【魔弾】【魔弾】【魔弾】
ピュンピュンと。まるで口笛でも吹くように魔法を飛ばす。風穴が次々と空いた。
魔力が抜けたか? ネズミが齧りたがるチーズみたいになった土の壁を、スルーゼは確かめるようにゴツンと拳で確かめる。
「ツッ……。ヨシ。剣で斬ってみてくれ」
「はい」
スルーゼが一歩引く。代わりとばかりにハルキが一歩踏み込み、横に斬った。
真っ二つになった土の壁を見て、うんうんと頷いた。歴代の勇者が魔王に勝つわけだ。
「中尉!」
「?」
「スルーゼ中尉。慣れて下さい」
勇者を伴い魔王城へ行軍するのに、少尉では見栄えが悪い。北部方面部隊の大隊長であるローズルは少佐に、スルーゼも中尉にそれぞれ昇進した。
「ウム。それで」
「やはり聖剣の所在は分からずです」
「王国に聞くしかないか」
聖遺物として、古の神が使ったとされる聖杖と聖剣がある。聖杖は城の宝物庫で厳重に保管されていた。
「聖剣はたしか、ラディッキ王国の勇者が使ったのだったな」
「作戦室が問い合わせていますが、少し時間が掛かるでしょう」
「王宮にあればよいが」
「どうでしょうか。聖杖もそうでしたが、発見されたところから返却するよう要請されますからな」
帝国はのらりくらりとその要請を躱し続けている。道義的には良くないが、魔王が侵攻を開始してから取りに行っては被害が大きくなるばかりだ。
「スルーゼ中尉。手が赤くなっておりますが。どうされましたか」
「ム。問題ない」
「さてはお痛が過ぎましたかな」
ハハハ。と中隊員からも笑いが起きる。
「あの、聖剣がなくても魔王は倒せるんですよね」
「ハルキ殿、失礼ですがそれは甘い考えです。魔王は並大抵の強さではありません。あなたが想像し得る全ての者より、強いのです」
「我々も万全を期す為に準備している。ハルキ殿の生還の為でもあるのだ、どうか理解して欲しい」
「分かりました」
納得できないようだが、納得して貰うより他ない。
「こんな急ごしらえの土の壁が切れたくらいでは、魔王を殺せませんよ」
「……その通りだ。ヤーナー補佐官もやってみせよ」
「ハッ。中尉殿のお望みとあらば」
半分になった土の壁の角を見据える。ヤーナー補佐官は剣を抜くや袈裟に斬った。キィーンと金属が震える高い音がする。角は落ちていない。
何事もなかったように剣を鞘に戻して言う。
「――魔王は並大抵の強さではありませんよ」
スルーゼとハルキが顔を見合わせ、目だけで笑った。
*
冒険者ギルドのある街まで移動した。マグルは知らずに弾むような調子で歩いている。
「なんか賑わってるね。村もちょっと大きそうだし」
「そうだな」
異動でまた金を使ってしまったが、あとどれくらい残っているのかは知らない。つうかアールさんってお金持ちそうだけどな。宿も安くないところに入ってるし。
「どうした?」
「いや。ギルドはこの辺りのはずなんだけど」
しかしここまで来ればどうでもいい。
討伐依頼だ。とにかく討伐依頼を受けよう。
パーティに大魔法使いレベルのエルフがいる。どんな魔物だろうが、遠くから魔法を撃って終わりだ。心配は討伐証明の部位が消し飛んでしまわないかくらいだなんて、これほど美味しい話はない。
「え?」
ビレステが通行人を見て、それからマグルを見る。
ここはもう諸国連合の国境が近い。マグルもそれほど亜人を見ている訳じゃないが、冒険者の間では水棲の魔物と亜人を間違えるのは有名な話だった。
「今の鳥人間だったよ?」
「亜人だ。諸国連合に行けばもっと多いぞ」
「へぇ! 他にはどんな亜人が居るの?」
ピクリと、翼を持った亜人がこちらを見る。
「無闇に亜人という言葉を使わない方がいい。気に障る者もいるだろう」
アールは窘めるように言った。
「そっかそっか。気を付けないと」
「あれか。思ったより小さいな」
マグルが先に冒険者ギルドへ入っていく。それから勇者と魔王の情報を待ちながら、数日は依頼をこなしていった。
ムパ鳥を倒した。
畑を荒らすスコルの群れを追い散らした。
オークを数匹倒した。
アールを魔物に向け設置するとしばらくして魔法が放たれる。マグルが討伐証明を剥ぎ取る。ただそれを繰り返した。
「すげぇ、楽過ぎる。アールさんを連れてくだけで魔物が」
「ねぇ。次はあたしもやってみたい」
「いいだろう。それを最後にして、そろそろ移動しよう」
帝国から追手はなく、またその気配もなかった。新聞は城の厳重な結界を木端微塵にした魔族を扇情的に報じているだけで、ビレステは脱獄したことすら書かれていあなかった。
「じゃあ見に行くか?」
「行ってくるね」
「亜人に絡まれるようなことはするなよ」
「分かった!」
アールは部屋で休憩し、ビレステとマグルが依頼を見に行く。
「簡単なのだぞ」
「分かった分かった。どれにしようかな。薬草採取はつまらなそうだし、これかな?」
ヨルムル討伐依頼の紙を手にしたビレステの後ろで、ふんふんと鼻息を高くする女がいた。
「ねえ貴方。エルフを知らない? 背が高くて髪が緑色なんだけど」
声に振り返るとぎょっとした。
間近に迫った黄色い目は縦に長い瞳孔を持つ。猫の耳が付いた亜人だった。見ると尻尾もある。
「え? なんで?」
「なんで? えぇと、知りたいから?」
「「?」」
「二人で首を傾げんなよ」
シャビィと名乗ったその人はS級冒険者“灰返り”アシュトラの従者だったとは、二人は知る由もない。そしてそのアシュトラがプリーニ(ラディッキ王国は魔法研究所所長)に依頼され、無属性魔法を使うビレステを追っていることはもっと知りようがなかった。




