第56話 白アスパラガスのサラダとオーランドソース
「負傷者を医務室に運べ」
スルーゼたちは火消しに追われていた。中隊の一人を見つけて指示する。
「ヤーナー補佐官を呼べ!」
「叩き起こしてきます」
走り去るのを見送る。
「スルーゼさん、瓦礫に埋まっている人が居ないか見てきます」
ハルキ=サカタ殿は異界の勇者だ。その瞳には義憤が見られた。優しく、真面目な性格は所作や話し振りからも感じる。
どうしようもないのが来ると聞かされていたので安心した。
異界の勇者は強大な力を持つがその性格に難があるらしい。与えられた部屋から出ようとはせず、訓練もやる気が見られない。言い訳ばかりでまずは性根を叩き直すところから始まると。もちろんそんなのは公式の記録には残らないから、若い頃のスルーゼは眉唾だと信じなかった。実際に指導した者の訓練記録を見るまでは、英雄である勇者がそんなわけないと思っていた。
だがハルキ殿はスルーゼが子供の頃に思い描いた勇者そのもので、まだ知り合って間もないのに、一緒に居ると心強かった。この人となら任務を完遂できると確信もしている。
「すまないが頼む」
城は突然の襲撃に慌てふためいていた。しかし指揮系統がしっかり機能しだすと、続々と集まってきた野次馬を整理するまでになっている。
「スルーゼ少尉殿ご無事でしたか」
塔の近くにいた四人が集まってくる。
「飛んで行った時はいかに悪運殿といえど、もう駄目かと思いましたよ」
中隊員の心配そうな視線を受け止める。
「私もだ。まさか無傷とはな」
「今回ばかりはその悪運に祈らせてもらいました」
「よくぞご無事で。守って頂いた命、必ずや役に立たせます」
「とにかく今は負傷兵の救助だが、それも落ち着きつつある」
「本部からの指令は」
「待機だ。襲ってきたのが魔族なら、来るのは北の方からだな」
「ハッ。では北を警戒します」
結局、朝を迎えても襲撃はなかった。ヤーナー補佐官が小走りでやってくる。
「先ほど、フッラ殿の死亡を確認しました」
「ウム」
あの超巨大魔法による衝撃でヘイズルー殿の研究室が破損、薬品が混ざり合い爆発した。その爆発音はスルーゼにも心当たりがある。かなり大きな音だった。それに巻き込まれたらいかに彼女でも防御しきれなかったらしい。
「それとヘイズルー殿の研究室から、禁止薬物の類が多数見つかったようで」
「処分は免れぬか」
「おそらく」
ヤーナー補佐官の予想は正しかった。彼は後日、牢に送られることになる。もっと悪かったのは研究計画が露見したことだ。勇者の心臓にあるであろう無属性の魔石を取り出すというもので、それが陛下の怒りを盛大に買った。
「ビレステ殿のことは」
「うやむやになるよう仕向けておきました。元々がおかしかったですから」
「ウム!」
私の補佐官はこういう仕事ができるのだ。
「今日はこのまま徹夜ですか」
「仕方あるまい。城壁を直すのは土魔法で応急処置ができるが、城の結界は時が掛かる。今は城の魔王使い総出で再構築しているそうだぞ。私の部隊からも借りていったほどだ」
「承知しました。少尉殿秘蔵のショコラでもあればもっと頑張れるのですが」
「ふふ。我々軍人のやる気は魔族が持ってくるさ」
「せめて臣民の喜ぶ顔にして頂きたいですな」
「大隊長殿の笑顔ならあるだろうが」
魔族が来たら一番に喜びそうだった。大隊長ほど書類仕事が似合わない男もおるまい。
「有難く、そして断固として拒否しておきますよ。では小官も行きます」
巡回に加わる背中を見送る。はて、とスルーゼの首が傾く。
どうしてショコラを隠している事を知っているのだ――?
*
ビレステの拘留と脱獄がうやむやになったことを知らない三人は、ポ帝都から南にあるシロアス村に居た。既に二つの村を通過している。
「ここまで来れば一安心だよな」
途中からは馬車も出ていて、移動は順調だった。それにラディッキ王国より道の整備は進んでいるから、歩きやすくもある。
「逃げられはしたが、魔王城からは遠のいたな」
「遠回りでも、ラディッキ王国から行けばよかったね」
「そうだな」
「いやいや、北部地帯を回って魔王城までって自殺行為だろ。ビレステなんてすぐに丸焼きの丸かじりだぞ」
「じゃあこっち来て正解だったね」
「一応諸国連合からも山脈を抜けるルートはあったはずだが問題がある」
「危険なの?」
宿の食堂だ。冒険者がテーブルを二つ使っている以外は、人もまばらだ。ビレステたちは名物の白アスパラガスのサラダを食べていた。葉物野菜と蒸かしたじゃがいもが添えられている。
「むしろ安全と聞く」
「じゃあ何です」
上に掛かったソースが美味しくて、マグルは皿をじゃがいもで綺麗にしている。
「場所が分からない。山道ではなく、山脈を穿つように作られた洞窟だ。分かったとしても、諸国連合の王に許可を貰わねばならない」
ラディッキ王国で発行された通行証は、諸国連合では使えない。
「へぇ。このソースめっちゃ旨くね?」
「ねぇ。あたしびっくりした。これならスノーラもサラダ食べるかも」
嬉しいこと言ってくれるじゃない。後ろを見ると、シェフの格好をした女性が居た。
「このオーランドソースはね、卵の黄身とレモンのしぼり汁に、肉の脂身を熱して濾したのを何度も繰り返したものを加えるの。あとはそれをひたすら混ぜるだけ」
「手間掛かってんだな。どうりで旨いわけだ」
「諸国連合でも似たようなものは食べたが、ここほどではないな」
「だろうよ。グルメさんたちはどっから来たの」
ビレステとマグルがどう答えるべきかと思案する中、アールは平然と答えた。
「ポ帝都からだ」
「聞いたわよ。勇者様が召喚されたんでしょ」
勇者が召喚された?
確かに前回はラディッキ王国が召喚した。順番は交互なのでホタ帝国が召喚する番だが。あまりにも早過ぎる。魔王が出現するまでこの世界に居ては、それこそビレステじゃないが寿命を迎えるのではないか。
「本当か?」
「召喚の虹が城へ下りたって、この前の新聞では持ち切りだったよ」
鍋に呼ばれて、シェフの女性は厨房に戻った。
「へぇ凄いね。あたし異界の勇者を見てみたい」
「……」
これは不味いな。
「勇者かぁ。強いんだろうな。あれ、つうか魔王も居ないのになんで召喚されたんだ」
「残ってる魔族を倒して貰うんじゃないの」
「それは冒険者でもできるぜ?」
「時期が早過ぎることを置いておけば、魔王が復活したのだろう。だとしたら、面倒なことになる。魔王城には近づけない」
「え、あたしの魔法具はどうすんの?」
ビレステの、ではなく正確には借りるのだが。
「勇者が倒すの待つか。さすがに魔王がいる魔王城へ近づかないですよねアールさん?」
研究したいとか言い出しかねなくて、マグルは恐々と尋ねた。そんなの命が幾つあっても足りない。
「うむ。待つのはいいが、金がない。かといってラディッキ王国へ帰るにも帝国を経由するか。諸国連合から海路で行くしかないから結局金はかかる」
「アールの実家って諸国連合だったよね。しばらくそこに泊まるのは?」
マグルがやれやれと顔を振っているのに二人は気付いた。
「おいおいお二人さん、金がないって? じゃあやる事は一つでしょ」
冒険者のマグルにとって、それは本当に簡単な話だった。




