第53話 ”悪運” スルーゼ
ぼんやりとしていたビレステは声の方を向く。
「こんにちは?」
「腹は減ってないか? 菓子を持ってきた」
鼻がツンとして、まつ毛がふさふさとまばたきする度に動く。お人形さんみたいな人だとビレステは思った。表情がなければ取っ付きにくそうだけど、シャープな目元の優しげな皺を見つけると、この人は良い人だと勝手にビレステは思った。
「あなたは誰?」
「スルーゼ=ヴァルク少尉だ。まずは帝国軍人として謝らせてくれ、すまない。襲われたところを勘違いで逮捕されたそうだな。部下がその場を見ていた人からも聴取して、あなたの話と照合済みだ」
「本当よ。気付いたらここに居たの。ねえ早く出して」
「拉致まがいだ。大丈夫、簡単な調書を取ったら解放する」
「その調書を取る人が来るのに、時間が掛かるんですよね」
「そうだ。嘘ではない。マグルと、もう一人エルフの知り合いが居るのか」
「そうだよ。早くしないとアールがブツブツうるさいのよ。ねぇ。あなたは女性なのに軍人なの? 凄いね。お話を聞かせて。しかも偉い人なんでしょ?」
「少尉だ。偉くはないが、二つ名が付いている。“悪運”スルーゼと呼ばれているのだ。まったく初めに言ったやつを引っぱたきたいな」
「運が悪いの? 私も運はとびきり悪い方よ」
そのようだな。と牢を見回しスルーゼが続ける。
「悪運は自分にもそうだが、周りにもだ。母上は私を産んで、一月も経たずに亡くなった。戦地から帰還した父上はたまたま現れた魔物から私を庇い、その傷で亡くなられた。まぁ、父上に関しては魔族との戦争で受けた傷があったから私のせいばかりではないが」
ゴソゴソとショコラマフィンの封を開けるのに苦戦する。やっと開いたと思ったら、淀んだ空気の塔には不釣り合いな甘い匂いが広がった。ゴクリと喉が鳴った。
「それから色々あって、今の上司である大隊長殿に育てられることになった。軍に入るとこれまたな、落盤でレッドドラゴンの巣穴に落ちたり、演習場所をアルクヴォという巨大な鳥が襲ってきたり。それでも生き残れたから悪運なのだろう」
「うわあ。なんだか。すごいって言っちゃ駄目よね」
「ビレステ殿のご両親は健在か?」
ショコラマフィンだ。よかったら食べてくれ。と牢の隙間から渡した。
「ううん。いいえ、たぶん。えっとあたし孤児なの。両親は孤児院に置いてそのまま旅を続けてるみたい」
「そうか。それはすまない。きっと、のっぴきならぬ事情があったのだろう」
死んでいる可能性の方が高いだろうが、スルーゼもそれを言うほど野暮ではない。
「いいの。でもここに来てよかった。ヘイズルーさんが帝国に両親が居るか魔法で探してくれるっていうのよ。その為に後でちょっと血をあげるんだ」
「む。そんな魔法があるのか」
「これ食べていいの? うわあ美味しそう。スルーゼさんもどうぞ」
「いや、これはビレステ殿への詫びも兼ねている。どうか遠慮しないで食べて欲しい」
「一緒に食べた方が美味しいじゃない。アールは甘いものそこまでだから、こういうお茶会みたいなのやらないの」
はい。どうぞと箱を向けられる。鉄の意思を持つスルーゼだが、文字通り甘い誘惑に逆らえなかった。
「そうか。――すまない。むぐ。んまい!」
一口食べて目を大きくし、顔がパッと開いたスルーゼの顔を見て笑う。ビレステも同じような顔をしたからお互いに笑った。
「喉渇くね」
「そうか。水では、この菓子に失礼だな。ヤーナー補佐官。すまないがコーヒーを淹れてきてくれ」
言ってから自分でやればよかったと思った。
ほれ見たことか、兵士二人の笑い声がここまで聞こえる。
「おいお前ら、勘違いするな。これはビレステ殿の為だ。――勘違いするなよっ!」
*
「アールさんの当てってここですか?」
アールとマグルはその家の前に立っていた。ポ帝都の住宅が密集しているエリア。小さな公園もさっき通り過ぎた。
「ああ。そろそろ起きている頃合いだろう」
一見すると普通の民家だった。小さな庭が付き、その分だけ両隣の民家と比べると小さい。
昨夜、城から脱出した後は荷物を纏めマグルが泊まる宿へ移動した。朝まで時間を潰す間、アールさんは険しい表情を崩さない。それぐらい厄介な取引相手なのだろう。マグルはタフな商売人を想像した次に、ローブを纏い気難しげに眉をひそめる、老練な魔法使いを想像した。どちらにせよ、ビレステを城から救出するのに強力な助っ人のはずだ。
息を吸い、吐く。
それから意を決したようにアールはドアをノックした。
静かな足音。カチャリ。出てきたのは白髪の女性だ。二人を見て驚いていた。それから、「あらあら」と表情を柔らかくする。
「レーゲンス。アールヴァクさんが来たわよ」
おお!
ドカッ。何かを蹴飛ばした音にドタドタと急ぐ足音が続く。
「ん? アイゼはどこだ……?」
「久し振りだな。レーゲンス、クノーブ」
「お前はどうでもいい。アイゼは来とらんのか」
中肉中背より、少し細い男だ。マグルと、レーゲンスと呼ばれた白髪の男の目が合う。
「まさか息子か?」
「髪色がどっちとも違うでしょうよ」
クノーブが窘めるように言った。アールは緑色、アイゼは金色で、薄茶色にはならない。
「さあ、こんなところで話さないで家に入りなさい」
「マグル、この二人は私の妻、アイゼの両親だ。城で務めていたこともある。内部にも詳しいだろう」
「初めましてマグル=シグローです」
レーゲンスはアイゼの不在が不満そうだが、それでも正面から挨拶されると反応せざるを得ない。
「どうも。レーゲンス=バウムと妻のクノーブだ。それでアールヴァクよ、子供はどうだ」
アールは耳の上らへんを片手で揉み、ため息を殺した。
「そうせっかちにならないで」
「大事なことじゃないか」
まぁ、そうなのよね。二人がじっとアールを見つめる。
その視線と圧に、マグルは理解した。アールさんが来たがらない理由だこれ。
「まだだ」
「なにぃ貴様。アイゼが気に入らないとでも言うつもりかぁ!」
「仕方ないわ。巡り合わせよねぇ?」
「うむ」
アールさんが押されている姿はきっと珍しいだろう。
「あの横からすいません。緊急事態でして、ビレステを救うのに手伝って欲しいのです」
「ビレステ……。女の子かっ?!」
「だから娘じゃない」
「――!」
クノーブお茶を出しにキッチンへ行き、ガックリと肩を落としたレーゲンスは朝食の皿を片付け、カップを用意した。
「しつこいと嫌われるわよ?」
奥さん手遅れです。とはマグルには言えない。代わりに助け船を出した。
「エルフは子供が出来づらいって話は聞きますけどね」
「巡り合わせよねぇ」
もう一度クノーブが言う。
その目が、巡り合うまでヤレばいいじゃないねぇ、と一番ドギヅイことを言いだしそうなので大人しく引きさがった。
「あ、はい」
お茶を飲みながら、アールが事情を説明する。マグルから得た情報も併せて整然と話してくれたので、自分の中でも整理がついた。
「助け出すまで協力はいらんのだな」
「城と、張られていた防御結界も見た」
「いやいや。城に張られた、しかも首都のポ帝都ですよ?」
「問題ない」
「破れなかったらどうするんですか」
「破れる。その心配より、マグルはどうするか考えろ」
「ベリドは追う。フアとも約束したから。でもその前にビレステを逃がすことを優先しますよ」
拉致されたことに、マグルは少なからず責任を感じていた。
あの時宿に返していれば。アールさん曰く、ビレステは取り敢えず口先で承諾するクセがあるらしい。それでいて自由に振舞うのだと困り顔をした。それでも自分がフッラより強ければ問題は起きなかったはずだ。
「ポ帝都を脱出する協力はいいが、魔王領方面は無理だろうな」
「無理か」
「読まれてる上に、魔物が暴れているというのは本当だ。ポ帝都に来るまで護衛を雇うくらいなら、その道を通るのは危険だな。王都への道も待ち伏せされる可能性がある。取り敢えず諸国連合の方に向かったらどうだ」
それから四人で綿密に計画を練り、今夜の内に決行することになった。
月が雲に隠れた夜は都合がいい。アールはポ帝都からほど近い玉ねぎ山に立った。麓から少し登ったところに、ちょうどいい平地がある。詠唱はポ帝都の街を出た時から始めている。――これほど大きな魔法を撃つのは久し振りだった。




