第52話 スウィン通りのショコラマフィン
ヘイズルーの研究室は奥に手術室を構えている。そこは魔物も拘束可能な大型の手術室だった。手術室だと知らなかったら、敵兵を拷問する為の部屋だと思うだろう。
娘の胸から無属性の魔石を取り、フッラに移植する。魔石がなかったら無駄骨だが、その時は不運な娘が一人死ぬだけだ。
「捕らえました」
フッラは手術室の扉から出てくる。扉は一見すると戸棚にしか見えず、城の外へ繋がった。出るとすぐに川があり、死体を流すのに便利だった。川に浮かぶ死体のほとんどは利用価値を失くしたものか、研究の邪魔を趣味とする正に悪趣味な人間だ。そんな人間には親切にも他の趣味、川下りのレジャーなどを教えてやっている。感想は一度もこちらに届いていないが、きっと満足していることだろう。
「では計画に移そうか」
「問題があります」
ヘイズルーはフッラに目を向ける。戦闘した後か、随分と肌が汚れていた。
「もう休憩が必要かね」
フッラは火属性の魔石の力で心臓を動かしている。元々弱かった心臓が酷使され、ついには機能不全を起こした時にヘイズルーの目に止まった。
心臓に取り付けた魔石がなかったら既に死んでいる。ただし制約がないわけもなく、魔石に自らの魔力を充填する必要があるから長時間の行動は出来なかった。
「あと少しだけ動けます。スルーゼに気付かれました。それとマグルという冒険者もこちらを追っています。訓練庭にまで来ました」
「スルーゼ少尉にはなにも出来んよ。その冒険者もな。ただせっかく招待したのに解放されては面倒だ。北部方面隊と仲のいい尋問官がいる。そいつにはしばらく野盗に掴まっていてもらおう」
「承知しました。それと、ベリドが報酬を要求しています」
「ベリド?」
「実行役に使った手駒です」
「そうかそうか。よくやってくれた。呼べ」
初めて下水道から出たネズミみたいにベリドは警戒した。自分を探す人間であふれた城の中に入るなど、正気の沙汰ではない。貰うものを貰って、さっさとねぐらに帰りたかった。
「残ったのは俺だけだ、報酬は俺が総取りでいいよな」
ふてぶてしい態度に変わったのは、ヘイズルーの手に持った袋を見たからだ。
「報酬か」
袋をポンッポンッと小さく跳ねさせ、勿体ぶるように言う。
「おいおい。ふざけんなよ。どれだけ血が流れたと思ってんだ。ウバソも死んだんだぞ。俺は出るとこ出たっていいんだぜ?」
「ははは。どこに出るんだお前が。憲兵か、それとも軍か。……捕まって終わりだ!」
命を懸けた仕事だった。引き下がれる訳もない。
「いいからさっさと金を渡せよ」
空気がぴりついた。
「ノコノコと追われてきた無能が。そんなに出たければ足抜けさせてやる。さっさと消えろ」
初めから報酬を渡すつもりはなかった
「このくそやろう……。死ねっ!」
弓を構えた時には、フッラが動いていた。
*
スルーゼの朝は早い。少し固いが清潔な枕の上で、ぱっちりと目が覚めた。短い睡眠を終えると、すぐに身支度を整え軍務に服する。軍務といっても今は待機中だ。大任が控えてのことだった。
大隊の執務室で大隊長のローズル少佐と挨拶を交わす。意見を求められ、しばらく話し合いになった。相変わらず声の大きな方で、朝に会うと耳が痛くなる。
「スルーゼ少尉。お早う御座います」
廊下で待っていたらしい。
「おはようヤーナー補佐官。昨夜の娘はもう解放されたか?」
「その事で報告なのですが」
「どうした」
「尋問官が行方不明になっておりまして」
「よもやヘイズルー殿が? いくらなんでもやり過ぎだろう」
「別の尋問官を休暇から呼び寄せていますが、二日は掛かります。申し訳ありません。昨夜の時点で強行しておけば」
直立したヤーナー補佐官は責められない。
「仕方あるまい。今は帝国内部で争っている場合ではないのだ。火種を作ることはローズル少佐殿も望んでいない。だからこそ、無実の者を拘留して何かあっては一大事だぞ」
「釈放まで二名、二十四時間体制で見張ります。加えて尋問官の捜索も」
「ふむ、厄介な仕事が増えたな。ローズル少佐から本部の人員を借りられないか具申しよう」
出たばかりの執務室に戻る。
「ハッ。それまでは小官が責任を持って監視します」
「娘のところには後で私も行く」
雑事を済ませ、黒パンとマッシュポテト、太くて短いブルストの遅い昼食を取っているとふいに思い出した。娘はちゃんとご飯を食べているだろうか。何の目的かは分からないが突然拉致され、食事もままなければ悪運もいいところだ。ヘイズルー殿には追って沙汰があるだろうが、軍属ではないので少し時間がかかる。
「スルーゼ少尉殿」
第二東突塔を見張る中隊員に敬礼を返す。
「少尉」
後ろからヤーナー補佐官が追いかけてきた。
「少し挨拶をしようとな」
「ちょうどようございました。こちら、ビレステさんに差し入れる為に買ってきたショコラマフィンです」
「ほう。ショコラマフィンとな。その箱は見たことがある。スウィン通りの焼き菓子屋だな」
甘味にうるさいヤーナー補佐官が選んだのなら間違いないだろう。
「少尉殿に渡したら、悪代官もかくやとばかりに無くなっていくでしょうな」
「む」
「おい、少し黙っていろ。少尉殿は次に熱いコーヒーをご所望されるぞ」
「お前らは黙って見張りが出来ないようだな。これはきちんと、滞りなくビレステとやらに届くのだ」
長槍を持った兵士と、魔法の杖を持った兵士がそれぞれ直立する。
「失礼しました!」
「元気そうだな。休養はもう終わるか? まったく」
「一口までですよスルーゼ少尉」
箱を手渡し、真面目な顔でヤーナー補佐官までもが言った。
「食べ掛けを渡す恥知らずが居たらばこの私が斬り伏せてやる」
「では小官が光の剣から少尉をお守り致します」
光る鋼と書く珍しい鉱石を使い、スルーゼの剣は鍛えられた。魔力を流すと光るが、それ以外に機能があるわけではない。華美な装飾も合わせて貴族的な剣だが、帝国から期待されていると思うことにした。
中隊からはスルーゼの剣術を含め、暗い夜でも便利な光の剣として敬われている。同時に、光っていると狙われやすいことは部隊員一同が内緒にしていた。
「さすがは補佐官殿だ。命がけで上官を守るとは帝国軍人の鏡だな」
無視して進む。古びて重たいドアは油が必要な様子だった。塔は地下を含めて五階層ある。一階には牢が三つあり、その一つにビレステが居た。
「失礼する。ビレステ殿」
スルーゼが表のドアを開けたままにしたのは少しでも外の空気を入れたかったから。何も言わなかったが、ヤーナー補佐官が見張りの兵に少し距離を取らせた。




