第51話 まるでオークのような叫び声で
「死ぬ前に言い残すことは?」
直剣の先が心臓に向いてる。返答を待つ気はないらしい。
「死なねぇよ」
マグルの首を捕らえた手首を掴み、そこを支点に頭を蹴った。首を痛める覚悟でやったが、なんとかなった。肺で息を吸って、即座に飛ぶ。体を回転させ、大剣を全力で振り下ろした。
「グゥ」
まともに受けた。手首でも折れてくれたら良かった。また蹴りが来る。今度は読めた。太腿で受ける。
「いい加減に。しろ」
連続攻撃。速く、緻密で、マグルは防御するのに精一杯になる。腕から血が垂れる。肩を刃が掠める。指を狙われ、なんとか避けた。夕立が突然止んだように、連続攻撃が収まった。そう思った。
女が二歩下がる。直後に胸の前で魔法陣が現れる。
【フレイムランス】
火の槍が飛んでくる。
死ぬ!
【アースウォール】
目の前に土の壁が現れた。火の槍がそこに刺さって止まる。
「なに?」
「何をしている」
横を見る。二列で並ぶ兵隊と、列から先行するように二人が居た。喋ったのは女の方だ。結んだ金髪がヘルメットの後ろから垂れていた。
その隣には軍人らしい真面目くさった顔をした軍人が控えていた。影が薄いのか存在感があるのか、よく分からない男だ。気を遣うような視線に、どうやたら偉いのは女の方らしい。
「侵入者が居たから、排除しようとしただけだよスルーゼ少尉殿」
「しかし。いきなり剣を向けることはないだろう」
「襲われたので」
「おい嘘つくな。こいつが仲間を拉致したんだよ」
ムッ。と女がこっちを見る。
「スルーゼ=ヴァルク少尉だ。失礼だがそちらは?」
「E級冒険者のマグル=シグロ―。こいつが俺の仲間を拉致した。そこの塔に居るはずだ」
「スルーゼ少尉。第二東突塔は犯罪者を収監する場所です。主に重罪を犯したものだったはずですが」
「フッラ殿。説明願いたい」
薄気味悪い女はフッラと言うらしい。
「不法侵入した犯罪者の言う事をお聞きになると?」
「この者は改めて取り調べぅ――」
スルーゼが話す途中で、フッラが消えた。来る。
話をして気が緩んでた。マグルは身構えるのが遅れた。
剣と剣が当たる音がする。目の前で庇うように、女の軍人、スルーゼが間に入った。
「もういい。さっさと始末してこの話は終わりだ」
「ビッッッックリしたぞっ! 落ち着いてはなしうぉ」
キンキンキン。
フッラの素早い攻撃が後ろのマグルを狙うが、スルーゼは全て打ち流した。マグルは受けるので精一杯だった攻撃をスルーゼはその場で打ち流している。前に出る余裕さえありそうだった。
応酬がさらに激しくなる。
「この。どけっ」
「だから待てと言っている!」
フッラが舌打ちをした。
抜けないと判断したのか二歩下がる。
「魔法が来るぞ!」
マグルが叫んだ。
「なに?」
【フレイムボム】
ボンッ!
【アースウォール】
火が爆ぜる音の後に爆風が土の壁の横を流れる。
「どわあああああ!!」
すげぇ。詠唱された魔法を短縮魔法で防いだ。
耐久性はないのか、直立していた土の壁は端から毀れ、すぐに崩れた。フッラは驚いたような顔をして、それから忌々しいとばかりに眉を寄せる。
「犯罪者を庇うおつもりですか。軍法会議に掛かりたいようで」
スルーゼの隣に立っていた男が一歩前へ出る。
「皇帝陛下の御前でこんなことは許されません。フッラ殿はヘイズルー殿の指示で来られたようですし、軍法会議彼にも来て貰いましょうか」
ヘイズルー!
ウバソが死の間際に言っていた。そいつが親玉だな。
「……」
親玉の名前を呼ばれたフッラが決まり悪そうにしたところで、ようやくその人は来た。
【アースウォール】
マグルの立つ地面がせり上がる。
「マグル。こっちに来い」
アールは城壁の上から言った。同じように地面を隆起させてその位置まで上がったようだ。
土の壁を次々と出し、城壁の上へ続く階段のようにする。マグルは飛び移っていき、城の敷地から出た。
「アールさん。ビレステはあそこに」
小塔を指す。アールは赤い顔で何度か頷いた。
「今は逃げるぞ」
「もしかして酔ってます?」
「酔っていた、だ」
「信じられない。俺たちがどんな想いで」
「仕方ないだろう。探してるのはお前たちで、私はただワインを飲んでいたところだ」
「あそこにベリドも居るはずです。やっぱりちょっと行ってきます」
「待て。行っても捕まるだけだ。顛末も聞きたい。今は帰るぞ」
「……」
戻ろうとするマグルにアールが続ける。
「行ったとして、どうやって脱出するつもりだ。相手は帝国軍だぞ」
くそっ。と悔しそうにしたマグルとアールは近くの屋上に下り、そこから闇へ消えていった。
*
マグルと名乗った男と、突如現れたエルフの二人が消えた。後は憲兵の仕事だが、捕まえられないだろう。
「フッラ殿は、消えたな」
視線を戻した頃には居なかった。後で拉致された娘を確かめる必要がある。おそらくは、先にヘイズルーが私に捕まえさせようとした無属性魔法を使う娘だ。もし違法に連れて来られたなら早く解放してやらなければ。
「少尉」
ヤーナー補佐官が真面目な顔をした時は、だいたい小言だ。
「む」
「スルーゼ少尉。先ほどの声は、若い女性が出すべきではなかったかと」
「淑女たれ、か。だが戦闘中に華麗な声を出すというのも些かな。あの場面は驚くのも無理からぬことで」
「スルーゼ少尉。亡き御父上もこれでは眠れませぬ。厚く剥いた玉ねぎのような肌は母上殿譲りでしょう――。なにも綺麗に驚けとか、姫のような悲鳴をとは言いません。驚き方を変えればよいのです。一人娘が、あれではまるでオークのような叫び声で」
「分かってる。分かってる。しっかりとせねば。常在戦場。要は油断せず、不測の事態に備えればよいのだ」
「流石で御座いますスルーゼ少尉」
「ウム。娘はすぐに解放してやりたいが、捕まえた以上は形だけでも尋問せねばなるまい」
軍内で事が済むならこの場で解放してもいいが、ヘイズルー殿の指示ではそうはならない。なに、一日くらい牢屋でも問題はないだろう。
「では明日一番に尋問官を手配します」
中隊を解散させ、自分も少し眠ることにした。




