第50話 フアとバルダー
用事を済ませ、スルーゼは城の中心を横切ろうとする。やにわに騒がしくなってきた。
「どうした」
指示するまでもなく、ヤーナー補佐官はすぐに情報を収集してきた。
「ハッ。どうやら憲兵はようやく給料分の仕事を始めるようです。酒を飲み騒ぎた男が暴れ、風体の怪しい者が市民に因縁をつけたようで。今度は刃傷沙汰でも起きますかね」
「ムッ。そうか。では我々も今夜は街区の警邏に当たろう」
「失礼ですが、憲兵の仕事です」
「我々の仕事は帝国臣民を守ることだヤーナー補佐官。招集。中隊を十分後に招集しろ。私は大隊長に許可を求める」
北部方面隊は三人の小隊が三つで、一つの中隊になる。中隊が三つで大隊だ。大隊副隊長のスルーゼが即座に動かせるのは自身が持つ中隊だった。
時間を経ずして、北部方面隊に与えられた作戦室に中隊は集まった。
「街を巡回する。臨検の許可は出ていない。よって怪しいものが居たら憲兵に引き渡せ」
「「「ハッ。スルーゼ少尉殿!」」」
突然集められ、それが巡回だというのに士気は悪くない。ヤーナー補佐官の訓練が行き届いている証拠だった。本当に補佐官には助けられている。私はもっと精進しなければならないが、仲間に頼るのは悪い事じゃないと、父上も仰られた。頼るより多く、次は助けてやればいい。
「ではスルーゼ少尉。第一中隊は中央、第二中隊は東、第三中隊は西を担当します」
「ヨシッ。なに、途中で調査と称して酒場を回る馬鹿はおるまいな」
小さく笑いが起きた。中隊からヤジが飛ぶ。
「スルーゼ少尉の突撃に合わせます!」
「おい」
「小官はスルーゼ少尉の為にビールを威力偵察次第、連絡差し上げます」
「まったく。では行くぞ。三十分毎の定期連絡を怠るな」
「「「ハッ」」」
「一時間半後に東側の訓練庭に集合とする」
*
一目で分かっていた。生きているのと死んでいるのと、感覚で分かる。それは難しいことじゃなかった。肉体にもう魂はない。バルダーは死んでいた。
「すまん」
謝るしか出来ない。マグルの責任ではない。けれど導かれた結果が、フアに助けられた恩を、仇で返すことになってしまった。
向けていたメイスの先から、治療魔法の光が消える。同時にフアの体が少し、重くなったように見えた。
「冒険者やってんだ。いつかは死ぬよな。俺も、お前も――」
バルダーにか、それとも自分にか。どっちに言っているのか分からない。
フアから軽口は出なかった。それが、どうしようもなくマグルの心を締め付ける。
「俺は行く」
「その方がいい。絶対ベリドを殺せよ」
「ああ」
「悪いが俺は手伝えない。バルダーを死体業者のとこに持っていかなきゃな」
マジックバックの中は時が止まる。それを利用して、死体専用にマジックバックを貸す業者がある。故郷で埋葬するのに利用するものだ。
げぼっ。血を吐く音がした。ウバソのことが、頭から抜けていた。
「おい。ビレステをどこに運んだ」
「……」
「お前だってベリドが馬鹿やらなかったら、まだ冒険者だったろ?」
ベリドと聞いて、ウバソの黒目が大きくなる。
「俺は、あいつを、殺せなかった」
ベリドを見つけた時点で、例え死体でもギルドに引き渡せばウバソの疑いは晴れる。分からないやつには裏切り者として烙印は押されるかもしれない。だが冒険者には戻れたはずだった。
「村から出したんだ。俺が。ベリドは、畑が嫌いで。冬に鹿を取ると」
夢でも見ているように虚ろな目だった。軽く頬をはたいて現実に戻す。
「おい! いいからくたばる前に教えろよ」
血が流れ過ぎてる。治療魔法で傷を塞いだところで死ぬと、医療に詳しくないマグルでも分かるくらいには服が血に濡れていた。
「ガフッ。ふぅ。嫌だね。ビールおごれよ」
「どうせ死ぬんだぞ。義理立てする必要もないだろうが」
フアが横に立つ。今メイスで殴ったら、吐く前にくたばっちまう。マグルは手で抑えようとした。
「……ビールなら俺が奢ってやるぜ。引退したらトマッ都で店を開くからよ。最高のじゃがもつと、酒の店を」
二人が目を合わせる。
ウバソが見当違いの方向へ顔を向けた。駄目だ。もう死ぬ。
「城だ。東側に小塔がある。ヘイズルーが、――」
死んだ。胸倉を掴んでいた手を離す。どさりとウバソの体は土の上に戻った。生温い血が、指先から手首へ流れた。命の雫は、ポ帝都の踏み固められた土の道へ落ちる。
「マグル。手は洗ってから行けよ。憲兵に見付かったら面倒だ」
「おう。そうだな」
フアはやっぱり、良い男だ。
「急げよ。殺されちまうかもしれないんだろ?」
「その、マッシュ亭って宿屋分かるか? そこにアールヴァクっていうエルフが居る。伝言を頼みたい。もちろん、バルダーの後でいいからよ」
「そこなら通り道だ。分かった。城に行けって言えばいいんだな」
「ビレステが攫われたことも。頼む」
バルダーの亡骸を背負ったフアと分かれる。
マグルの体に、怒りが満ちていた。
治療魔法の後は気合じゃどうしようもないほどに体が疲弊するものだけど。今は全身から、指の一本一本から泉のように力が湧いてくる。ベリドはビレステを抱えていなかった。あの女を追っていく内に、バルダーは待ち伏せされたのだろう。
城の正面まで来て、入るにはどうするか考えた。まさか素通りさせてくれるわけがない。
「困ったぞ。どうすりゃいい。――お?」
左右に二人いた門番が駆け足で去っていく。代わりに来た二人が立ったかと思ったら、呼ばれて中へ戻っていった。門をすり抜ける。
「ビレステを救ったら、さっさと逃げる。アールさんが来たら、なんとかなるだろう。ロフンが化物って言うくらいだしな」
東の小塔だ。取り敢えず右に行けばいいだろう。
城郭の角はほぼ全てが塔の形になっていて、どれがどれだか分からなかった。
「どれだ。もっとちゃんと教えろ、ウバソめ」
突き当りまで東を目指して城を回っていく。細かい建物を過ぎると、広い庭に出た。訓練とかで使うのか、芝生のあちこちに剣が刺さって作られたような跡がある。庭の奥に、城と廊下で繋がる塔があった。建物でいえば四階くらいの大きさだ。これじゃねぇかと思ったら当たりだ。
塔から、女が出てきた。
隠れようとしたけど遅い。気付かれた。
「ほう。ここまで来たか。やはり小物は使えんな。すぐに裏切る」
女は、マグルを認識している。
「ビレステは王国から魔王城へ行けと命令されてる。国際問題になるんじゃないか」
怒りを、抑える。闇雲にやって勝てる相手じゃない。女の周囲を漂う気みたいなのは、強者が持つ独特のそれだった。
「ならないわね」
「どうしてだよ」
「教える必要はない。それとも最近の冒険者は、依頼主のことをぺらぺら喋るようになったか」
「つまり帝国とは別で動いてるってことだな。無属性魔法でどうするつもりだよ」
「お前何がしたいんだ。時間稼ぎか?」
「ビレステはそこの塔に居るんだろ」
女は薄く笑った。
「正気か? ここは城の内部だぞ。不法侵入で捕まるのはお前だ」
「そこの塔に居るんだな。最上階か地下か。悪い奴の考えるのってどっちかだろ」
「会話もできんと。遊びにもならないな」
空気が濃くなった。来る。
視界から消えた。
左から頭に。
辛うじて大剣が間に合った。
意味が分からない。速過ぎる。何も見えなかった。蹴りで体が浮く。空中でもう一度蹴られた。吹っ飛ぶ。
芝生の上を転がる。小さな草が頬に付いた。擦り切れて滲んだ血が肌をぷつぷつと漏れてくる。立ち上がる。
女は直剣の代わりに弓を持っていた。考えるより体が動く。転がって避ける。ヒュンヒュンと風を切る音が耳元でする。
顔を上げる。どこだ。姿が見えない
「呆気ないな」
近くで声。首を掴まれた。マグルは逃れようと後退して、女は逃すまいと前進する。背中が城壁に当たるともう後退はできない。押し付けられる。信じられない力だ。もがいても逃げられない。




