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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮
五章

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第48話 エルフの血

 四階建ての宿はその値段以上に待遇がよかった。宿屋の主人と家族の他に、数人が

 働いていた。階段や廊下にホコリはなく、手間暇かけた料理には誇りがある。夕食を注文すると、ビレステはよく食べた。


「だってこれから探しに行くんだよ。体力つけなきゃ」


「眠くなるぞ」


「アールだってワイン飲んでるじゃない」


「私は探しに行かないからな」


「そりゃそうか」


 店主が挨拶に来た。エルフが珍しいのだろう。色々と話すうちに気をよくした店主が白ワインを一本出してくれた。これにはアールの気もよくなる。


「これはエルフの血だ。たまに補給しなければ倒れてしまう」


 とか言って白ワインの香りを満足そうに嗅いでた。店主も違いないと囃し立てる。

 最後にマッシュポテトを、薄く切られたハムに乗せて食べたビレステが行ってきますと言って宿を出た。

 入口の前で待っていると、少ししてマグルがやってくる。宿は一階の食堂から小さく喧騒が漏れている。上階はしんと静まり返っていた。ネズミが一匹走ったのか、路地で小さな物音がする。


「杖を持っていると魔法使いにしか見えないな。弓は置いてきたのか?」


「街中で撃ったら誤射しちゃうしね」


「違いない」


 魔法も変わらなくねぇか。と近接職のマグルは思う。


「今日は東の地区を見ていこうと思う。スラムになっている通りがあるらしい」


「いいんじゃない」


 ビレステが頷く。スラム化した通りはトマッ都にもあった。アールには一人で近づかないよう言われている。今はマグルと一緒だから、大丈夫だろう。


「あのベルトは持ってきたよな?」


 ビレステは後ろを見せてやった。腰の辺りにあるベルトには筒があり、そこに研究用のネズミが収納されている。身動きできなくて可哀想だけど、猫に襲われるよりはマシだと思って欲しい。

 時折動きが伝わってくるのが嫌で、ベルトの裏地を厚くした。それと背中に回して、視界から消す。前からは服を留めているようにしか見えない。


「……あのさ。ベリドって人の特徴は目が細くて、顔が細くて」


「不機嫌そうなやつだ」


「それと黄色い弓を背負ってる」


「ああ」


「じゃあ。さすがに()()()じゃないよね」


 ビレステが指したのは通りに立っている男だ。黄色い弓が肩から出ている。こっちを見ていた。


「いや、ええと。――あいつだ」


 マグルが走り出す。ビレステも後を追うけど、一気に離れてしまった。


「宿に帰ってろ!」


「手伝うって言ったじゃん」


「捜すまでだろ。いいから帰れ」


()()()()


 道にはまだ人がいて、いきなり始まった追走劇を呆然と見送る。


「待ちやがれベリド!」


 ここまで時間が掛かった。帝国まで片道四日の旅を二回もやった。それがまさかそっちから姿を現してくれるなんてな。

 道を曲がる。まだ背中は追える。あの黄色い弓に、あと少しで届く。グングンと速度を上げる。通行人にぶつかりそうになっても関係なかった。風のように走った。その内に通行人も少なくなる。速度を上げる。追いつく。

 曲がる。瞬間だった。鉄の塊が鼻先に現れる。手は間に合わないけど、首と顔は後ろに反らした。


 ハンマーを持った男が曲がり角で待っていた。顔を叩かれたマグルはのけ反った背中を戻すついでに大剣の柄を握る。相手の位置からは分かりづらい。姿勢を戻す。いきなり大剣が上から降ってきたように思うだろう。


 ハンマーで受けられ、空いた腹を蹴り飛ばす。後ろから気配がした。剣を間一髪で避ける。胸に踵をめり込ませる。男は軽くて、吹っ飛んだ。ハンマー男のとどめをさす。防具に当たった。風を切る音がする。矢だ。腹に刺さるところを、突風が吹き上げる。普通の風じゃない、重かった。魔力だった。

【ウィンドウォール】

 声が前後して耳に入ってくる。


「ビレステ。帰ってろって」


 もう一射くる。魔法が弾く。路地から道に戻った。T字路の右と左に一人ずつ敵がいる。


「危なかったじゃん」


「いやそうだけど。くそ」


 まだ居るのか。ビレステの後ろから、囲うように一人きた。

 でも一人だけだ。大きくバックステップしてビレステを通り越す。もう一度。そして振り向き様に大剣を振る。ガードごと斬った。よろめいたところに膝を腹に入れる。すぐに大剣を翻した。ぶつ切りされた首が半分になる。後は前の三人。ベリドだけ殺したら逃げてもいい。


「ビレステ。距離を取れ、つうか憲兵を呼んできてくれ。それでこいつら終わりだ」


「うん」


「無属性魔法の女が逃げるぞ!」


 左にいる細いやつが言う。


「どういうことだこいつら」


 ビレステはまだ使()()()()()のに何で知ってる。


「なにが?」


「狙われてるのはビレステみたいだ。俺が隙を作るから、アールさんのところに行ってくれ」


「大丈夫?」


「こんなチンピラ余裕だよ。さっきも瞬殺したの見たろ?」


 追われるより、倒した方が早い。トン、と予備動作なしで一気に前へ跳ねた。


「行けビレステ!」


 一人反応が遅れた。大剣が深々と細い奴の腰を裂く。ハンマーが頭に。でも遅い。ベリドは矢を撃ちづらそうにしている。テンポがずれ、簡単に大剣で防げた。


「まだ捕まえてないのか」


 びっくりした。これだけ存在感があるのに、居たことに気付かなかった。突然現れた女はいつの間にかビレステとマグルの中間地点に立っている。


「新人、自信のある策だと言っていたな」


「それがなかなかやりまして」


 ベリドが答えた。こいつ、逆上した俺を釣ってたのか


「黙れ。死ぬ気でそいつを止めろ。娘は私がやる」


「何してんだ早く逃げろ!」


 マグルが叫んだ。この女が強いと直感したから。

 ビレステは走り出そうとして、マグルを振り返る。置いていくのが嫌だった。ラザニ村でスコルを倒した時みたいに【魔弾】を使えば倒せると思った。今なら出せるとも確信していた。


 でも外したら、憲兵かアールを呼んできた方が良い結果になる。そんなことを頭の中で逡巡して、後ろ髪を引かれながら走りだす。


 女が反応した。マグルはそれを待っていた。ベリドを前にして血が上っていなかったら、それが罠だと勘付けたはずだった。


「ぐあ」


 女はビレステを追う振りをして、反転する。直剣が、鈍い光を放つ。大剣で受け、蹴る。小盾で防がれた。女はマジックバックを忍ばせることで、直前まで自分の武器を隠していた。脇をまともに蹴られる。


 よろめいた後ろからハンマーが叩く。後頭部をやられて、意識が飛びそうになる。視界の端の建物が赤い。血だ。目を拭う暇もない。

 雄叫びを上げて、大剣を横に振った。ハンマーを持った男の左腕が肘から飛ぶ。肩に衝撃。矢が刺さった。右肩だ。動かしづらい。ビレステは距離が離れたところにいる。【障壁】を展開していた。あれ、何回目なんだ。

 ベリドとの距離を詰める。弓を使うだけあって、俊敏に後ろへ下がる。矢がまた一本腕を掠めた。二歩踏み出し、切る。浅い。いや、服だけだ。


 逃げろ。


 今まで修羅場をくぐってきたマグルの冒険者としての勘が告げる。前から警告は出ていたようでもあった。

 ベリドは瞬く間に建物の壁を蹴り、屋上へ上がった。

 追うのを諦め、マグルは来た道を戻る。片手で振られたハンマーの横を過ぎる。

 道に戻るとビレステが倒れていた。死んではない。女が肩に担ぐ。


 走り込み、渾身の一撃は直剣にいなされる。大剣を返して足を狙った。軽く飛び、そのまま顎を蹴り上げられる。蹴った足首を左手で掴んだ。右手で大剣を振ろうとして、力が上手く伝わらない。矢を肩に受けたせいだ。逆足が襲ってきた。大剣が落ちて地面に転がる。背中で雄叫びを聞く。頭に衝撃。地面が近づく。倒れた。


「撤収する」


「二人を運ばないと」


「馬鹿が。死体は置いていけ。こいつにとどめを刺しておけよ」


 騒ぎを聞きつけたのか人影が二つ、道の奥からこちらを見ている。ぼやけた輪郭へ、祈るように叫んだ。


「連れて行かせるな!」


 息を吸おうとして、意識が切れた。

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