第47話 偶然と必然
魔王領へ続く北門へビレステとマグルが歩く。
「ベリドってどんな顔なの?」
「んー、口で言っても分かんないと思うけど。そうだな目は細い。顔も細い。唇は横長で、不機嫌そうなやつだ。それと弓を持ってる。黄色い弓で、けっこう目立つんだ」
「なんで盗んだんだろうね」
「金の為だろ」
「でも冒険者やめてまですることなのかな」
「知らね。人間は頭では合理的に考え、いざ行動する時は非合理的になる生き物だ。って。ロフンていう魔法使いが言ってたぜ」
「ふぅん。その人、頭良さそう」
「口を開けば悪口ばっかりだぞ」
門番は昨日と同じ人が、全く同じ姿勢でいた。宿を教えると、ではそこに持っていくと約束してくれる。
「そもそも、どうして魔物が活性化したか分かるか?」
「分からんな。こんなことは初めてだ。魔法部隊が遠征から帰還した折になったのだが――」ゴホンと咳を払い、言い直す。そもそもが実直な性格なのだろう。「とにかく理由は不明だ。魔物の活発化が収まり次第、門の通行は再開される」
邪魔だとばかりに、二人は追い払われる。
「宿まで送って」
言ってみると、マグルは否定せずに歩き出す。頼めば案外、面倒くさがらずにやってくれるのだと分かってきた。
「今夜も捜すでしょ。手伝おうか?」
「危ねぇからいい」
マグルは旅の途中で無属性魔法を使えることを聞いている。その代償を知ったら使わせられない。
冒険者には依頼主の情報を守る倫理規定がある。冒険者同士の情報交換は止められないが、それ以外では概ね作用していた。
「あたしね。魔法使えるようになったの。凄いでしょ」
「すげぇな。何の魔法だ?」
「風属性の魔法をちょこちょこ」
「風属性使えるなんてなかなか聞かないぞ。すげぇじゃんビレステ」
むふん。得意げな顔をする。
魔法が使えるなら話は別だ。
「正直、手伝ってくれるのは助かるけど」
顔が分からないのでは、探しようもないのではないか。
「あたしここ」
「なんだよ。同じ通りじゃないか。俺の宿はあっち」
これだけ広い帝都でそんな偶然もあるのか。
「アールに聞くからちょっと待ってて」
少しして、窓から顔を出したビレステがグッと親指を上げる。
部屋に戻るとアールは再び論文に向かっていた。
マグルと必ず二人で行動するという条件付きでの許可だ。ビレステをずっと子ども扱いする訳にもいかない。それに【ウィンドウォール】が使えるようになったのが大きい。回数制限のある【障壁】と併せれば、逃げることはそこまで難しくない。ラディッキ王国の騎士団長、カノートの攻撃さえ受け止めたのだ。そこらの犯罪者では破りようがない。
「危なくなったら逃げろ。殺そうとすれば、相手も殺しにくるからな」
お遊び気分のビレステに釘は刺しておく。
ただ実際のところ、このポ帝都で一人の人間を見つけることは無理だろうとも思っていた。
*
「スルーゼ少尉も使えんな。黙って言う通りにしていればよいものを」
「はい」
ヘイズルーの研究室。影のように付き従おう女が一人いる。その女、フッラは元A旧冒険者だった。今はこうしてヘイズルーの下で働いている。
「さてどうしたものか」
一歩出て、フッラが進言する。横に立ったフッラをヘイズルーは退屈そうに見た。
「組織の手駒を使い、拉致してきます。死体の方が宜しいでしょうか?」
「物騒なことを言うな。そんな指示をして露見したら私の立場はどうなると思っとるんだ!」
バチン。頬を叩かれたフッラは微動だにせず、直立する。
「失礼しました。お許しください」
「ならん。お前は研究というものを分かっていない。生きていないと出来ない実験もあるのだぞ」
「はい」
バチン。
「分かってるのか?」
「承知しました。最近入った手駒を使います。王国からの流れ者ですが、日が浅く捕まったとしても問題はない駒です」
バチン。
「女神様は許さんぞ」
ヘイズルーが静かに言う。
「承知しました」
フッラが下がる。ヘイズルーは静かに、声も出さずにほくそ笑んだ。机一杯に広げた紙をもう一度見直す。魔石に関する研究だった。
魔物からは魔石が取れる。多くの場合は心臓にあった。魔石にはその魔力に応じた属性が付くが、火属性の魔法を使う魔物からは火属性の魔石しか取れない。ではその魔物に、水属性の魔石を埋め込んだらどうなるか。
魔物を捕まえ、魔石を取り換える。
なんと魔物は火属性の魔法を使えなくなっていた。残念ながら水属性の魔法を使うかどうかは、観測できていない。だから研究の核心はまだ得られていない。
魔物を操る方法を模索したが見つからない。魔石を取り換えた魔物はまるで命を使い切るように、狂乱状態になり、そして死ぬのだ。セミじゃあるまいし。拒絶反応とでも言うべきか。
困ったものだがそれも今回で終わる。
人間でやればいい。
無属性の魔石を得て、それをフッラの心臓に移植する。既に留置した火属性の魔石と干渉するかもしれないが仕方ない。使い捨てにする雑魚では、この移植手術に耐えられなかった。また、上質な魔石でないと意味もなかった。
「ふっふっふっ」
魔石があることは無属性魔法を使う魔族将軍の屍体から既に判明している。残念ながらそれが心臓にあることも。人間から魔石が取れた事例は未だない。しかし無属性の魔石ならあるいは取れるかもしれない。魔石を抜いた被験者は生きればいいが、犠牲になったとしても役に立てるなら本望だろう。
「ハハハハハ」
これが上手く行けば、今まで魔法適性のなかった人間も魔法を使うことができる。属性を選ぶことができる。なんと素晴らしいことか。私の偉業は後世に語り継がれるだろう!
ポ帝都の外れ、朽ち果てた廃墟でフッラがある部隊を呼び寄せる。
ヘイズルーは研究の傍らで様々な生物を必要とした。それを確保するべく、私費で設立した非合法の組織がある。フッラが管理するその組織は冒険者崩れや犯罪者、脱走した兵士など、いつでも切り捨てられる人材で固められた。
すぐに新人が補充された部隊が来た。そこにはベリドと、ベリドのパーティリーダーだったウバソが居た。
ウバソもまた、ベリドの賠償責任を負わせられるのを恐れ、帝国に流れ着いたのだ。冒険者をやる訳にもいかず、ベリドに誘われてこの組織に入った。ヤバい組織だとは分かってる。けれど生きていくために、選択肢はなかった。
「今回の素材は娘だ。生きたまま連れて来い。宿も分かってる。万が一にもしくじるなよ」
冷酷なフッラは顔色変えずに告げる。逃げたら、殺されることは分かっている。俺たちはもう入ってはいけない沼で身動きが取れなくなっていた。分かっているのは、いつか沈むということだけだ。
「まあ、しくじったら死体が増えるだけだ。安心しろ、お前らの替えなどいくらでもきく」




