第45話 城には尖塔。軍には勲章
ギルドから渡された証にサインをして、マグルに渡す。
「じゃあ。魔王城まで気を付けてな。帝国の兵士や冒険者が間引いているとはいえ、強い魔物が多い」
「分かった」
ビレステが返事をし、アールが頷く。ギルドへ向けた足を戻し、マグルはアールに何事か耳打ちしていった。
別れた二人はまず宿を決める。それからビレステの魔法の練習に入った。シーツを干す屋上が空いていたので、そこを借りている。誤射の心配もない。悪くない場所だ。
「よし。やるよ」
移動中もビレステは頑張っていた。村に居た頃より、練習の姿勢は遥かに積極的だ。
杖は出発前にトマッ都の魔法道具店で買った。店に入った時、ビレステは散々悩むだろうと思った。
しかし目に入ったのがよほど気に入ったのか、一つ手に取るとそれに決めた。標準的な杖だ。導かれるように選んだそれは、杖先がくるりと渦のように回っている。右手で持つところに黒々とした節があり、木目が縦に縞模様を作っていた。よく見るとその色合いは薄くなったり濃くなったりと、虹のような彩りを与えている。
他にも色んな杖があった。ファンシーなものから個性的なものまで。私が言うのもなんだが、ジジ臭いものを選ぶとは。もしかしたら、大人っぽいものにするのが過ぎたか。
「詠唱を終えたら、魔法陣を展開し、発動しろ」
【フレイム】
魔法陣は出たが、やはり魔法はでない。
まだ杖に魔石は付けておらず、補助的な役割でしかない。付けるのは得意属性を見極めてからの予定だ。
「次は水魔法をやってみろ」
【アクア】
結果は同じ。
「集中は出来ているのだがな」
「やっぱり無属性魔法しか使えないのかな……」
「もしそうならとても興味深い。続けろ」
「ねぇ、そう言えばさ。なんで魔王って何度も生まれてくるの?」
ビレステは脳内で、隠された小部屋に安置された卵から孵る姿を想像する。
「女神が人間同士での争いを止める為に遣わされたという説がある」
「アールは信じなさそうだね」
「もう一つの説だがその前に、なぜ魔王を勇者が倒すのか聞いたことはあるか?」
「え。だって強いからじゃないの?」
「そうだな。しかしこの世界にも異界の勇者に引けを取らない者はいる」
「確かにそうかも。分かった。無属性魔法じゃないと倒せないんだ」
「剣で倒す勇者も多いぞ。――なぜなら、我々では平和な世界を想像できないからだ。魔王のいない世界を、魔族戦争のない世界を想像できない。人々の意識の深いところにまでその存在は浸透している」
「よく分かんないな。なんで平和を想像するのと魔王の出現が関係あるの?」
「魔王が想像の産物だからだ。人々の悪意と、不信心によると教会は言っている」
「なんか子供にする教訓話みたいだね」
「それも近年は魔王の再出現が早まっている。合わせるように、異界においても人間同士の戦争が多くなったそうだ」
「異界でも戦争してるから、異界の勇者も戦争のない世界をあんまり想像しづらくなったってこと?」
「私からすればどちらも非現実的だがな。勇者召喚と同じように、どこかで魔王召喚が行われていると言われた方がしっくりくる」
魔王を倒したものがどれだけ平和を想像できるか。もしそうなら、異界で戦争が日常になったらと思うとぞっとする。
「やるよ」
土魔法も駄目だった。最後に風魔法をやる。正直、望みは薄い。
火、水、土は見えるから想像しやすい。だから魔法を発動する際に頭の中で細部まで具現化することができる。しかし風は見えない。
ただ頬を撫で、草木を揺らす。重さもない。匂いは感じれどもやはり実体はない。それを魔力で持って再現する。必然的に難易度は高くなった。
【ウィンド】
つむじ風が起きた。
ガタリと、アールは座っていた椅子から立ち上がる。外だから、まだ分からない。
「次は【ウィンドウォール】をやってみろ」
ビレステの前に空気の激流が巻き起こる。立ちはだかるようなそれはまさしく風魔法だった。どうしていきなり出来たかは分からない。ただ、努力の成果とはそんなものだと思う。日々の積み重ねがある日いきなり形になる。いや、いきなり形になったように見える。
「出来てる……?」
「頑張ったな」
「やった……。やったぁ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる。アールの手を取って小踊りした。されるがままに、付き合ってやる。
弾む心をそのままに、反復して練習する。コツを掴んだようだ。
「それにしても、ビレステに風魔法の適正があるとはな」
「珍しいの?」
「珍しいぞ。白舞と呼ばれる島国があるが、風魔法はその国が得意としている。王都の研究所で会った、カダイの出身がそこだ。もっと話を聞けていればよかったな」
カダイはビレステの無属性魔法の研究に協力してくれた研究者だ。そのせいで所長のプリーニと対立した。
「ハクマイかぁ」
なんだか嬉しそうにしている。
「両親がそこの出身の可能性は大いにある。だが期待はするなよ」
見透かされ、照れたようにビレステは笑って頷く。
「分かった」
鳴き声がしてみると、風に誘われた小鳥が物干し竿にとまった。
「ちょうどいい。無属性魔法の練習だ」
「ええ……。うん」
喜んだのも束の間。つまみ食いした焼き菓子がしょっぱかった時と同じ顔をした。
「いくよ」
アールも少し離れて見守る。手を繋いで無属性魔法を使ったように、他の生物の命を使って無属性魔法を使う練習だ。習得すれば襲われた時に役に立つ。まあ、襲われることもないだろうが。
息を吸い、吐く。小鳥に触れられる距離に立った。
杖を向け、発動する。
「障壁。きゃっ」
杖の先が弾かれた。小鳥が慌てて飛び立ち、魔法は発動しなかった。
ポ帝都へ向かう途中でもそうだった。
「命を使おうとすると心の意志によって防御される。他者には通じないか」
「どうしよ。拒絶される感じ」
「意思の力で上回り、ねじ伏せることは出来そうか」
実験用のネズミにはそういった意識がなかった。前回のアールは自ら許容した。生きる意志に溢れる野生生物にそうはいかない。
「無理無理。みんな元気溌剌って感じだもん」
「生きる意志のない人間。囚人や病気の人間で実験を」
「絶対っやらないからね」
むむむ、とビレステの猜疑心は増していく。じりっと後退りまでした。仕方ない。まさか無理やりさせるわけにはいかない。
……ちょっとでいいのだが。
アールはちらりとビレステの目を見る。強い拒絶の意思で、弾かれたように視線を戻した。
*
城の尖塔は後ろに聳える山脈よりも低い。軍事的価値としては疑問だが、こうしてポ帝都の街並みを見渡せるのだから悪くはない。むしろいい。愛すべき臣民たちの暮らしを守るのが、私の仕事だ。城には尖塔。軍には勲章だっ。
金髪を青いリボンで結び、ポニーテールにしている。青い目は飾らない、まっすぐな眼差しで街を眺めた。
「スルーゼ副隊長。ヘイズル―魔法官がお呼びです」
補佐官が踵を揃えて言う。
軍の暮らしは気に入っている。出自も、性別も関係ない。そこには純然たる能力主義と、努力と成果が認められる規律がある。
「ヨシ。今行く!」




