第44話 再開する旅路とふんぞりエルフ
アールとビレステは魔王城へ向かっていた。無属性魔法を対策する魔法具がないか探索する為だ。まずはポ帝都への護衛依頼を出しに冒険者ギルドへ向かった。マグルと名乗る青年が引き受けてくれることになり、一行は国境へ向けてトマッ都を出発する――。
ビレステが出発する前に挨拶したい人が居ると言うから聞けば、西門前広場にあるカフェまで行くつもりだと言う。
「ここは東門だ。遠すぎる」
「そこのカフェだったら俺がよく行くぜ。後で伝えといてやるよ?」
「ほんとう?」
「任せろ」
本当だと思う?
ビレステが小声で尋ねてくる。面倒なので頷いておいた。この程度で嘘はつかないだろう。……忘れることはあっても。
「まずは馬屋だな」
国境までは馬で行く。自信がないというから、ビレステはアールの後ろに乗せることにした。
「アールヴァクさん、長いから俺もアールさんでいいか?」
「ええ?」
「いいぞ」
「ええ、なんかヤダ」
ビレステは同年代のマグルを警戒気味だった。お年頃ということか。
「アールさんの馬は二人乗るし、護衛対象だからな。良い馬にしたい」
そう言って一つ一つの馬房を確かめた。マグルはビレステの反応に頓着していないようだ。
「うん。良い馬だ。首が太くて肩が大きい。魔物にもビビらずに走れると思う。アールさん、いいよな?」
「うむ」
「魔物が来たら、基本は逃げるぞ。大丈夫。馬の足じゃ追いつかない。――よしじゃあ出発しよう」
門を抜け、しばらく平たい道を行けば平原の切れ間を通る。そこからは整備の甘い道が続く。
ビレステは離れていく王国を名残惜しそうに振り返る。
「グレナさんとまた会えるよね」
「どのみち帰りは王都に寄らねばならない」
魔王城で魔法具を持ち帰ったらそれを届け出る。それに研究結果も共有しなければならない。
「アールさんは馬の扱いに慣れてるな。エルフはみんなそうか?」
「どうだろうな。移動に馬を使うのが好きなものも、歩くのが好きなものも居る」
「俺たちと一緒か」
マグルは慣れた様子で道を先導していく。途中で何度か魔物と遭遇したが、馬はきっちりと走ってくれた。
「国境だ。ここからは歩きで行く」
「イタタ。お尻痛い」
「歩けるか? 休憩したいならここでして行こう」
「いい、大丈夫だから」
「まあまあ。そう避けなくってもいいじゃんか。こっから長い。仲良くしていこうぜビレステ」
邪気のない笑顔に、少しだけビレステも警戒を緩める。それでも一日目の野営を終えるまで、ビレステはあまり喋らなかった。
距離が近付いたのは、二日目にマグルが昼食を奢ってくれた時だ。マジックバックから出したのはバタサーモンのパニーニだった。生のバタサーモンにチーズ、ちぎったレタスに甘い岩塩とオリーブオイルが振りかけられ、パンにサンドされている。歩きながら食べるので、ちょうどいい。
「美味しい!」
「だろ?」
「チーズが旨いな」
「お、さすがにグルメだな。東門の屋台で売ってる。そこは俺の故郷のモッツァ村から仕入れたチーズを使ってるんだよ。味が濃いだろ」
「ワインが飲みたくなる」
「ポ帝都ではじゃがもつを試してくれ。赤ワインが合う」
お礼に夜はビレステが作った料理を振舞う、つもりだった。共同作業になったのはでも、転んだ先の金貨だった。
「肉はもう焼けたんじゃないか」
「しっかり焼かないと危ないじゃん」
「赤いのが残ってる方が旨いんだって」
「ダメダメ。お腹痛くなっちゃうもの。あ、お野菜切らないと」
「焦げるぞー?」
「水入れて蓋して弱火にして」
「ほいほい。なぁ、アールさんは手伝わなくていいのか?」
耳打ちするようにマグルが聞く。
「あそこで偉そうにふんぞり返ってるだけだよ」
書いた論文を見直していた。客観的な疑問を見つけ、反駁し、自ら修正するのは骨の折れる作業だ。妻のアイゼが居ればと思わずにはいられない。
「――手伝うことがあれば、手伝う」
マグルは肩をすくめる。その動きにビレステが笑った。
旨い旨い。ガツガツと食べるマグルにビレステが聞く。料理にも使った火はそのままにして、焚火代わりにしている。昼は熱いが、夜は少し冷える。帝国領は寒暖差が大きい。
「ねぇ。なんでマグルはポ帝都に行きたいの?」
一瞬だけ、マグルの明るい表情に陰がさす。その陰は濃いが内に秘めたものではない。どこか夜明けを待つようだった。
「まぁ、隠すことでもないけど。気分の良い話じゃないぜ」
迷うように言葉を探しながら、マグルは語る。私たちは歩いていて、時間はあった。
「ひどいね。そのベリドって人」
「ああ。もしその名前を聞いたら教えてくれないか」
殺すつもりだということは、ビレステにも分かる。
「もちろん。アールならやっつけてくれるよ。ね?」
「窃盗で殺す訳にはいかない」
「窃盗じゃないよ。だって殺人未遂でしょ」
「店からリンゴを盗んでも殺人未遂にはならない」
「そりゃそうでしょ」
マグルとビレステが顔を合わせて頷く。
「ただそのリンゴを失ったことが決定的で主人は店を畳み、それから自殺したとしても。我々はリンゴを盗んだ事実しか裁けない」
「……」
火が揺らめくのに合わせて、夜に浮かぶ顔の輪郭も移ろう。
マグルは黙っていた。しかし彼の中の意思は変わらないだろう。
「そうかなぁ。だって薬を飲まないと死ぬ人の薬をとったら、盗んだのは薬じゃないと思うけど」
「ルールの裏に理不尽があるのは仕方ないことだ。完璧なルールを作り、大衆が認めて初めてそれは機能する」
そして、人々がそんなルールを切望しているようには見えない。
「アールってばこんな風に小難しいこと言うのよね」
「研究者なんだろ? 俺のイメージ通りだけどな」
ポ帝都に着いた。疲れは感じるが、難所はこれからだ。大陸を横断する巨大な山脈を越える必要がある。
「じゃあ俺はここで。あんたらは宿屋を探すだろ?」
ポ帝都の広場に着いた。しっかりと中に入ってから依頼達成の確認をするマグルにアールは好感を持った。その辺りが適当な冒険者も多いと聞く。
「門まで一緒に行こうよ」
まあそれくらいなら。マグルは素直に頷く。この頃になるとビレステもマグルも気安い様子で話していた。
「駄目だ」
屈強で、勤勉な門番がきっぱりとそう言う。
「なぜだ。許可証があるのだから通すべきだろう。王国と帝国の取り決めがなくなった訳ではあるまい」
申請が必要かもしれない。そう予想して先に門を訪れたところだった。
「その通りだが、それはあくまで王国での許可証だ。帝国での通行を保証するものではない。現在、山脈を越えて魔王領へ行く道は封鎖されている」
「どうして? あたしたち魔王城に行かなきゃいけないの」
「魔物が不自然に活発化している。調査隊が戻るまでは通行を拒否する」
「つまりは安全の為か。では危険と承知して通りたい旨を書くから、許可証と併せて管轄の部門に尋ねることは可能か」
「尋ねるのは可能だ。通行許可が出ることもあるだろう」
三人はため息を吐いた。この門番こそ、ルールにある理不尽そのものだ。




