第43話 合流がクソほど長いパーティ
王都の喧騒から離れた、静かな場所だ。元からそうなのか、兵募が造られて自然とそうなったのかは知らない。坂道を下り、城壁の影に入ると気温が少し沈む。なんとなく来た。いや、来れたと言った方がいいのか。
石の建材は誰かが泣いた後のような湿気を含んでいる。壁代わりの柱にも名前は刻まれていて、どこから探せばいいのか分からずに困った。案内板とかがあればいいのだけど、この建物を設計した奴はそれを無粋だと思ったらしい。お陰で面倒臭い。
奥に岩があった。戦場の跡地から削り出した岩に、その戦争で亡くなった人の名前を刻むと聞いたので、そこから見ていくことにする。魔族との戦争以来、まだ戦争は起きていない。
岩の左側は人が立っていたので右側から見ていく。小さな文字を追うのは単調でつまらない。
親父はどうして戦争に行ったのだろう。俺が生まれてすぐにわざわざ王都の北へ向かう理由があるか。
子供に平和な世を作りたかった?
魔物は作物を脅かし、旅人に危害を加える。それなら冒険者だっていいはずだ。
給料が良かった。
これはあるかもしれない。
でもどんな理由も死んじまったら分からないままだ。母親も突然行くと言われて、理由は知らないらしい。だから俺たちからすれば親父は勝手に行って勝手に死んだ。男手が減った母親は大変だったろう。その時に支えてくれたのが、いつも酒場にたむろする近所のじじいというからよく分からない。
おっと。
「あ、ごめんなさい」
同じように名前を探している女性と肩がぶつかった。
話したら、一緒に探してくれるらしい。優しいやつも居るものだ。優しいままで居て欲しいので、少しだけ注意しておいた。世の中にはベリドみたいな奴もいる。ロフンみたいに口の悪いのも、いる。
さて、どうすっかな。
親父の仇の魔族を探す。
若しくは俺とベルントの仇を探す。
優先すべきは血か友情か。死者か生者か。馬鹿な俺はそのどちらも一遍に叶える方法を探してしまう。
夏に大根、冬にキャベツをやろうとする農夫はどちらも食べることはできない。俺の判断基準はなんだ。二つに一つと言われて選ぶにはどうすればいい。
目が疲れてきた。指で追うのも面倒だ。
そもそも悩むのはどちらも比重がほぼ一緒だからだ。どっちを選んでも同じと言える。
俺が親父の名前を見つけたら北部地帯へ行く。
一緒に探してくれる女性が見つけたらとにかく帝国へ向かう。金も住む場所も、何とかなるだろ。
どちらでもなかったら、ギリギリまで帝国行きの依頼を待ってから北部地帯へ行く。
そして見つけた。親父の名前は、つるつるとした岩の表面を滑る指を不思議と止めた。こういうのを運命とか必然っていうのか。
しばらくそれを見つめる。何にせよ、俺を育て愛そうとしてくれた男の名前だ。
右手の掌に押し付けるようにした。
岩を削って作られた名前が、染み込むように掌へ跡をつける。この手で剣を握り、魔族を殺す。
勇む気持ちで兵募を出たはいいが、魔族を殺すのじゃなくて、生きているかどうかの調査が目的だった。
人知れず、恥ずかしさに悶える。
そういえば、兵募に行ったことは一応母親に報告しておくか?
ふいに、ロスクヴァの声が蘇ったのは母親のことを考えたからだ。モッツァ村でチーズを作っている口うるさい女だ。
あんたが勝手に出てったせいでシグローさんが大変なんじゃない
確かに勝手に出て行った。親父と一緒だと今頃気付く。まったく、親父も相談くらいしろよな。だから俺も相談しない男になったんだ。
思えば母親はおろかベルントにさえ相談をしたことがなかった。冒険者になるのも、トマッ都へ行くのも自分で決めた。似た者親子か。
ベルントを届けてからトマッ都に戻る時に母親が大して反対しなかったのも、そこに理由があったのかもしれない。止めても無駄だ。
それから数日、簡単な依頼をこなす内にその話が聞こえた。エッダには行く話をしようとして、先延ばしにしている。ギルドでもなかなか会えなかった。ロフンとはよく会うけど、返事の催促はされない。
「ポ帝都までの護衛依頼を出したい」
帝国への護衛依頼をする声が受付から聞こえた。依頼を探さなくなったらこれだよ。
近付く。聞き間違いじゃない。受付がピスタなのも話が早い
「やめとけ」
服を引っ張られた。誰かと思えばロフンだ。
「なにをだよ」
「あの二人の護衛依頼を受けるつもりだろ。エルフの方は化物だぞ」
「強けりゃ護衛も楽だろ」
「強いのに護衛を頼むなんて訳アリに決まってるだろ」
言われてみればその通りだ。
「それにお前。北部地帯の依頼はどうすんだ。まだエッダには何も言ってないだろ」
心の内でその通りだと思った。自分で決めたことを破ってどうする。
「取り敢えず、ちょっと話聞いて来る」
「いい加減にしろ。じゃがいも前にしたネズミか」
「なんだよ。ちょっと話し聞くだけだって。確かにもう心は帝国に行きたがってるけどよ」
悩んだのが嘘みたいだ。俺はまずベリドにケジメを付けさせたい。何よりの親友であるベルントの方が、碌にしゃべったこともない親父よりも重要だ。
「おいマグル。貸しにしてやるから北部地帯に来てくれ」
まさかロフンからそんなことを言われるとは思わなかった。
「おお。まさかロフンからそんなことを言われるとは」
意外過ぎて、口からも漏れる。
「ここら辺ならともかく、危険地帯は優秀な前衛が欲しい。それこそ常に魔法使いを守る位置取りが出来るやつがだ」
「いや、エッダはまぁ――」
お世辞にも出来るとは言えない。キングスコル戦ではどっちが魔物か分からないくらい突っ込んでいた。自分の身すら守ろうとしているのか怪しい。だったらシブだが、攻撃を避けさえすれ、受け止めることは無理だ。
前衛が信頼できなければ魔法使いは十全に力を発揮できない。
「キングスコルが突っ込んできた時、お前だから魔法を撃てた。あれを受け止めようなんてのはお前みたいな馬鹿か実力あるA級冒険者くらいだ。あそこで仕留められなかったら戦闘はもっと長引いたはずだ」
戦闘が長引けば、不測の事態や事故が起きる可能性が増える。
「報酬が不満ならエッダに相談してみろ」
「――悪いな」
言葉はそれ以外に出てこなかった。
ここであの二人に付いていくことが正解かは分からない。まだ名前も知らない。目的も聞いていない。ロフンが言ったように訳アリかもしれない。
それでもなにか。二人から予感めいたものを感じるのだ。
冒険者の勘が行けと言っていた。
「はぁ。好きにしろ。エッダには尻尾巻いて逃げたって伝えといてやる」
「頼んだ。……ロフン。一つ貸しにしといてくれ」
諦めた背中に言った。何に対しての貸しなのか、自分でも上手く説明できない。
「ふん」
笑ったように見えたけど、気のせいだろう。
マグルは受付に近づく。ピスタが奥に下がった。チャンス。最初の印象は大事だ。
フレンドリーに行こう。
フレンドリーに!




