第42話 洗濯日和に奢り
ラザニ村での調査依頼が終わり、マグルはトマッ都に帰っていた。冒険者ギルドではポ帝都へ向かう依頼を探している。マジックバックを盗んだベリドを追う為だ。
「ないか?」
「ないですねぇ」
受付のピスタに聞くも空振りに終わる。依頼の張られたボードも、目を引くものはない。
たまには、休みがあってもいいか。
「おや、マグルさん」
二、三日だけモッツァ村に帰ってもいい。そう考えていたところで声を掛けられた。
「屁こきホルニ」
郵便配達でポ帝都まで護衛した男だ。こいつのせいで厄介な目に遭った。
「生理現象です。なにをしているところですか?」
「いや、帝国まで行く依頼がないかって思ったんだけど無かったよ。実家に一度帰るか悩んでた」
「そうですか。ちょうどモッツァ村へ手紙を配達してきましたよ。小さな村ですから、数は多くないですが」
「色んな人がどこかに手紙を出してる」
「恋文だの業務連絡だの、ですよ」下らないといった調子ではなかった。「それとは別に良い知らせも悪い知らせも運んでいきます」
「出来れば良い知らせだけにして欲しいもんだ。じゃあ、今から帰りか」
「郵便屋に戻ってこのバックを返せば終わりです。私も実家に帰ります。といっても住んでるのですがね。北門の方です」
「なんだよお坊ちゃんじゃないか」
「お坊ちゃんだって郵便配達くらいしますよ」
少し話をして別れた。フアがトマッ都でじゃがもつを売るのが、今から楽しみにしているらしい。気が早いことで。
散歩しながら宿に帰る。一階で洗濯物を洗い、部屋で干していると、ロフンが窓から顔を出した。
「よしよし。ちゃんとやってるな」
紐を強く結び直すマグルを見て、ロフンがうむうむと偉そうに頷く。
窓枠の下にヒモを通して干した。うまくできない。真ん中がたゆんでしまい、服がそこにずり落ちて重なるのだ。
「なんだよ」
「明日の朝に集まるぞ。エッダから伝えることがあるらしい」
「……悪い知らせじゃないよな」
眉を寄せる。いまは青い髪を縛って纏めているので、余計顔が小さく見えた。
「そりゃ例えばどんな悪い知らせだ」
ロフンは窓から顔を一度引っ込めて、また出した。足が床につかないのか?
「考え付かないけどさ。ギルドマスターの部屋に呼ばれるなんてよっぽどだろ?」
マグルもマジックバックを盗まれた時に初めて入った。あの時はベルントの事もあって動転していた。記憶はおぼろげで、堅苦しい場所としか思い出せない。
「明日になったら分かる。寝坊するなよ。よっこいしょ」
ロフンは洗濯ラックを、部屋の内から引っ掛けて置くだけだ。窓を開けたまま部屋に戻ってしまった。
マグルは別のヒモで中心のたわんだ部分を結び、それからたわんだ分だけ引っ張り上げるように窓の上部に結んだ。取り込むのが面倒になるけど、ちゃんと干せてるからいいだろ。
日の光は柔らかく、深呼吸すると眠くなる。風が吹き、どこかから甘い匂いがした。屋台だろうか。リンゴが熱を帯びたときの甘い香りもする。目を閉じる。太陽に顔を照られてるのにも関わらず眠気はやってくる。
カフェに行くとエッダたちは既にテーブルを囲んでいる。西門前広場のカフェだ。コーヒーが美味しいし、ここの老店主は長居しても怒らない。
「なるほど。内緒話をするのにうってつけだな」
ロフンが皮肉を言うも、エッダはまるで効いていない。
「シブがここのコーヒーが好きなんだ。それでな。他言無用だぞ」
「待て注文してくる」
座ったばかりだが立ち上がる。もちろんマグルは自分の分だけのつもりだ。
「「「コーヒー」」とシュガケージョ……」
「おい誰か余計なもん頼んでないか?」
無言。
頼まないからな――。
「男女平等が叫ばれる世の中になればこそ、女に奢る男はモテるぞぉ」
「意味分かんねぇよ」
本当に意味が分からない。
シュガケージョは一口大の丸いパンを揚げ、砂糖を振りかけたものだ。なぜだかそれがテーブルにある。なぜだか。
「話の続きだ。例の魔石だが、魔族の将軍のものだと判明した――。あの魔石と同じものが心臓に付いていたらしい」
「はあ?!」
「うるせぇぞマグル。じゃあそいつを倒したのは勇者か」
「あのクレーターの古さからいえばおかしくはない。ギルドマスターもそう言った。ただシブの見立てだと三十年も古いとは思えないらしいがな。せいぜい五年か十年だ」
シブは手に取ったシュガケージョを、穴が空くほどじっと見つめてる。その姿は敏腕な斥候役にはほど遠い。
怪しい怪しい。ギルドマスターの方が正しいだろ。
「でもラザニ村から魔王城は反対方向だよな。勇者がそこまで行くか?」
「知らんな。ラザニ村まで行かずとも、どっかからぶっ飛ばしたんじゃないかぁ? なにせ山を穿ったって伝説があるくらいだ」
「帰った勇者なんざどうでもいい。さっさと本題に入れよエッダ」
「北部地帯の調査依頼がギルドの名前で出される。私たちは優先して受けられることになった」
「北部って山脈越えた北部か」
エッダが神妙な顔で頷く。
「魔王領の端っこに当たるな。そこで他に将軍級の魔族が残っていないか調べる。――安心しろ。倒せなんて言われないさ。はなっからS級冒険者を呼んでる」
「帝国飛び越えて北部地帯かよ」
山脈を越えた北部へは王都から北にある山道を越えていく。豊かな丘陵地帯だが、一部は酸素の薄いところがあった。ラディッキ王国が北部地帯を開拓しない要因の一つだ。
それでも少ないが居住する人もいるらしい。変わり者か、王都に居られなくなった犯罪者だろう。それに混じって研究者もいるらしいから変なところだ。
「残存魔族の脅威は問題だ。だからこそ、ラディッキ王国も魔王が居なくなった後に大規模な掃討戦争をしたのだからな。シブの父親もそこで戦死した。魔族に仇を持つ人間なら、やる意味はある」
マグルの父親もその戦争で戦死した。確かに恨みはある。だが今はもっと、現実的な感触のある恨みが野放しになっていた。
「戦わなくていいってんなら、わたしはいいぞ。やる」
「出発は先だろ。俺はまだ考えるよ」
「じゃあ五日だな。あたしは長々と置いとかれるのが嫌いなんだ。天秤かけるやつもな」
「十日にしてくれ。俺は優柔不断なんだよ」
ごちゃごちゃと文句を言うエッダに、コーヒーを奢ったのは誰か教えてやってからカフェを出る。
足は目抜き通りじゃなくて、広場を横切り王都の北へ向かった。静かな場所で、そこには兵募くらいしかない。




