第39話 何して遊ぶ?
村長の家のドアが開き、小さな女の子が入ってきた。大きな平皿を両手で持っている。歩くたびに皿がふらつき、危なっかしい。
「クッキーです。ボラさんが持って行ってって!」
「おおそうか。スノーラは偉いのう。……そうじゃ、後でアイゼにも持って行ってやってくれんか。わしも後で様子を見に行くから」
「分かった!」
「冒険者殿。よければいかがかの?」
「わりぃな。うん、うまいうまい」
エッダが両手でガツガツと食べる。皿を持ったスノーラは怖いのか、頭を目一杯後ろに引いている。
横からシブがクッキーに手を伸ばす。
シブはパーティの斥候役で、無口な女だ。黒髪を耳の下で切り、エッダ以上に防具は薄い。細くて、身長は普通。ナイフと弓を使うと聞いた。
斥候らしい、素早くかつしなやかな動作は馬に乗り下りする時にも見られる。鐙に足も掛けずに、馬の首に手を置いたらくるんと回転して乗馬してしまった。
体が柔らかくて、だからあんな動きが出来るのだろう。柔らかい方が体は動きやすい。マグルも体感で分かっている。だから今度その秘訣を聞きたいが、なにぶん無口だった。
「どうぞ!」
スノーラと呼ばれた女の子がロフンにもクッキーを勧める。こうして並ぶと、頭一つ分だけロフンの背が高かった。逆を言えばそのくらいしか差がない。
小食のロフンは腹が減ってないのか、一枚だけそっと取って齧る。
「後で遊ぼうね」
ぼそりと女の子が言う。期待のまなざしと、小鼻は楽しみに膨らんでいる。
「おい誰か治療魔法を使える奴はいるか。こいつ目がおかしいぞ」
「どうしたんじゃ?」
ビゼイルは本当に心配そうな声を出した。
「このクソガキがわたしを同い年だと思って乳くせぇ遊びに誘ってきやがる」
「遊んでやれよロフンちゃん」
エッダにちゃん付けて呼ばれたロフンはむしろそのイラつきを炎へと昇華させた。
「じゃあどっちの魔法が強いかで遊んでやる」
遊んでくれると思ったのか。スノーラが内緒話のように囁く。
「実はうちにね。可愛いお人形さんがあるの」
プチッ。なにかが切れた音がした。
「怒るのよくない……」
暴れるのを察知したシブが後ろからロフンを羽交い絞めにする。
「放せ、こいつは一旦分からせてやったほうがいい。相手を外見で判断するとどうなるかをな!」
いきなり叫び出したロフンに、スノーラは目を丸くする。怖がるより、驚きの方が大きすぎた。そんな顔だ。
「――いいか、強い奴が強い雰囲気なのは当たり前だ。でもな、その雰囲気を隠す奴もいるんだってっ。くぉのクソガキが危ないのに喧嘩を売る前に、教育してやる必要がある!!」
ロフンの凄いところだよ。こんな公平に怒れるのって。
「シブ放してやれよ。子供の喧嘩だ」
大人が介入することはない。といった調子でマグルが言う。
顔のすぐ横を水魔法が飛んできて、マグルは冗談だと言う暇もなく外へ逃げた。
「じゃあ、行ってくるぜい」
エッダもシブを手伝い、ロフンを運んだ。
ぎゃあぎゃあと喚くロフンをスノーラは、名残惜しそうに見送る。
「取り敢えず森の奥を目指すのか」
「そうしないと始まんないだろ?」
「なあエッダ。あの村長」
ロフンが言ったからじゃないが、外見に囚われちゃいけない。ビゼイルも相当にやるようだった。
「ああ」とエッダも頷く。
「けっこう強いよな」
「あたしの胸しか見てなかったぞ」
はぁ? とマグルが呆れる。
「話聞いてんのか怪しい。大丈夫かこの依頼」
ガサガサと音がして、頭上の木からシブが落ちてきた。
「どうだった」
「特には……」
「もっと奥へ進むしかないか」
斥候役がいるなら、この依頼は楽勝だと思った。魔物の残した痕から行動を読み取り、危険を察知する。魔物を倒すのとは全く違った技能が斥候は必要になる。
調査依頼をするなら、この斥候役が居ると居ないとでは全く別物だ。そもそもどこを重点的に見て、なにを調査すればいいかも分からない。
しばらくするとシブがエッダに合図をした。俺とロフンはその阿吽の呼吸に追いつけないので、取り敢えず止まる。シブは走り出してしまった。
「大型の魔物がいる」
荷物を置いていく。水を飲んでからエッダに続いた。
「まずはロフンの魔法だ。最大出力でぶちかませ」
「ああ」
「あたしとマグルで挟むように位置を取る」
「おう」
「シブは周囲の警戒をする」
「背中を弓で撃たれたらと思ってた」
実際、慣れないパーティで飛び道具は危険だ。
「わたしが魔法を放つときは、お前らどけよ」
「合図をくれ」
「マグルはどかなくていいからな」
「巻き込もうとするな」
話している内にシブに追いついた。
「どこだ?」
エッダが尋ねる。殺気らしきものは感じない。
「もう少し先……」
エッダは散歩でもするみたいに縄張りへ踏み込む。マグルも続いた。
少し歩くと、輪郭が見えてくる。有り得ないほど大きい。狼型の魔物、スコルだ。小屋と比べられるアウズンプラよりも一回りデカいんじゃないか。
「さしずめキングスコルかねぇ」
「聞いたことないぞ。それにスコルなら群れがいるんじゃないか」
「どうだろうね。そしたら取り巻きをさっさと倒そうか」
「――詠唱は終わった」
二人が頷く。
「じゃあやるからな」
シブは別の場所から攻撃するらしい。既に消えていた。
ロフンが両手で持った杖の先を向ける。
まだ距離があった。しかも進路上には木が立ち並ぶ。「外すなよ」と言おうとしてやめる。集中を乱したくない。
「黙れ」
心を読んだロフンが言った。
魔法陣を展開すると同時に、エッダが走り出す。
【アクアジャベリン】
先が螺旋状になった水の槍が木々をなぎ倒しながら飛んでいく。遥か天上に居る巨人が持つ槍は、こんな大きさなんだろうな。とマグルは追いながら思った。
悲鳴に似た咆哮が轟く。
さすがにあの巨体だ。開けた場所にいた。あれだけの魔法を食らっても、致命傷には遠い。
エッダは襲いくる群れのスコルを蹴散らしながら、キングスコルへ突っ込んでいく。
「おらおらおらおらぁああ!」
雄叫びを上げながら、二本の斧をぶん回す。キングスコルの巨大な前足が落ちてきた。爪の一本一本がマグルの大剣みたいなそれを足の踏み台に。跳躍して、血の流れている首元に斧を振り下ろす。
――取り巻きからって話はなんだったんだよ。




