第38話 正直で優しいけどすぐキレるし厳しい
ここ最近は歩き通しで筋トレをしなかった。不甲斐ない自分を痛めつけるように胸や足を鍛える。
「ふん。ふん。ふんんんん」
壁がどんと叩かれる。隣の部屋のロフンからだ。
「うるせーくそばかマグル。てめぇの口を縫い付けて酒蒸しにしてやる」
悪口の脈絡がないあたり、半分寝ているのだろう。おこちゃまは寝るのも早いらしい。
「おやすみ」
「しゃっしゃと寝ろ、たこすけが」、と微かに聞こえた。外へ出る。前の宿はいつも喧騒が周りにあった。静かな宿も、それはそれでなのか。
結局ベリドの足跡すら見つけられずに、マグルはトマッ都へ帰ってきた。
そして今度は都合よく帝国へ行く依頼があるわけもない。
拠点を移すか?
そうしたら好きなだけ探せる。ただ気になるのが一つ。
引っ越す金がないのはそうだけど、ホタ帝国からきな臭い噂を聞く。なんでも兵の募集枠が増えたとか、税がまた上がったとか。住みにくい話ばかりだ。
朝になるといつも通り冒険者ギルドへ向かった。
「――」
視線を感じるより、外されると言った方がいいのか。ベルンドの噂が広まったらしい。パーティの応募はまだ集まらず、しかし一人のままでは難易度の高い依頼は出来ない。
「取り敢えずは荷運びでもやるか」
日銭を稼ぐためには薬草採取じゃ限界がある。受けたのは商人が持つ倉庫から買い手へと搬入する仕事だ。駆け出しの冒険者がこぞってやる依頼だった。
商人は安く、それでいて荷の護衛もしてくれる労力が、まだ外に出て上手く魔物を狩れない冒険者には収入が得られる。伝手を作り、商隊の護衛なんかを指名依頼されたら上々だった。
数日は簡単な依頼が続いた。
――ドアのノックに起こされる。
視線を真っ直ぐから下げると、ロフンが立っていた。
「メシ行こう」
「おう。どっか行きたいところがあんのか?」
前にサンドイッチを奢った埋め合わせか。律儀だな。
「兵募の近くにある店分かるか。そこのバタサーモンフライが食べたくなった。衣が旨いんだ。けどあそこは何度言ってもパンを三つも四つも付けて来やがる。きっと揚げる熱で店主の頭は焼けちまってるんだな」
「すぐ行く」
三分で準備した。ドアを開けた俺を見て、ロフンの顔が迷惑そうに歪んだ。
顔を洗って歯を磨け、服を着替えろ。食欲が失せるだろうが。野良犬め。と水魔法で部屋に押し返された。
あいつ、俺が頑丈なだけで普通なら死ぬぞ。
西門の方へ向かう。店はまだ混む前で、すぐに座れた。
「ふぅ」
「もういいのか。貰うぞ」
しかし相変わらずの食欲のなさだ。二つ三つ食べただけで、もう満腹そうな顔をして茶を飲んでいる。
「化物じみた食欲だな」
「二皿くらい余裕だろ」
「ポ帝都はどうだった?」
「ああ。悪くないけど立地がな。どこ行くにも山だったりする。馬が通れないところが多くて不便だ」
「誰か連中に道の整備を教えてやれよ」
「ベリドも見付からなかった」
「まさか歩いて探した訳じゃないだろ。それとも本当に犬っころになっちまって鼻で探したのか?」
「情報屋を使った。ガセを掴まされたよ」
「舐められたな。――嘘だったら戻ってきてぶっ殺す。逃げたら他の情報屋を百人雇ってでもお前の居場所を見つけてやるからなって言ってみろ」
「俺はそこまで無法者じゃない」
「自分を守る事とイイ子ちゃんにすることは違うぞ」
刺さる言葉を言いやがって。別に善人を演じているわけじゃない。目指す冒険者像が違うってだけだ。
「どうせまだ新しいパーティ組めてないだろ? 今度行く依頼でちょうど前衛を一人増やそうかって話があったんだ」
ベルンドのことが広まったらしい。
命を救うためとはいえ、仲間の冒険者を一人引退させたのだ。しかも物を盗まれるという間抜けなミスで。
風評が収まるまでは、パーティを募集しても来ないだろうな。
「ポ帝都か?」
「西にあるラザニ村だ。なんでも魔物の氾濫があったらしい。その調査依頼だ」
「いや、俺は帝国に行きたいんだよ」
「帝国に行く依頼なんてそうない。ポ帝都に拠点を移すならどのみち金が必要だろうが。やっぱりベルントが居ないと、頭のないイエピだな」
確かにその通りだ。その通り過ぎて、ぐうの音も出ない。
悔しいので何か言い返そうとしたが、その前に謝られた。
「いや、すまん……。言い過ぎた。ベルントの足を切った事を揶揄したかったわけじゃないんだ」
「――おう」
なんか気まずい空気になる。
こいつも厄介な性格してるよな。心配だから依頼に誘ってやったと言えばいいのに。
ロフンが黙るので、マグルから話す。
「ベルントの父親には有難うって言われたよ。母親には睨まれちまった。あいつ本人は防具を好きなだけ作れるって喜んでたぞ」
「そうか。――わたしはごく簡単な治療魔法を使えるが毒は勝手が違う。そこにわたしが居たって、特別やれることはなかった。せいぜい盗んだ弓使いのケツに向かって水魔法を乱射するくらいだ」
「……おう」
ロフンを待ってからヨルムルの討伐に行けば。――そんな後悔は何度もした。ベルントはもっとだろう。だからそう言ってくれて、心が少し楽になった。
依頼の詳細を聞いて、別れる。
広場へ向いた足とは逆の方に顔が向いた。顔の先には下り坂がある。そしてその先には兵募があった。
父親の名前がそこに彫られているはずで、息子として一度は顔を出すべきだ。けどなんとなくまだ行けていない。
今も、足は逆の方へ歩き出そうとしている。母親がトマッ都へ来た時にでも一緒に行けばいい。そう考えていた。
じゃあなぜ、いじましくも顔はそっちへ向いているのか。
*
ラザニ村へは馬で丸一日だ。もう魔物の氾濫は対処した後らしいので、一泊した次の日の昼に着いた。
詳細を聞こうとすると一行は村長の家へ案内される。
「ようこそラザニ村へ」
「依頼は魔物が氾濫したその原因調査で合ってるか?」
聞いたのはパーティのリーダーであるエッダだ。中くらいの大きさの斧を二本、腰の両側に差している。
ぼさぼさの赤髪を乱暴に結び、前衛の割りには薄めの防具だった。マグルより少し大きいくらいだから、女にしてはかなり大きい。それに力も強そうだ。木こりの家を飛び出して冒険者になったと言っていた。
野宿した時に見せて貰った、枝を削って作る人形は手慰みとは思えないほど精巧な作りだ。それをぽいっと焚火にしてしまった時にエッダという人間が少し分かった。
「そうじゃ。森の奥を調査して欲しい。氾濫の原因に対処できなかったら帰ってきてもよいぞ」
「はん。あたしら舐めんなよ。原因がどでかい魔物だったらぶっ潰してきてやるよ」
後ろでもう一人のパーティメンバー、シブがこっくりと頷いた。
「むほほ。威勢がいいのは好きじゃぞ」
村長の男はビゼイルと名乗った。
森から氾濫した魔物は村で処理したと聞いた。強固な壁があると思ったけどそうでもない。
「なあ、魔物はどのくらい出てきたんだ?」
「外が一部埋まるくらいじゃな。百匹以上は居ただろう」
「よく倒せたな」
「一人がほとんど倒してしまった。だがそやつはもうこの村を出たぞ」
「なんだよ。強い人が居るなら会ってみたかった」
マグルのこの言葉がまさか実現するとは、この時の誰も思わなかった。




