第37話 じゃがもつにモスコミュール
足を引き摺りたくなるほど疲れているのに、マグルの体は軽かった。冒険者ギルドで古株そうなやつに話を聞く。それから情報屋と会った。いい加減だから期待するなと言われた。
帝国に居られるのは短い。明後日の朝一でホルニは王国へ向けて出発する。延びる場合もあるが、今回はその通りになるだろうと言っていた。
情報屋の教えた酒場に入る。夜の酔声を泳ぐようにしてテーブルを回った。それから二階へ行く。フロアのほとんどは一階からの吹き抜けになっていて、テーブルの数は少なかった。
部外者のマグルをテーブルの面々が見る。上がってくるのは限られるのだろう。
「おい、トイレはここじゃないぞ」
「最近、ラディッキ王国から来た冒険者を探してる。知らないか?」
手前のテーブルに座っていた男が立ち上がる。大きい男だ。
「さっさと帰れ酔っ払い。ここはお前が来るところじゃない」
「ベリドってやつだ。知ってるなら酒代を俺が持ってもいい」
「おいベリドって言ったか?」
大男と同じテーブルのやつが言った。立つ位置をずれて、そいつを見る。ネズミみたいなやつだなと初対面ながらに思った。
「ああ。知ってるか?」
「昨日ここで見たぜ」
「どこの宿にいるとか、仕事はどうしてるか分かるか?」
「まあ、耳に入ってきた話だけならな。隣のテーブルだったんだ。仕事の話も少ししていた。それでいいなら良いぜ。ただし言ったことをやってからだ」
情報が欲しいなら、先に金を払え。ということか。
「よし。今の分までの料金を聞いてくる」
ウェイトレスに聞こう。
酒場は先払いだ。料金を払って注文する。だから正確な料金じゃないが、まぁ少し多めに出せばいいだろう。
階段を下りようとして足を向ける。
「ベリドの顔はどんなだった」
「知らねぇよ。隣のテーブルでそう呼ばれていただけだぜ。でもそうだな、陰気そうなやつだった。ぼそぼそ喋って。盗んだもんの話をしていたな」
「どんな剣を持ってた?」
「普通の直剣だ。これ以上は言えねぇな。お前が逃げない証拠でもあんのかよ」
テーブルに座る男たちはニヤニヤとしている。大男は見せびらかすように腰に下げた曲剣の柄に指を触れた。
「……ああ」
マグルはそのまま店を出て、路地を回りながら他の安そうな酒場へ向かった。
ベリドは弓使いだし、あいつらはずっと二階で飲んでいるはずだ。隣のテーブルにベリドが座るわけがない。
くそっ。
次の酒場も似たようなものだった。今日は諦めよう。宿に戻り、ベッドで横になる。
別の情報屋か、それとも方法を変えて探すか。冒険者ギルドにはギルドマスターが通知してくれている。冒険者証がスキャンされたら一発で分かるはずだ。それはベリドだって分かってる。
だったら。あいつはどうやって生きてるんだろう。マジックバックを売ればそこそこの金になるが、何ヵ月も暮らせはしない。
裏稼業で稼ぐか。
そんな伝手があるのか?
裏の組織に居たとして、どうやって見つければいい。
眩しさで目覚めると朝になっていた。分からないものはどうしようもない。取り敢えず、治安の悪そうなところを探せばいいだろ。
朝は鍛錬して、昼から動き出す。明日の朝出発だから、必要なものは買い揃えた。水で砥石を濡らす。大剣は研ぐのも大変だ。
それから防具をみる。アルクヴォの巨体に真正面から蹴られた。蚊にでも刺されたようだ。
待ち望んでいた夜になる。
帝都だけあって、広い。探し当てるのは実際難しいだろうと弱気になっていた。ロフンの、わたしなら諸国連合に行く。という言葉もよぎる。
会えたらラッキーか。まるで好きな子か居ないか探すような気持ちだ。
*
「なんだよ。好きな子でも探してるような顔しやがって」
「よくこの店を見つけたな。いったい誰に聞いたんだ?」
近付くと、バルダーが席を詰めてくれる。治安の悪そうなところを周って、休憩しようと思ったところだ。これまで二回ほどチンピラに絡まれた。
返り討ちにして、話を聞くが誰も知らない。犯罪者を集めた組織。闇ギルドの存在を知れたくらいだ。しかしどいつも闇ギルドに渡る伝手はなかった。
「フアにバルダーかよ。足の怪我はどうだ?」
「一日ゆっくりしたからな。もう万全だ」
「これで名医なんだから世も末だ」
「おいおい。俺がいなきゃあ何回あの世に行ったんだ? バルダーの顔は戦乙女も覚えちまってるだろ」
「へえ。ここじゃ治せないって聞いたから、下手くそなんだろうなと思ってたぜ」
「マグル。だからな。二度目だぞ。俺に媚びを売っといた方がいい」
「それで、『探し物』は見つかったのか?」
バルダーはなにかを察しているみたいだ。
「いや。思ったよりも広いな」
「ぶはは。当たり前だろ。ポ帝都だぞここは。全て歩き回るのに何日掛かるよ!」
「うるせぇ」
「いいぞマグルぅ。やっぱりお前は期待を裏切らないな」
「話したくなかったらいいが、どうして一人なんだ? パーティは?」
「まさかソロってわけじゃないだろ。ロフンと他の男と、三人で居るところを見たぞ」
へぇ。とフアの言葉にバルダーが頷く。
「ロフンはまあ、たまに組んでただけだ。ベルンドは辞めた。いまは故郷で防具屋をやってるよ。儲かったら王都にも進出するかもな」
「……そうか。いいなぁ、防具屋。俺も引退したらよ、小さな酒場を作るんだ。お気に入りの酒だけ置いて」
「いいじゃないか。――おいバルダー。食い逃げできる店が一つできるらしいぞ」
「不味かったら意味がない」
ぼそりと呟いた言葉に、マグルが吹き出しそうになる。
「お前ら――。見てろ。トマッ都で『じゃがもつ』を売ったら絶対飛ぶように売れるぜ」
「じゃが芋なんて見たことないぞ」
「それはマグルが料理しないだけだ。でも確かに扱う店は少ないし、品質も悪い。良いのは全部ここら辺で使っちまうからな」
「おやおや。お三方お揃いですね」
「ホルニ。どうしてここに?」
「それは私のセリフですよ。ここのじゃがもつはニワプ鳥の肝を使ってるんです。ねぇ」
寡黙そうな店主が頷く。
「ここは作る量が少ないから黙っておいたのに……。じゃがもつと赤ワインをお願いします」
店主が首を振った。それからマグルの皿を指さす。
「――まさか」
「悪いな」
レバーは濃厚な苦みがあった。大きく切られたじゃが芋はほくほくとして甘みがあり、サワークリームを垂らしたソースとよく合う。全部を一口で食べると混然とした旨味が広がる。そしてどろりとしたそれを、ビールで流し込む。格別だ。
「私が何の為に足掛け四日も使ってポ帝都へ来たと思ってるんです」
「手紙を届ける為だろ。魔王がいないと緊張しちまう国家間の橋渡しとは誇りある仕事だ」
「どうせ中身は恋文や業務連絡ですよ。そんなのはどうでもいいのです!」
バルダーがおススメの店を紹介するというのでようやくホルニの怒りは収まった。急いで食べ切ったマグルには仕返しに、モッツァ村への手紙は最後に配達すると言っていた。




