第35話 屁っちゃらです
「あれがたまねぎ山か?」
見えてきたのは先が尖った小山だ。道はそこを掠めるように真っ直ぐ通っている。
「違うぜマグル。あれは偽たまねぎ山だ」
「地殻の変動で少し前にできたらしい」
「地殻の変動って?」
「たまに世界が揺れるだろ。あれだよ」
「へぇ。それであれが」
地面が揺れて山が出来る。それがよく分からなかったマグルは生返事する。
「新たまねぎ山とも言いますよ」
後ろからホルニが補足した。パイン街道を歩くこと三日目。今日の内にたまねぎ山の麓まで行く。明日そこを越えたら、ポ帝都はすぐだ。
野営地に着いた。石の竈が三つも残されているのは、みんながここで一泊するからだろう。
「山は大きくないが。体をしっかり休めた方がいい」
バルダーが忠告してくれる。
言われたマグルは見上げた。頂上は見えない。少しあけた隣には大陸を二分する巨大な山脈が横たわり、道はそこの山間へ伸びていく。
岩だらけの原野を進んだつもりが、いつの間にか山脈に近づいていたらしい。大きな自然を目の当たりすると自分の存在をちっぽけに感じた。
どうしてだろう。圧倒されているのか。もしあそこの山肌に立ったとして、それは山脈とマグルじゃなく、ただの山脈だった。存在が埋もれる、それが怖いのか。
視線を巡らす。視界の果てまで伸びていく山脈は高さも、その厚さも物差しで測れなかった。なにかの間違いでこっちに倒れたりしないよな……。
寝ていると起こされた。見張りの時間だ。
「起きろ」
「バルダー」
余程眠いのか、マグルを起こしてすぐに寝てしまった。焚火の近くに座る。
魔物の気配はない。一応、野営地の周りを歩いて確かめた。それからは体力を削らないように座って休むことにする。
……ようやくここまで来た。待ってろよ。
考え事をしていると朝はすぐだった。
「おはようございます」
「ホルニ。早いな」
「見張りお疲れ様です」
小さな袋から干しぶどうをくれた。酸味にさっぱりと頭が起きる。
「仕事だからな。……当たり前だけど、ホルニはこれから仕事なんだよな」
そもそもポ帝都には郵便配達で向かっているのだ。
「たまにする、遣り甲斐のある仕事ですね。まぁ、私は手紙を運ぶだけですが」
そうは言うが、自分の仕事を誇りにしているホルニの横顔は眩しい。
出立の準備が整う。
「よし。山を登る前に言っておく。前にも言ったが鳥型の魔物が出る。厄介なのがアルクヴォだ」
「マグルより頭がいいぞ」
「おい」
「冗談じゃない。奴らの縄張りで見つかるとかなりの距離を追い回されるから、もし見たら取り敢えず隠れる。戦闘はやむを得ずだ」
「バルダーの弓で先制攻撃すりゃいいじゃねぇか」
やっぱりアルクヴォ以下だな。とフアがくさすので、肩を組む振りをしてのしかかってやる。
「あいつらがたまねぎ山に来るのは産卵のためだ。親がいないと、ここら辺に住み着いて動くものを積極的に襲う。何もしなければ、勝手に親子で山脈の向こう側へ飛んでいってくれる」
雲に触れようかと聳える山脈を飛んで超える。マグルには上手く想像できなかった。実はそいつの嘴はドリルで、山を向こうまで削っていくと聞かされた方がまだ納得できる。
「放置が安定だな。了解」
いつもの隊形で進んだ。ニワプ鳥を倒してから、随分と信頼されたのが背中に伝わる。お陰でマグルも前だけに集中できた。
「マグルは酒飲むよな?」
フアは喋っていないと息が出来ないらしい。
「部屋にビールの樽を置きたい。酒場のでかいやつを」
「ぎゃはは。バルダー、やっぱりこいつ馬鹿だぜ」
「ポ帝都の名物は数多くあるが『じゃがもつ』は試した方がいい。酒が進む」
「へえ。バルダーが言うなら安心だ。フアは馬鹿舌そうだしな」
「んだとぉ」
「どんな料理なんだ?」
「肉を煮込んだ余り汁で、丸ごとのジャガイモとモツを煮た料理だ。モツはあるものを入れるがどれも旨い」
「ちょうどマグルさんが狩ったニワプ鳥の肝を入れたのが、私のおススメです」
ホルニまで言った。ポ帝都には遊びに来たわけじゃないけど、気になる。
「たまに良いワインを煮込み汁に入れる店があるが、俺からすれば邪道だな。あの安っぽい味が旨いんだ」
フアが酒を飲みたそうな声を出す。まだ出発して一時間くらいだった。
「ホルニ、干しぶどうを分けてくれ」
「いいですよ。フアさんに回してください」
バルダーがフアに渡す。
「おい。それで酔えないぞ」
「うるせぇ。お前とはトマッ都に戻り次第飲み比べだ」
俺に勝てると思ってんのかよ。とばかりに笑って見せる。
その笑いはすぐに引っ込んだ。薄い殺気が、辺りを包むようにしている。
「隠れるぞ」
ちょうどあった茂みに飛び込む。後ろの三人もすぐに続いた。
「どうした」
「分かんねぇけど、たぶんそのなんとかだ」
「アルクヴォな」
翼が空気を打つ音がする。
近い。
バレたか?
さっきまで四人が歩いていた道に降り立ったのは、両羽で四メートルもあろうかという怪鳥だった。
息を飲む。
どうせならその大きさも教えておいてくれよ。
視線で気取られないよう、足元に目を置く。アルクヴォは点検するように羽を嘴で軽くつつき、周囲を威嚇するように鳴き声を一つ飛ばす。
音の反響を確かめているわけじゃないよな。首をキュッ、キュッと窓を拭くように勢いよく振る。それから地面をついばむ。
何をしているのかと思えば、フアが食べようとした干しぶどうだ。
慌てて落としたのか。
全員でフアを見る。バツが悪そうに横を向いた。
いまは見つからないことを祈ろう……。
茂みの中は少しでも動くと音がしそうで、バルダーも弓を準備できなかった。かなりの間そうしていた。窮屈で、肩が凝る。
アルクヴォが暢気に羽を休めているので腹も立ってきた。もうなんもねぇからさっさと行けよ。
さあ飛び立とうと上を見た瞬間。
凄い音で屁を放ったやつがいた。
いや失敬。とばかりにホルニは目を瞑り、手を合わせる。
(((ホルニー!!)))
三人の心の叫びが重なる。
アルクヴォが明らかにこっちを注目した。近づいて来る。
我慢しきれずにマグルが飛び出す。先制攻撃が最強の攻撃であり防御だ。
羽を広げ、距離を取ろうとする。マグルはそれよりずっと早く、疾風になって接近する。




