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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮
三章

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第32話 火と風と水と

「ちょっと本気?」


「何がだ」


 アイゼもグレナも。彼女たちが焦っている時に、私も同じように焦らないと感情が波立つ。それを分かっていて尚、アールは自分の平静とした態度を変えようとは思わなかった。アールが苛々している訳ではないからだ。


「この爆発よ。通行許可が取り消しになったらどうするつもり?」


「心外だな。私がする訳ないだろう。ビレステ、早くこっちに来い」


「じゃあこんな魔法を誰がやったのよ」


「カダイだ」


「ふぁふぁいさん!」


 口に何かを詰めたビレステが驚く。頬袋みたいに右の頬が膨らんでいた。


「どういうこと?」


 外へ向かいながら、アールが説明する。

 執務室に着いた時には既にカダイが居た。なにやら剣呑な雰囲気でプリーニと話している。ドア越しにその空気が伝わった。

 そこでしばらく待ってみたが、話し合いは終わらない。事務員に確認すると、どれくらいで終わるかは分からないとのことだ。


「それで乱入しちゃったんだ」


「良い行動ではなかった――。しかしビレステが魔力を手で掴んでいた、その感触が気になった」


「まあいいわ。それでカダイは何の話をしてたの」


「私が研究所を追われた時と同じだ」


 カダイは近年の研究成果を責められていた。


「複合属性魔法の研究だったわね」


 基本的には二つの属性を混ぜるが、混ぜ合わせにも相性があった。火と水の属性、風と土の属性が相性の悪い典型的な例だ。やりにくいが、得意な魔法使いも多くいる。カダイの研究は、なぜ混ぜ合わせに相性があるのかを紐解く研究らしかった。

 グレナが説明を終えると、アールも頷く。


「複合属性は面白いテーマだな。多くの魔法使いが感覚的にやっているところを、論理的に説明しようとしている。その環境、利用できる種火によって属性の配合バランスは変わる。慣れると意識しないが」


「人が使える属性の相性がどうして決まるのかも、気になるところよね。誰かの発表を見たけど、その土地の性格に起因しているのではって」


 研究者同士の長い話が始まりそうになる。会話に参加できなくなるので、ビレステは遮るように飛び込んだ。


「アールって全部の属性使えるの?」


「私は火と土だ。水は初歩魔法なら使える程度だが、風は上手くいかない」


「グレナさんは?」


「私は火だけね。初歩なら幾つか使えるけど」


「火が多いんだ。それでカダイさんどうなったの?」


 ようやく、アールが顛末を話し始める。


 *


 執務室でカダイがプリーニに詰め寄る。


「どうして私が辞めさせられるのです! 所長に逆らったのはたった一度ですよ。それも無属性魔法という人類の悲願に協力しただけだ」


「無属性魔法など、勇者に任せておけばいい。研究したところで我々は使えないのだ。――それと、その話は関係ない。問題は君の研究だ」


 取ってつけたような言葉だ。明らかに魔力鑑定球をアールに使わせたことが、気に食わない様子だった。


「あと少しで、属性の融和に辿りつけるのです」


「それは二年前にも聞いたな。そもそも複合魔法を使えない研究者が、複合魔法を研究するなどおかしな話だ」


 カダイが使う属性は火と水。その複合魔法は難度が高い。


「不可能を可能にするからこそ、研究に意義があるのです!」


 睨み合う二人だが、議論は二つの同心円を描く。同じ話が、交わらないまま何度も繰り返されていた。

 部屋の中が静かになったところで、アールが入る。


「失礼。研究費の予算を申請しにきた。企画書を置いておくぞ」


 ただでさえ、突然入るのは無礼だ。カダイの相手でストレスを溜めたところでの、アールだった。


「私がアールヴァクさんの実験に協力したことで、無属性魔法が命を種火とすることも分かりました。これは王国に関係のない話ではありません。今後も勇者は呼ばれるのですから」


 アールを見て、カダイは自分の成果を訴える。

 プリーニの指が怒りでプルプルと震える。


「君が寿命を削ることを判明させ、魔王城への通行許可を申請させたわけだ」


「たしかにそうなるな。カダイの助言は非常に有益だった。少なくともあの時点で、私には思いつかなかったことだ」


 アールは援護したつもりだ。しかしカダイの発言自体が裏目だったから、その後押しだった。


「なるほどな。ではお前のせいで私は恥をかいたわけだ。研究は打ち切りだ! さっさと荷物まとめて帰れ。この無能がっ」


()()? まさか私に言ったわけじゃないですよね?」


「この場の他に無能がいるとでも? それすら分からないから無能なのだ。いいか、アールヴァクは無謀なだけだ。自分の実力も分からず、魔力原論など完成しようもないことを研究している」


「……」


 カダイは何か言おうと口がパクパクと動いた。しかし言葉を発しないまま黙って出ていく。その背中が、静かに震えている。


「負け犬が」


 吐き捨てるようにプリーニが言う。続いてアールを睨む。


「通ると思ったかこのたわけが」


 企画書を投げる。アールの胸に辺り、紙がばらけて地面に落ちた。


「研究結果は国に提出する。予算が下りてもいいはずだ」


「どうやら話が理解できないようだな。いいか、無属性魔法を研究したところで何の意味もない。そもそも孤児が一人死ぬくらいなんだ。この世界になんの影響がある」


「ほう。国王は父であり、国民は等しく子供だ。そう言っていた前代の王に、真っ向から歯向かうのか。いいだろう、今回ばかりは協力してやろう」


 権力に弱いプリーニは歯向かうと聞いて歯痒い顔をした。


「歯向かうなど、私がするわけがない。たった一人の孤児の為に国民の血である税を使わないと言っておる」


「――」


 孤児の為に。

 ――ビレステが孤児になった理由は、分からない。両親が戦争に巻き込まれた可能性も十分にあった。そもそも好きでそうなった訳じゃない。よって孤児という事実に依る如何なる責任もない。


「それと無属性魔法の娘は研究所へ置いて行け。こちらで調べることもあるかもしれん。魔王城へは一人で行けるだろう」


「なんだと?」


「怒ったか? 私はむしろ感謝が聞きたい。娘は役に立ち、貴様は旅のお荷物を預けるのだ。――卓越した魔力を持っているのだ。魔王城へは簡単に行き来して当然だろう?」


 アールが口を開く前に執務室のドアが開かれた。カダイが戻ってきた。右手に風を生み出す魔法具だけ持っている。


「何をしている。忘れ物はないようにしておけよ、処分するのも手間だ」


「お望みの、複合属性魔法を披露しますよ」


 カダイは火魔法に魔法具で強風を当てた。あっという間に火の温度が上昇していく。


「何をしている? まったく。衛兵、さっさとつまみだせ」


 プリーニが水魔法を出すが、カダイは火を操って避けた。


「ハハハハハ。水を加えるのはもう少し先ですよ。これは、研究の仮定で見つけたものです。失敗作ですが、どうせなら見て頂きますか」


 プリーニがまた水魔法を繰り出す。風の魔法具を向け、相殺した。風の魔法具は既に限界が近い。悪い予感にアールは逃げ出した。


「所長、水はまだですよ……。水は限界まで火を強めた頃。――そう、今っ!」


 火に風がまとわりつき、灼熱となったところにカダイが水魔法を繰り出す。

 部屋の空気がきゅっと縮み、そこから何十倍も膨らんだ。一気に膨らむ空気へ火が乗り、――爆発する(水蒸気爆発だった)。

 

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