第33話 トマトからポテトへ
研究所の外には不安そうな顔をするものや、我関せずとばかりに論文を読みふけるものもいる。王宮にいた衛兵が集まってきた。
「逃げるって研究所から逃げるってことだったのね。あたしあの意地悪な所長から逃げると勘違いしちゃった」
「いや、その意味もある。早めにトマッ都を出よう」
あれほどの爆発だ。プリーニにとってビレステどころじゃない。少なくとも数日は稼げる。算段しながら、アールは服の埃を払う。
爆発の瞬間には部屋から逃げたとはいえ、魔力防護がなければ危なかった。もちろん普通はそうならない。アールの魔力が桁外れに高いからこそ無事だった。魔力防護とは魔力を肌に巡らせることで魔法耐性を高める技術だ。一般的な魔法使いの防御はそれに加えて、短縮詠唱で盾を作るか相殺を狙う。
「その方がいいと思うわ。難癖つけられて、取消になったら面倒よ。帝国へ許可証を見せればメンツもあるし、もう取り消せない」
「冒険者ギルドで護衛依頼を出す。それから旅の準備だな」
準備といっても不要な荷物の整理と、食事を用意するくらいだ。
「それじゃあ後で」
避難する研究者を手伝うグレナと別れ、外区にあるギルドへ向かう。
「冒険者ギルドかあ。あたし初めて行く」
「ラザニ村にはなかったからな。もっと大きい街や、魔物の多い地域では冒険者も多く、ギルドも設立されやすい」
冒険者ギルドは南門の方の近くにある。三階建ての大きな建物で、一階と二階は大きな吹き抜けになっている。実質は二つのフロアだった。大門とよばれる門を抜け、中に入る。
冒険者はゴツイものや、剣を二本差した女、値踏みするような目で見てくる男など多種多様だ。冒険者たちはパーティが揃うまで待っているのか、テーブルで武器を磨き、壁に背を預けぼうっとしている。依頼を張った壁に集まっているのは比較的新人の冒険者だろう。
アールは真っ直ぐに受付へ向かった。ビレステは興味津々で周りを窺いながら、その背をトコトコと追いかける。浮いたビレステはどこか垢抜けず、珍しい人参でも見るように冒険者たちが視線を注ぐ。
「こんにちは」
ちょうど二つある内の一つが空いた。受付の女性はおそらく初めて来たであろう客人に笑顔を向ける。
「ポ帝都までの護衛依頼を出したい。それと冒険者証だがまだ使えるのか?」
アールは懐から堅い材質のカードを置いた。黄色く日焼けして、丸みを帯びた文字に時代を感じられる。
魔王城ヘはラディッキ王国の隣にあるホタ帝国へ入り、首都であるポ帝都を経由するのが近いし安全だ。
「承知しました。依頼は別の係を呼びますね。それとこれは、――昔の冒険者証ですね。C級冒険者ですとギルドに金貨四枚の年会費を納めなければなりませんから」
「記憶ではB級冒険者からだったが」
受付の女性は冒険者証を、受付の横にある魔法具に入れた。小さな丸い箱だ。手を離すと、スキャンするように緑色の光が冒険者証の表面を撫でる。すぐに情報が空中に表示された。
「ええ。C級冒険者が増えたので、規約が変わったのですよ。支払い猶予は三年ありましたが、そうですね。失効しています。護衛先はホタ帝国のポ帝都で宜しかったですね?」
「ああ」
「では係を呼びますので少々お待ちください。冒険者証の更新はしますか? 本来は失効ですので最低ランクからです。けれどお客様の場合は、ギルドマスターに掛け合ってみることも一応可能ですが」
アールの長い耳を見る。エルフとは時間感覚が違うのだから情状酌量の余地はある、そんな顔だった。ギルドとしても、最低ランクよりC級冒険者の方が年会費を払ってくれて助かる。
「結構だ。また勝手にランクが上がっても仕方ない。最低ランクで更新してくれ」
ランクが上がれば受けられる依頼も、そして人々の信用度も大きく変わる。しかし今のアールには関係のない話だ。身分証の一つとして使えればいい。わざわざ年会費を払う理由はなかった。
頷き、受付の女性は奥にある階段を小走りで上っていく。
「なぁ、お二人さん」
馴れ馴れしく隣に来た青年が横を向き、受付に片肘を乗せる。
「ポ帝都までの護衛依頼と聞こえたけど。間違いないか?」
「そうだが?」
答えると青年は笑顔を見せる。……背中の大剣に見覚えがあった。
「俺はマグル。ちょうど帝国に行く依頼を探していたんだ。どうだ、俺を雇わないか?」
「あ!!」
驚いたビレステに驚いて、マグルの眉間が寄る。それからパッと花が咲くように笑った。気取った様子のない、素直な笑顔。それにつられてビレステも楽しそうに笑う。
「兵募で会ったよな!」
「会ったね! あ、――先に帰ったせいで、あの後探すの大変だったんだからね。騎士団長さんにぶつかられてさ」
「……」
ぶつかられたのはカノートの方だ。それとビゼイルの名前も私が見つけた。
「悪かったよ。それより騎士団長に会ったなんて凄いな。話したんだろ? どうだった?」
「どうって。ええと、まあ強かったよ、よく分かんないけど。それと胸は固そうだった」




