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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮
三章

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第30話 せぇのっでいくぞぉ

 翌日は郵便屋に手紙を出しに行った。ラザニ村で預かった手紙の存在を、まったく忘れていた。だが、三日四日くらい誤差の範囲だろうとアールに悪びれる様子はない。

 手紙がデフォルメされた看板の店は小さいが、受付の奥はとても広い。何人も忙しなく働いていた。袈裟懸けの郵便袋を両肩に下げた運び人が、アールたちの横を抜けて店に入っていく。あの中には小さなマジックバックが大量に詰まっているのだろう。国から国へ渡る配達では冒険者が護衛で活躍する。費用は双方の郵便ギルドが持っているそうだ。


「うぅん。これでいいかなぁ」


 朝にずっと唸っていたビレステがもう一度手紙を読み直している。五枚くらいの束になっていた。

 アールのアイゼに出す手紙は一枚で済んだ。しかもその半分くらいしか書いていない。


「これはラザニ村で預かったものだ。そしてこの手紙をラザニ村へ頼む」


「はい」


「次の帝国への配達はいつだろう」


 受付の店員が後ろを振り返る。


「だいたい、二週間後くらいですかね」


「ちょうど帝国に行きたい。便乗することは可能か?」


 店員は笑顔を崩さないが、声の調子は落ちた。


「ああ。勝手に行く分はそりゃ自由ですけど。本当におすすめしません。冒険者によっては魔物避けを焚きながら進みます。なので」


 道の安全が保たれるわけじゃない。むしろ後続が狙われるかもしれないわけか。


「そうか。やめておこう」


「あるいは商人に交渉して便乗する方がいいと思いますよ」


 礼を言って店を後にする。伝手のある商人がいるわけじゃないので、その線は難しい。困ったものだが、ここで時間を浪費するくらいなら有り金をはたいて護衛依頼を出すつもりだ。いざという時は帝国で稼げばいい。それに帝国には当てが一つある。あまり使いたくはないが。


「ボラさんに手紙を出せたし。よかったよかった」


「では研究所に戻るぞ。グレナがやりたい実験があるらしい」


「うん」


 まるで疲れたような声を出した。まだ午前中だし、朝食は郵便屋へ行く途中に食べていた。アールはじろりとビレステの前髪を確認する。


「なに?」


 いつも通りに思えた。しかし長いエルフ生で知っている。他人からすれば小さな変化でも本人にとっては大きいことを。しかしそこは研究一筋のアールだ。いくら時間をかけても、ビレステの変化に気付ける気がしなかった。


「いや、魔法道具店だが」


「やった!」


「先に帝国まで行く算段をつけてからにしよう。金が足りなくなるかもしれない」


「じゃああたしの小遣いで買う。安いのにしておけばいいでしょ?」


「そうだが、どうせなら良い物を買った方がいい。まだ魔法の使えない初心者でもだ。だから少し待て」


「少しならいいよ」


「うむ」


 護衛を雇ったら杖を買う金がない。そうなったら当分先になるかもしれないとは、面倒なので言わなかった。




 研究所に着くと、グレナは秤と呼ばれる魔法道具を調整していた。魔力を流すと指定した地点にある、人や動物の重さを計測する。研究所のものだから、大型にしては精度もよく、0.1キログラム単位で量れた。

 アールにとっても大事な実験だ。これから【障壁】の重さを量る。


「荷物は置いて、そこに立って。そう。動いちゃだめよ」


 ビレステはグレナが指示する場所に立つと、魔法陣が地面に現れる。


「これ何してるんですか?」


「重さを測ってるの」


 グレナが手にしている秤は小さな天秤を模した魔法道具だ。右の皿や左の皿に小さな重りを乗せることで最初の数値を調整できる。右に乗せればプラス、左に乗せればマイナスだ。基本的には数値をゼロにしてから対象の重さを量る。

 秤の上に表示された数値は43と出た。


「43キロね。アール、そこの紙にメモして」


「それって平均?」


「んー。ちょっと少ないんじゃない?」


「そっか。本当に騎士団に入ってみようかな」


 ビレステの言葉に、グレナは真剣な顔をしたまま答える。


「騎士団? 騎士団の糧食って美味しくないらしいわよ」


「そうなんだ。でもね胸だけ大きく出来るって言うのよ」


「あら嘘よそれ。足元に【障壁】を出せる?」


 ふん。とビレステが踏ん張る。それで発動した試しはない。そもそも魔法は力で発動しない。


「足元に【フレイム】を出して、それをビレステが踏むようにすればいい」


「良い案ね」


 火の球が膝の辺りに出現する。それより下だと、秤の魔法陣に影響してしまうかもしれない。


「踏もうとするだけでいいから」


「熱いよね。いくよ。――よし。いくぞぉ」


 ビレステが躊躇している間に、火は縮んで消えた。


「早くしないから」


「だってそんなに早く消えると思わないもん。アールの魔法はずっと燃えてたよ?」


「短縮魔法は魔力で結果を模す。詠唱した魔法のように現象を引き起こす訳じゃないからな」


 ビレステはアールの言ったことを飲み込もうとするも、小首を傾げる。


「何言ってんのか分かんないや」


「ウンチクエルフは話すと無駄に長いから放っておきなさい。もう一度出すわよ」


「……」


 今度は上手く出せた。魔力を視ようとすれば透明な板を認められる。それをビレステは手で動かし、魔法陣の上に乗せると自分はその上に乗った。


「待て。今魔力を()()()のか?」


「そうなの?」


「どんな感覚だ。魔力を指に纏わせたのかそれとも」


「ああ、うるさい。結果が出るから静かにして。ほら、動かない」


 結果は43キロと変わらない。


「0.1キロより低い可能性はある」


「物体としてある以上、そこには質量があると私は思うのよね。昨日は騎士団長の剣を弾いたのでしょう? そうなると、かなりの質量があってしかるべきだわ」


「浮いちゃってるからじゃないの?」


 ビレステの素直な気付きは、研究する上でとても大切なことだった。


「関係ない。秤はその空間を量る」


 本来的には乗る必要もないが、乗った方が確定でその範囲に収まる。


「そうだよね……」


 アールの口調に、ビレステはちょこんと椅子に座った。グレナはそんなビレステの焦げ茶色の髪を指で弄びながら悩む。それは元気づけるような行動だが、アールには理解できないことの一つだった。


「動かした時に重かった?」


「ちょっと力はいるよ」


 実験はネズミの体力を考慮するから、長く掛かる。


「魔法を使った痛みはあるか?」


「ネズミを傍に置いてからはないかな」


「うむ。私は少し出てくる」


「どこ行くのよ」


「プリーニに研究費を要求する」


「「ぜったい無理ね」だよ」


 同時に言われた。


「国に成果を渡すのだ。当然の要求だろう」


 可能性は少ないが、話してみるまでは分からない。研究費が下りればビレステに杖も買ってやれる。


「喧嘩しちゃ駄目だよ」


 ビレステが言うと、グレナが大口を開けて笑った。

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